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一度の挫折を乗り越えて…全盲岩本光弘さんの無寄港太平洋横断成功に称賛の声

岩本光弘氏が無寄港太平洋横断成功されました。この人は全盲で、挑戦は至難の業といわれていました。しかし彼はあきらめることなく、最後まで挑戦した結果、遂にやり遂げたのです。しかも一度失敗をしていて、そのトラウマをバネにしたのです。その結果に称賛の声があがっています。

更新日: 2019年04月21日

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岩本光弘さんが、無寄港太平洋横断に成功

小型ヨットで米国西海岸サンディエゴから太平洋横断に挑戦した全盲のセーラー岩本光弘さん(52)=米国在住=が20日、いわき市泉町の旧いわきサンマリーナに到着した。

6年越しの挑戦での成功に「諦めずに夢を実現できて、世界一の幸せ者だ」と笑顔を見せた。

NPO法人日本視覚障害者セーリング協会によると、目の見えるパートナーが風向きなどを伝えながら、全盲の人がヨットのかじと帆を操作するブラインドセーリングでの無寄港太平洋横断は世界初という。

二十二歳で米国に留学し、帰国後に出会った米国人女性と結婚し、夫婦でヨットを始めた。〇六年には視覚障害者セーリングの世界選手権に日本代表として出場した。

過去に辛坊治郎さんと一緒に挑戦したが、挫折した

そもそも遭難事故は、13年6月16日、24時間テレビの企画として辛坊キャスターとブラインドセーラー・岩本光弘氏を乗せた小型ヨット「エオラス号」が、米サンディエゴを目指している最中に起きました。

辛坊キャスターは2013年6月21日、番組の企画で全盲のブラインドセーラー・岩本光弘氏とともに米サンディエゴを目指し、福島県の小名浜港を出港しました。

太平洋を横断するブラインドセーリングは、成功すれば世界初の快挙となるはずでしたが、2人を乗せたヨットは日本から1200キロの太平洋沖で浸水したのです。

。「事故」の気になる原因については、船体に何かがぶつかる音が3回ほどした後で、船を放棄せざるをえないほどの急速な浸水がはじまったという。

宮城県沖1200キロの絶海を航行中、午前7時8分にクジラと思われる生物に衝突し、船体底に穴が開き浸水。

午前8時1分、沈没を免れないヨットから脱出してから約10時間漂流した後、辛坊は海上自衛隊によって救助された。

失敗をばねに、多くの力と支援を得ての成功だった!

アメリカではヒロと呼ばれています。私は目が全く見えませんが、太陽が肌に射す位置や風を使って方向を計算し、ヨットでのセーリングをしています。

2013年に実施した同様のチャレンジで命を失いかけても、もう一回挑戦するという心意気に感動した!という理由だけで、サポートを買って出てくれました。

実は今回のチャレンジはリベンジです。前回チャレンジは2013年で、ニュースなどで取り上げられたこともあったので、もしかしたらご存じの方ももいらっしゃるかも知れません。

こんな九死に一生を得る経験をしながら、さらには税金で自衛隊に助けてもらうというご迷惑をおかけしながら(世間から多くのバッシングも受けました)も、あらためてこのチャレンジは意味があると信じています。

皆さまからのご支援金は以下のような内訳で大事に使わせていただきます。皆さまの想いを帆にしっかりと受け、必ず太平洋を横断し、多くの方に勇気を与えます。

諦めなければ成功するんですね!!

様々な声が

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