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ノートルダム大聖堂だけじゃない……!失われた世界遺産

2019年4月15日夕にフランス・パリ中心部にあるノートルダム大聖堂が大規模火災に見舞われ、尖塔と屋根3分の2を焼失。

更新日: 2019年04月18日

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フランスのマクロン大統領は16日に「5年以内の再建を目指す」と語ったが、専門家からは「再建には何十年もかかる」と長期化を懸念する声も。ノートルダム大聖堂意外にも失われてしまった世界遺産をまとめました

mami1109さん

フランス・パリ中心部にあるノートルダム大聖堂で15日夕に発生した大規模な火災は、16日未明、発生から約9時間後にほぼ消し止められた。2棟の塔など大聖堂の主要な構造は焼失を免れたが、尖塔と屋根が崩落した。

築850年になるゴシック様式の大聖堂は世界遺産に登録され、フランスでも特に有名な名所のひとつ。

エマニュエル・マクロン仏大統領は、大聖堂の再建を国民に約束した。

出火原因は明らかになっていない。消防当局は改修工事との関連について調べている。

▼パルミラ遺跡(シリア)

パルミラ(英語: Palmyra)は、シリア中央部のホムス県タドモル(タドムル、アラビア語: تدمر ‎、アルファベット転写:Tadmor)にあるローマ帝国支配時の都市遺跡。シリアを代表する遺跡の1つである。1980年、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。21世紀初頭までローマ様式の建造物が多数残っており、ローマ式の円形劇場や、浴場、四面門が代表的であったが、シリア内戦で破壊を受けた

シリア側は、「5年以内の修復が可能」との見解を示したが、ユネスコ側は「虚偽の報道で修復は不可能」と反論し、修復支援を全面拒否する意向を示した。

シリア内戦下の2015年5月21日、カリフ制によるイスラム過激派組織ISIL (ISIS) がシリア軍を撃破して市街地を制圧、遺跡も同組織の支配下に置かれた[11]。その際、遺跡の保護に携わっていた専門家ハレド・アサドを斬首し、8月にはバール・シャミン、ベル両神殿を相次いで破壊した。ハレド・アザドは、遺跡に眠ると噂されていた金塊捜索への協力を拒否したため殺害された[12]。2015年10月4日にはシリアの文化財保護当局が、地元の目撃者らの話として凱旋門が爆破されたことを伝えた[13][14]。

▼バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群(アフガニスタン)

2001年2月26日にターリバーンはイスラムの偶像崇拝禁止の規定に反しているとしてバーミヤンの大仏(磨崖仏)を破壊すると宣言した。この声明に対して世界中の政府及び国際機関に加え、諸外国のイスラム指導者たちからも批判が寄せられた。国際連合総会は、全会一致で破壊を中止する決議A/RES/55/243を採択した。

ターリバーンの高官だったアブドゥル・サラム・ザイーフによると、中国、スリランカ、日本の代表団が破壊の中止を求めて訪れており[2]、特に日本国政府は積極的で、石仏破壊を防ぐために秘密裏の交渉を行い、大仏の国外への移転や視認できないように隠すことを提案していた[3]。タリバンは批判を無視して、3月12日に2体の大仏を破壊した。

破壊の様子が、映像で撮影されており、撮影者もしくは他の人物が「アッラーフ・アクバル」(الله أكبر、「神は偉大なり」の意)と唱えている中で爆破される大仏の映像は、世界中に配信された。

▼ウマイヤド・モスク(シリア)

2013年4月24日、モスクのミナレットは、シリア内戦において政府軍と反政府勢力の間で激しく銃火が交錯するなか瓦礫と化した[17]。シリア・アラブ通信社(英語版) (SANA) は、アル=ヌスラ戦線のメンバーがミナレット内で爆薬を爆発させたと報じたが、反体制派は、ミナレットはシリア軍の戦車砲火による攻撃の一環に破壊されたと伝えた[5][16][18]。アル=ヌスラ戦線の関与とする国営メディアによる主張に対して、反対派の報道はそれらをモスク周辺で政府軍と交戦中であったタウヒード旅団(英語版)からの反乱者と説明した[19]。反体制派の主要な政治集団であるシリア国民連合 (SNC) は、ミナレットの破壊を非難し、それを「消すことのできない恥」であり「人類の文明に対する犯罪」と非難した[19]。

▼ナビ・ユヌス・モスクとヨナの墓(イラク)

イスラム教スンニ派の過激組織「イラク・シリア・イスラム国」(ISIS)がイスラム国家の樹立を目指し、他の宗派や宗教の排除を進めている。イラク北部ニーナワー県の都市モスルにある「ナビ・ユヌス・モスク」を7月24日爆破したのもその一環。このモスクにはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の預言者ヨナ(イスラム教ではユヌスと呼ばれる)が埋葬されていると言われる廟があった。

▼トンブクトゥの聖廟(マリ共和国)

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