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芸術・美術の都パリ〜Jean Jansemジャン・ジャンセンとYul Brynnerユル・ブリンナー

芸術の都・美術の都パリの美術館・絵画・リトグラフ・渡辺謙と 「王様と私」のユル・ブリンナー・ヌード

更新日: 2019年05月01日

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花が好きさん

芸術の都パリ

水の都ヴェネツィア 花の都フィレンツェ 永遠の都ローマ 芸術の都パリ

美術の都パリ

モンマルトルやオルセー美術館をはじめとした美術の都パリ

美術の都パリの美術館

http://japan-mountfuji.blogspot.com/2011/03/france_8343.html
■ルーヴル美術館 Musée du Louvre
■オルセー美術館 Musée d'Orsay
■国立近代美術館(ポンピドゥー・センター内) Musée National d'Art Moderne
ポンピドゥー・センター(ジョルジュ・ポンピドゥー国立芸術文化センター)
Centre Pompidou(Centre National d'Art et de Culture Georges Pompidou)
■オランジェリー美術館 Musée national de l'Orangerie
■パリ市立近代美術館 Musée d'Art Moderne de la Ville de Paris
■マルモッタン美術館 Musée Marmottan Monet
■ギュスターブ・モロー美術館 Musée national Gustave Moreau
■ピカソ美術館 Musée national Picasso
■マイヨール美術館 MUSEE MAILLO
■ロダン美術館 MUSEE RODIN
■ダリ美術館  ESPACE MONTMARTRE-DALI
■ドラクロワ美術館  MUSEE NATIONAL EUGENE DELACROIX
■ロマン派美術館 MUSEE DE LA VIE ROMANTIQUE
■コニャック・ジェ美術館 MUSEE COGNACQ-JAY
■ギメ美術館  MUSEE GUIMET
■カルティエ財団現代美術館  FONDATION CARTIER POUR L'ART CONTEMPORAIN
■ブールデル美術館 MUSEE BOURDELLE
■ジャックマール・アンドレ美術館  MUSEE JACQUEMART-ANDRE
■セルニュスキ美術館 MUSEE CERNUSCHI
■ニッシム・ド・カモンド美術館 MUSEE NISSIM DE CAMONDO
■ケ・ブランリー美術館 MUSEE DU QUAI BRANLY

さすが『美術の都パリ』まだ他にも美術館がある。

▼Jean Jansem/ジャン・ジャンセン

ジャン・ジャンセン(Jean Jansem, 1920年3月9日 - 2013年8月27日)は、フランスで活動したアルメニア人画家。

ジャンセンのバレリーナのデッサン画が とてもすき だけど この絵もたまらなく好き ジャン・ジャンセン 青いリボンの帽子 pic.twitter.com/GXr0FKjfQV

https://ja.wikipedia.org/wiki/ジャン・ジャンセン
1920年 アナトリア北西部の町ススルルク (Susurluk) において、製糸工場を営んでいたアルメニア人の父(ミリ・ジャン)とトルコ人の母(アレック)の間に誕生。戦渦を逃れて渡ったギリシャのサロニカで少年時代を過ごす。
1931年 11歳、一家でフランスに渡る。怪我の治療で入院していた3年間のなかで、画家になる決心をする。
1938年 パリ装飾美術学校を卒業。その後もモンパルナスのデッサン学校(ラ・グランド・シュミエール)他、様々なアトリエを訪れ絵の勉強をする。
1939年から1946年 サロン・ドートンヌ展、アンデパンダン展、サロン・デ・チュイルリー展、エコール・ド・パリ展、時代の証人画家展に出品する。
1942年 22歳、結婚。ギリシャで漁師と子供達を描く。
1946年から1948年 アカデミー・グラン・シュミエールに通い、様々な画家との親交を深める。
1951年 民主主義者賞を受賞する。スペインで民衆を描く。
1953年 アントラル賞を受賞する。
1954年 フランス国家給費を受ける。
1956年 定期的にイタリアに長期滞在し、風景画・人物画・宗教行列・市場を描く。
1958年 サロン・デ・ジューヌ・バンチュールの会長に推される。サロン・ドートンヌの会員となる。メキシコのコンパレゾン賞を受賞する。
1959年 ブルッヘのビエンナーレ展に参加する。
1966年 ヴェネツィアを訪れ運河を描く。国際形象展から招待出品を受ける。(これ以後も最終回となる1986年まで21回招待出品を受けた。)
1967年から パリ、パームビーチ、シカゴ、東京、ヨハネスブルグ、大阪、アントニー等で「ベニス展」「ダンス展」「闘牛展」「デッサン展」「過ぎ去った時展」「風景展」「イタリアの風景展」「仮面舞踏会展」「マスク展」「回顧展」「石版画展」「宗教行列展」「パステル・グワッシュ・デッサン展」「カーニバル展」等を開催。
1996年 長野(安曇野ジャンセン美術館)・東京(大丸ミュージアム)・大阪(ナビオ美術館)で特別回顧展、「愛と哀しみを描いて60年」展を開催。
1999年 安曇野ジャンセン美術館で特別展「風景と静物画展」「花と踊り子展」を開催。
2000年 安曇野ジャンセン美術館で特別展「デッサン展〜65年のあゆみ〜」を開催。
2002年4月 アルメニアに招待を受け、アルメニア正教会の成立1700年を記念し同国立館にて大々的に「虐殺展」を開催。アルメニア国家勲章を受章(カラヤン、シラク仏大統領に続き3人目)。
2003年フランス国家勲章(レジオンドヌール勲章)を受章。
2013年8月27日、フランスにて逝去。

