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えっ…?世界遺産のマチュピチュが日本の温泉街にしか見えない件

ペルーの世界遺産、マチュピチュが日本の温泉街にしか見えないとTwitterで話題に。「下呂温泉/箱根湯本/杖立温泉/鬼怒川温泉/湯の峰温泉/有馬温泉/水上温泉/マイントピア別子」などに見えるとも。

更新日: 2019年05月22日

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@0525_yuki_ この川の両側に古い建物が建ってる感がもう日本以外の何者でもないw 一応マチュピチュの遺跡自体は写真でよく見るインカ帝国っぽいやつでした

理由は「マチュピチュ村」の初代村長が日本人だったから…?

ペルーのマチュピチュ村の初代村長。福島県大玉村出身。

1895年裕福な農家の家に生まれる。
1917年、21歳のときにゴム景気で湧くペルーに移民し、1923年よりペルー国鉄で勤務。マチュピチュまでの鉄道建設に携わったのを契機にマチュピチュに移住。1939年にマチュピチュ地区の行政最高責任者に就任、マチュピチュの村昇格直後、1948年から2年間、村長を務め、1969年に現地で物故するまで、村初のホテル「ホテル・ノウチ」を開業したり、水力発電所を作ったりするなど村の発展に尽力した。ホテル・ノウチを中心に村が発展することとなった。

遺跡の麓にあるマチュピチュ村は、宿泊場所や中継地点としていつも大勢の人でにぎわっているが、この村の初代村長が日本人移民だったことはほとんど知られていないのではないだろうか。

その男の名は、野内与吉という。彼は1917年、福島県の大玉村からペルーに移住した。当時、与吉は21歳。日本以外の世界が知りたい、そして、何かを成し遂げたいという夢を抱き、地球の反対側まではるばるやって来たのだ。

マチュピチュ温泉
温泉の中は休みの時期で日曜日ということもあり地元の子供たちや
家族連れがたくさん利用していました。
マチュピチュ村の奥にある入口から温泉まで500mほど川沿いを
上流へ登って行きます。
入口には、小さなカフェとお土産が売っており、
荷物を預けて、下へ降りていくと脱衣所があります。
温泉というよりは公共プールのような感じですが、
土産話のひとつとして時間があれば入浴してみるのもいいかも知れません。

あるとき与吉は、村で地面から湯気が出ている場所があることに気がついた。そこを掘り起こしてみると湧き出てきたのは、なんと故郷の日本で慣れ親しんだ温泉だった。

与吉は、温泉にはさまざまな健康効果があるからと、村人たちにも湯につかることを勧めた。住民たちの間でも「温泉に入るようになってから体調がよくなった」と評判になり、いまでも地元で愛されている。

@shiki_no_kaze @footballmorpho ff外から失礼します。 マチュピチュの観光支援は日本人が行ったとテレビで言っていたような…。 そういった背景があるから似るんですかね courrier.jp/news/archives/…

日本の温泉街にそっくりだという声が各地からも

@Uppar_nk @shiki_no_kaze ほんとはもっと秘境感ある温泉が地元近くにあるのだが 湯の峰温泉っつってもわからんじゃろう・・・ pic.twitter.com/1qg21sq93U

逆にマチュピチュそっくりな日本の観光地も

@shiki_no_kaze 日本側からマチュピチュに寄せて行くというのはどうだろう。 (愛媛県です) pic.twitter.com/O9Up4Un0IZ

マイントピア別子は、愛媛県新居浜市の産業基盤の礎となった別子銅山の施設跡などを利用したテーマパーク。道の駅マイントピア別子を併設する。

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