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離婚原因から整形まで…最近芸能人が明かした「真相」が気になる

物事の真実の姿を指す「真相」。最近、いろいろな芸能人が、過去の出来事の「真相」を明かし話題になっています。離婚の真相を明かした鈴木紗理奈さん、整形や休業の真相を明かした水沢アリーさんなど、最近、芸能人が明かした「真相」をまとめました。

更新日: 2019年05月14日

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monet333さん

・物事の真実の姿を指す「真相」

噂・エピソードなどある物事に対する真実の姿を指す「真相」

ある物事の真実のすがた。特に、事件などの、本当の事情・内容

よくニュースなどでも「事件の真相を究明する」などといった言葉を耳にしたこともあるかと思います

・最近、いろいろな芸能人が、過去の出来事の「真相」を明かし話題になっています

▼離婚の真相を明かした鈴木紗理奈さん

タレントの鈴木紗理奈(41)が5月13日放送の日本テレビ系「人生が変わる1分間の深イイ話」に出演。元夫と離婚した本当の理由を明かした

元夫でレゲエユニット「INFINITY16」のTELA-Cと08年に結婚、1児をもうけるも13年に離婚した鈴木

現在シングルマザーとしてひとり息子・利音くんを育てている鈴木だが、2013年に離婚した理由は以前バラエティ番組で聞かれた際答えた「浮気」ではなく、子どもの前で「親ということを忘れて」本気の喧嘩をしてしまったことなのだという

当時2歳だった長男は親の喧嘩を見て号泣。「親ということを忘れて、本気で喧嘩してしまったので別れた。それからは絶対に息子に不憫なことをさせない、別れた方が幸せになったと思えるように」と離婚の真相を明かした

今、深イイ話観てるんだけど、鈴木紗理奈が離婚の決め手にしたことに強く共感。 旦那に『なんで息子の前で怒鳴る?なんでキレて子供にも冷たくなる?息子を巻き込まないで。私はそれが理解できん。だから別れたい』と言ったことがある。 子供の前で夫婦喧嘩姿は見せるべきではない、絶対に。

鈴木紗理奈さんの離婚した理由について批判めいた発言するひと みてて違和感しかない。様々な事情がきっとあり決めたことだし 息子に喧嘩する姿みせたくなかった理由を知ったら親の愛は必ずや感じ取るはず。何もしらない周りがあーだこーだ言えることじゃない。コメント欄はスルーするに値する。

まじ子供の前で大きな喧嘩するくらいだったらうちも早く別れてほしかった。夫婦仲悪いのに子供のためって無理に夫婦つづけられて何十年もそのイライラした環境で育てられる子供の気持ち考えてほしい。鈴木紗理奈の離婚理由は間違ってないし、小さい理由でない。不仲な夫婦全部別れてほしい。子の為に。

▼整形や休業の真相を明かした水沢アリーさん

4月15日にバラエティ番組「しくじり先生 俺みたいになるな!!」(テレビ朝日系)に出演。芸能界を休業した真相をテレビで初告白した水沢アリー

現在、28歳のアリーは2013年、大学2年のとき、“華やかな顔立ち”と“先輩にタメ口で噛みつくキャラ”で大ブレーク。“第2のローラ”としてバラエティー番組で引っ張りだこの存在となった

水沢は、冒頭で「整形やってます」と告白し、「芸能界に入ってすぐにやっちゃいました」と説明。整形だけでなく、噛みつきキャラやおバカキャラも「売れるために作った大嘘でした」と打ち明け、「キャラも顔も作ってました」と話した

ところが、安易な考えで“顔”と“キャラ”をいじった結果、オンとオフの切り替えができなくなり、プライベートでも周囲に噛みつきはじめ、本来の性格まで悪化。自分を見失った末、芸能界休業へと至ったことを打ち明けた

久しぶりに表舞台に出てきた水沢アリー。デビュー当時から疑惑があった整形手術をあっさりと認め、顔そのものもローラに似たタメ口キャラクターも大嘘だったと告白し話題を呼んだ

しくじり先生の、水沢アリー最高心をひらいてて気持ちスッキリ㊗️

しくじり先生に出てる水沢アリー ぶっ飛んでてほんと面白い、 昔より今の方が好き!

水沢アリーさんのしくじり先生 幸せになるために一番必要なこと 心を整形する 外側を美しくする外側を変える ただそれだけじゃ幸せになれない そのまま不完全な自分を愛する 心を変えて内側の整形をしてから外側の美しさに取り掛かる 素敵すぎて感動した、、、 (画像のは載せきれなかったやつ) pic.twitter.com/RK3hmgUiS6

▼ジャニーズ独立の真相を明かした田原俊彦さん

今年6月にデビュー40周年を迎える歌手・田原俊彦(58)が「週刊文春」のインタビューに応じ、5時間にわたってジャニーズ独立の真相などを初めて語った

田原俊彦は「抱きしめてTONIGHT」(1988年)、「哀愁でいと」(1980年)、「ハッとして!Good」(1980年)などヒット曲を連発。近藤真彦と並んで1980年代のジャニーズ事務所を支えたトップスターのひとりだった。しかし、田原俊彦の輝かしいキャリアはジャニーズ事務所独立とともに暗礁に乗り上げることになる

「ジャニーさんは怒っていたとかではなく意外とあっさりしていた。15歳のころから僕のことを見ていて、性格も熟知していたから。94年当時、光GENJIが一段落して、ジャニーさんはSMAPを本格的に売ろうとしていた。そんな時期だったから、すごく引き止められたというのはなかったんです」

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