1. まとめトップ

タイタニック号が沈没(1912年)の歴史。史上最悪の海難事故

タイタニック号が沈没(1912年)の歴史をまとめました。100年以上を経た現在においても、タイタニック号の海難事故は、人々に語り継がれています。

更新日: 2019年05月21日

1 お気に入り 9077 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

misukiruさん

◆1912年に就航した豪華客船

広々として豪華客船であったことが分かります。

◆1912年に沈没

当時世界最大の客船であったタイタニックは、1912年4月14日の23時40分(事故現場時間)に氷山に衝突した時には2,224人を乗せていた。

事故が起きてから2時間40分後の翌4月15日の2時20分に沈没し、1,513人が亡くなった。これは1912年当時、海難事故の最大死者数

◆人災と言われるタイタニック号の沈没

タイタニックは前方の4つの区画が浸水しても浮かぶように設計されていたが、それは十分でなくクルーはすぐにこの船が沈没することに気がついた。

氷山の存在が2度に渡り警告されていたにも関わらず、減速もしなかった。氷山を発見した際に減速して舵を切ったが、船腹が衝突し、また低温のために船体の金属特性がもろくなっていたので船体が2つに割れて沈没した。

◆氷河の直前で発見、減速が間に合わず。

プリンツ・アダルベルト号の乗組員が1912年4月15日に撮影した氷山。タイタニック号が衝突した塊だと考えられている。

14日の11:40、氷山を450m手前で発見。減速しながら舵を切ったが船腹をなでるように氷山をかすめた。その際には衝突に気付かなかった乗客もいた。その後多数区画の損傷により大量の浸水。

これから起こることの重大さを把握しはじめるにつれて、スミスは優柔不断で動けなくなっていったようであった。

◆救助船が1隻しか到着しなかった

キンク一家は、救助ボートから大型船カルパシア号(Carpacia)に救われる。カルパシア号は、タイタニック号から届く苦悩に満ちた電信に、予定の航路を変更し救助に駆けつけた唯一の船だった。

◆タイタニック号の映画

1912年からタイタニックを描く映画、ドキュメンタリー、関連作品が数多く制作されている。中でも最近のジェームス・キャメロン監督の作品は大ヒットとなり、アカデミー賞を受賞している。

◆100年後に起きた海難事故

2012年1月13日、コスタ・クルーズ所有のクルーズ客船コスタ・コンコルディアが、イタリアのジリオ島付近にある浅瀬で座礁し、浸水・転覆した海難事故

1912年4月14日に起きたタイタニック号の事故からちょうど100年目で、同じ客船の海難事故からも、事故をタイタニック号に例える乗客が少なくなかった。

1