ジャン・ジャンセン「ファニー」 この絵の良さは解る人には解るけど、解らない人には永久に解らない。 人間は千差万別。 自分がそうだと思うからといっても、他人も同じとは限らんのです。 pic.twitter.com/Qxsj4KRJuQ

<ジャン・ジャンセン>
パリで私が選んだ画家は、Jean Jansem。
街のあちこちで、彼の絵と出会った。
時間がゆっくり流れるアンニュイなパリと重なった。

ジャン・ジャンセンが描く女性は顔を見せないのが良いなあ pic.twitter.com/hvACD7w5KN

最近しったジャン・ジャンセンという画家の絵が悉く最高に好みだという話をしたい。 pic.twitter.com/9H8pJqYMHl

▼Yul Brynner/Бори́сович Бри́нер/ユル・ブリンナー

ル・ブリンナー(Yul Brynner, 1920年7月11日 - 1985年10月10日)はロシアのウラジオストク出身の俳優である。本名Юлий Бори́сович Бри́нер(ユーリイ・バリーサヴィチ・ブリーニェル)。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ユル・ブリンナー

1949
ニューヨーク港 Port of New York

1956
王様と私 The King and I アカデミー主演男優賞 受賞
十戒 The Ten Commandments
追想 Anastasia

1958
カラマゾフの兄弟 The Brothers Karamazov
大海賊 The Buccaneer

1959
旅 The Journey
悶え The Sound and the Fury
ソロモンとシバの女王 Solomon and Sheba 

1960
オルフェの遺言-私に何故と問い給うな
Le testament d'Orphée, ou ne me demandez pas pourquoi!
荒野の七人 The Magnificent Seven 

1961
ザーレンからの脱出 Escape from Zahrain 

1962
隊長ブーリバ Taras Bulba

1963
太陽の帝王 Kings of the Sun

1964
あしやからの飛行 Flight from Ashiya
ガンファイトへの招待 Invitation to a Gunfighter

1965
モリツリ/南太平洋爆破作戦 Morituri

1966
巨大なる戦場 Cast a Giant Shadow
悪のシンフォニー Poppies Are Also Flowers
続・荒野の七人 Return of the Seven
トリプルクロス Triple Cross

1967
ダブルマンThe Double Man

1968
長い長い決闘 The Long Duel
戦うパンチョ・ビラ Villa Rides

1969
黄金線上の男 The File of the Golden Goose
ネレトバの戦い Bitka na Neretvi
シャイヨの伯爵夫人 The Madwoman of Chaillot

1971
大西部無頼列伝
Indio Black, sai che ti dico: Sei un gran figlio di...
カーク・ダグラスとユル・ブリンナーの 世界の果ての大冒険
The Light at the Edge of the World

1972
複数犯罪Fuzz耳の聞こえない男

1973
エスピオナージ Le Serpent
ウエストワールド Westworld

1975
SF最後の巨人 The Ultimate Warrior

1976
未来世界 Futureworld
ユル・ブリンナーの 殺人ライセンス Con la rabbia agli occhi

ユル・ブリンナーは、ジャン・ジャンセンのファン(コレクター)だった。

意外と知られてませんが、ロシア出身の俳優Yul Brynner(ユル・ブリンナー)も著名人でありながらジャンセンファン(コレクター)として有名な方でした。

#映画で今日は何の日 レンタルビデオ全盛期、やたらパッケージを見た作品(笑)。SF推しな邦題ですが少し後の公開なら、"世紀末救世主"映画だと的確に宣伝されたろうに…『#SF最後の巨人』4月10日【1976年『SF最後の巨人』日本公開】#映画秘宝 #今日は何の日 #ロバート・クローズ #ユル・ブリンナー pic.twitter.com/pPOUyaewnF

映画俳優のユル・ブリンナー/Yul Brynner/Бори́сович Бри́нер
(1920年7月11日 〜 1985年10月10日)もJean Jansemジャン・ジャンセンを愛した。

惜しくもイギリスオリビエ賞最優秀主演男優賞を逃した渡辺謙と 「王様と私」のユル・ブリンナー pic.twitter.com/r9a3O0t5s0

ユル・ブリンナーは、 徹子の部屋に出演したことが あるらしい。 pic.twitter.com/9fylQv8DnQ

ユル・ブリンナーのヌード

ジャン・ジャンセンとユル・ブリンナーは親しい間柄でした。

彼は本職の俳優だけではなく写真家や作家としても才能を発揮した人物で、残念ながら1985年に他界していますがジャンセン氏とは同世代であったこともあってか親しい間柄にありました。

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