ペンネームの「モンキー・パンチ」とはもともと弟の加藤輝彦との共作ネームだと語られていたが、これは誤りであり、弟の輝彦はアシスタントとして手伝っていただけである。本人たちが「漫画アクション」でのインタビューでこのことを否定している。

かつては同人作家としての活動も行っていたことがあり、同人誌「マニア」の発行を手掛けていた1人でもあった。

作風が西欧風なのは、国外特にアメリカの雑誌の漫画も読んでいて影響を受けたからと言われる。神田の古書店で「MAD」に出会い、特にモート・ドラッカー(英語版)の画風が好きだったという。「モンキー・パンチ」というペンネームは、その西欧風の作風と併せて「どこの国籍の人が描いているか分からなくする」ために、双葉社(の「漫画ストーリー」清水文人編集長)からつけられた。当初、加藤本人はこのペンネームを不満に思い一年ほどの暫定的なペンネームのつもりでいた。ルパン三世等の作品の話のラストのコマに書かれているサインはカタカナではなく、ひらがなで「もんきーぱんち.」(「も」はハート型)と書かれている。

浜中町の僻地医療を描いた「プロジェクトX」(NHK)に、道下俊一医師の助手として出演歴あり。ここで紹介された診療所と同名の施設を『ルパン三世』の『健在ルパン帝国』にて登場させたこともある。フジテレビで放送された「潮風の診療所〜岬のドクター奮戦記〜」の中ではモンキー・パンチを世に送り出すきっかけをつくった道下医師の事及び本人の若き日々が描かれていた。

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ヒット作「ルパン三世」などで知られるマンガ家、モンキー・パンチ氏の来歴

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