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お体は大丈夫? 新皇后となった雅子さまの公務負担へ様々な声

2019年5月1日に即位された新しい天皇皇后両陛下。かつてバリバリのキャリアウーマンだった雅子さまがご成婚され、愛子さまを出産、そして適応障害を発表された経緯を踏まえて心配と応援の声があがっていました。

更新日: 2019年05月01日

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平成はいろいろあった新皇后雅子さま、令和でも様々に注目されています。

nyokikeさん

▼新天皇陛下とともに「即位後朝見の儀」に参列する皇后雅子さま

皇后さまは午前10時50分ごろ、皇居に入る半蔵門に車で到着。周辺に集まった人たちから「雅子さまー!」と歓声が上がり、皇后さまは車の左右に笑顔を向け手を振って応えていた。

雅子さまが着用されたティアラは、皇后陛下が持つ3つのティアラのうちの最も由緒のある「第一」と呼ばれるものだ。

お代替わりをする際、着用しやすいように調整をされています。上の飾りは取り外すことができるようになっていて、大粒のダイヤモンドが一番の特徴です。

▼バリバリのキャリアウーマンだった雅子さま、ご成婚の際は高い注目を集めた

東京大学を中退された雅子さまが外務省に入省したのは、1987年4月。外交官試験に合格した「総合職組」だ。しかもハーバード大→東大→外務省という抜群の経歴。

1986年、スペインのエレナ王女来日の際のパーティーで出会われたお二人。雅子さまはその後、お妃候補として注目される存在となる。

しかし、過熱する取材に対して1989年9月、留学先のロンドンで「とにかく私は、そのお妃問題というのには関係してないと思っておりますので」と述べられた。外交官として仕事を続けたいという強い意志を表明されたのだ。

これにより、お妃候補からは消えたかと思われたが、陛下は雅子さまへの一途な思いを持ち続けていたという。そして、その思いは雅子さまの心に届き、1993年1月に婚約会見が開かれた。

・皇太子妃…男子の後継者を生まなくてはいけないという重圧が雅子さまを苦しめていた

元外交官の雅子さまは、皇室での生活や、男子の後継者を生まなくてはいけないという圧力から、2004年に適応障害と診断された。

適応障害は、ある特定の状況や出来事が、その人にとってとてもつらく耐えがたく感じられ、そのために気分や行動面に症状が現れるものです。

ストレス因から離れられない、取り除けない状況では、症状が慢性化することもあります。

療養生活に入り、大野医師からカウンセリングや行動療法を受けながら、雅子さまは子育てに励んだ。

2006年4月、愛子さまが学習院幼稚園に入園された。この年の8月の夏休みはご一家でオランダを訪問、2週間静養された。翌9月には秋篠宮家に長男の悠仁さまが誕生、お世継ぎの重圧が薄れるとともに、雅子さまの病状は上向いた。

2008年4月、愛子さまが学習院初等科に入学すると、校内でも雅子さまの笑顔が見られるようになった。2009年1月には、美智子さまの名代として宮中祭祀に出席するまで快復された。

・東日本大震災の被災地訪問では逆に体を心配されてしまう場面も…

多くの被災者に感動と勇気を与えたお二人のご訪問。しかし一方では、被災者が雅子妃の病状を心配し「ご病気はいかがですか?」「愛子さまはどうですか?」と質問する場面も数多く見られた。

「まだご病気であることは報道で知っていましたし、私たちも見ていて“大丈夫なのかな、お辛いのではないかな”と思えたんです。雅子さまのお声が蚊の鳴くような小さな声で、全く聞こえなかったもので……」

78歳女性は、雅子妃に謝意を表わしたうえでこう尋ねたという。「雅子さま、お体大丈夫ですか? そして愛子さまも大丈夫ですか?」

2017年4月、愛子さまは学習院女子高等科に進学された。愛子さまの自立が進むとともに、雅子さまの表情は目に見えて明るくなられた。

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