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文芸評論家・加藤典洋さんの来歴・人物・エピソード・職歴・受賞歴

文芸評論家・加藤典洋さんの来歴・人物・エピソード・職歴・受賞歴

更新日: 2019年05月20日

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「敗戦後論」をはじめ、文学から社会時評まで幅広く論じた文芸評論家の加藤典洋(かとう・のりひろ)さんが2019年5月16日、肺炎で死去した。71歳だった。

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文芸評論家の加藤典洋さん死去

「敗戦後論」をはじめ、文学から社会時評まで幅広く論じた文芸評論家の加藤典洋(かとう・のりひろ)さんが2019年5月16日、肺炎で死去した。71歳だった。

1948年、山形市生まれ。「言語表現法講義」で新潮学芸賞。「敗戦後論」では伊藤整文学賞を受賞した。他に「戦後入門」「アメリカの影」などの著書がある。

加藤典洋

加藤 典洋(かとう のりひろ、1948年4月1日 - 2019年5月16日)は、日本の文芸評論家、早稲田大学国際教養学部名誉教授。 講談社ノンフィクション賞、小林秀雄賞選考委員。

来歴・人物

山形県山形市出身。山形県立山形東高等学校を経て、1972年東京大学文学部仏文学科を卒業。1985年に『アメリカの影』でデビューする。現代文学、思想史、政治、歴史認識と幅広く発言する。

エピソード

1995年に『群像』誌上で「敗戦後論」を発表。日本の戦後をどう認識するかを問いかけた。日本の侵略や植民地支配によるアジア地域等の被害者に謝罪する主体、すなわち「日本人」という主体が欠如しつづけているという議論を展開した。そのうえで、具体的方策の一つとして、日本人に対する日本人自らによる弔いの必要を唱えた。これらは歴史認識に於いて右派のそれと真っ向から対立しており、強い批判を受けた。一方高橋哲哉などの左派からも戦後清算の方法論がナショナリズム的に過ぎるとして批判を浴び、言論界に論争を巻き起こした。1997年には論考をとりまとめ加筆訂正のうえ『敗戦後論』を刊行した。2007年5月には、憲法記念日を直前にして、憲法「選び直し」の論をさらに深めた論文「戦後から遠く離れて」を『論座』6月号に発表している。
『日本の無思想』は丸山眞男の『日本の思想』、『テクストから遠く離れて』は蓮實重彦の『小説から遠く離れて』のパロディである。
漫画『寄生獣』を大学のテキストに使用していたが、漫画論は書いていない。
ゴジラの大ファンで、語らせると止まらない。
奥田民生やスガシカオらのファン。特に奥田はJ-POPに関心を持つようになったきっかけを与えてくれたシンガーソングライターと述べている。
小説家の高橋源一郎や文芸評論家の神山睦美と親交が深い。
英語は苦手で、早稲田大学国際教養学部に赴任する前に、学生と一緒になってアメリカで英語の猛特訓を受けた。
ポストモダン系の思想家(柄谷行人や浅田彰等)に対しては、西洋思想の輸入者であり独自性がないとして、かなり批判的である。
近日では同様にポストモダニズムの思想を批判している哲学者竹田青嗣に共通する思索活動を展開している。
2010年よりニューヨーク・タイムズで記事を執筆している。

職歴

国立国会図書館職員(1978年から1982年はモントリオール大学東アジア研究所に派遣)
1986年 - 明治学院大学国際学部助教授
1990年 - 2005年3月 同 教授
2005年4月 - 2014年3月 早稲田大学国際教養学部教授

受賞歴

1997年、『言語表現法講義』で第10回新潮学芸賞。
1998年、『敗戦後論』で第9回伊藤整文学賞評論部門。
2004年、『テクストから遠く離れて』と『小説の未来』で第7回桑原武夫学芸賞。

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