北海道厚岸郡浜中町出身。実家は漁師。学生時代は地元唯一の医師である道下俊一の元でレントゲンの助手などを行っており、漫画で患者を和ませていた。北海道霧多布高等学校を経て、東海大学専門学校電気科中退。

手塚治虫の漫画の影響を受けて、漫画を描き始め、高校卒業後すぐに上京、「加東一彦」のペンネームで貸本専門の出版社で漫画家のアルバイトをしながら、弟の加藤輝彦と、もう一人の友人と同人活動を行っていた。

上京後、アメリカのパロディ雑誌「MAD」の影響を受け、アメコミ風に作風が変化する。それが「漫画ストーリー」(双葉社)の清水文人編集長の目に留まり、1965年に、「ムタ永二」のペンネームにて『プレイボーイ入門』(「漫画ストーリー」)で本格的なデビューを果たす。「マニア・ぐるうぷ」名義で、「摩周仙二」「霧多永二」などが参加しているようにみせていたが、実際はすべて加藤一人で執筆していた。「加東一彦」、「かとう・一彦」のペンネームも併せて使用していた。

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