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rulliさん

1913年、ブラジル生まれ。

【主な所属クラブ】
1934ー1944  コリンチャンス  246試合251得点


サンパウロ州リーグ 
         優勝 4回(1937ー39、1941)
 
         得点王 5回(1935、36、37、39、41)

テレコは、得点王になんと「5回」も輝いている。
そして、なんと「246試合251得点」で、
得点率は、驚異の「1.02」である。
「1試合、1得点を上回るペースの成績」で現役を終えた。
ブラジルの記事にも「ペレ以上の得点率」と称賛されている。

しかし、彼は「ブラジル代表歴は、無し」である。

私は不思議で仕方ない。
「得点王を5回も獲って、代表歴がゼロ」なんて事があるのか?

この成績は、
「レオニダス(W杯1938で、大会MVPのブラジル代表
選手)」
より遙かに優秀だ。
なぜテレコは、代表でエースではないのか? 
普通はテレコだろう。
分からない。どこにもその件について書かれていない。

写真、左が、テレコ。

テレコについて評論家は、
「彼は、ヘディングはとても強い。
しかし、それは、彼の最大の長所という訳ではない。
彼は、ターンして、シュートを撃つのがうまかった。
テレコは、走り回ってプレイするよりも、
突っ立っている事を好み、大概、ゴール前に居て、
最後の仕事をするのを待っていた」
と説明している。

テレコは、チームのエースで、
1930年代後半、
「コリンチャンス、サンパウロ州リーグ3連覇」
(1937、38、39)
に大きく貢献した。

この頃、コリンチャンスは、ブラジルで1、2を
争う、強豪チームとなった。

テレコの「サンパウロ州リーグ 得点王 5回」
という成績は、
プロ化以降では、「ペレの11回」に次いで、
2位である。

なぜ彼のような偉大な選手が、一度も代表で
プレイできなかったのか? 又はしなかったのか?
大きな謎である。

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