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昭和の風情が伝わるボンネット型トラック・スタウトは懐かしきトヨタの名車

全体に膨らみがあって、今で言うピックアップトラックと同じ形状をしているスタウトは、荷物を運ぶのに便利だった。この車は昭和の時代を駆け抜け、人の役に十分立っていたことが伺え、最大積載量は2トンまで対応できたものもあった。

更新日: 2019年06月05日

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ちなみにスタウトはトヨタのブランドの一つ・トヨペットで活躍していて、ほぼ同じ形状を留めた原点となるトラックもあった。

cobbyjpさん

トヨペットブランドで展開したスタウトは、荷物をたくさん運べて人の役に立っていた

マスターラインが『仕事に使えて、オフには家庭でも使える』という、戦後初期のマイカー像にピッタリとハマって人気が出たのに対し、トヨペットRK / スタウトはあくまで6人乗り仕様で現場に運べる人数が多くて便利、という程度。

より重い荷物を乗せるために頑丈ではありましたが、同じエンジンでも重いという現実があり、マイカーとしても使いたいユーザーにはマスターラインの方が人気がありました。

しかし、トラックとしてはそれで正解。

ただ、ライバルの日産が初代ブルーバード(ダットサン310型)と同一デザインのダットサン・トラックを発売してくると人気をさらわれて苦戦します。

今日のEROマシン。 とある整備工場の駐車場にいたトヨタ・スタウトのレッカー車。 pic.twitter.com/a1pqRC7iZl

前身はトヨタ初の小型商用車を果たしていたトヨペット・トラックSB型だった

スタウトが発売される前の1947年から1952年の間に、トヨペット・トラックSB型が開発され、たった1万台のわずかな生産で展開した。エンジンは1,000ccのS型エンジンが使われ、積載量は1トンまで可能で、全体的に見てみると小型トラックという印象が強かった。しかもこの頃にはトラックと同じシャーシが使われたセダン車・SD型・SE型も登場したので、販売は軌道に乗っていた。

こちらはトヨタ(トヨペット)さんと セントラル自動車さんと言うメーカーさんによって協力製造されたとされます SB-U型ピックアップトラックと言う車両の様なのですが 中々素敵で良いデザインな車両ですねぇ 仕事用だけでなく プライベートでも楽しみを与えてくれそうなデザインですねぇw pic.twitter.com/kVdsuqtqu8

トヨタ スタウト2000(1967) - モデルチェンジによってアメ車の要素を取り入れたピックアップトラック。歴史は古く、1947年のトヨペットSB型小型トラックより様々な形状で継承・派生している。 pic.twitter.com/eaSvRElurx

さらにトヨペット・トラック はSG/SK/RK型に進化して、ますます仕事で活躍した

トヨペット・トラックの発展は留まることを知らず、1952年になるとSG/SK/RK型に突入した。これらは厳密に言えば2代目に当たるが、前回と同じような便利さは何も変わっていない。生産台数は前回のSB型よりも低い7,749台だったが、1953年のマイナーチェンジによって形状が少し変わり、その2か月後には最大積載量が1.25トンまで対応できるRK型が加わって、そのトラックに使われたシャシーは、ライトトラックSKB型/トヨエースに受け継がれた。そして1955年のマイナーチェンジでRK型は1.5トンまで対応できるようになり、その翌年の1956年にトヨペット・トラックは完全終了することとなる。

何の変哲もないトヨペットSG型トラックなのですが 改めてこうしてまじまじと拝見してみますと 中々可愛らしくていい車ですねぇ(´ `* pic.twitter.com/WH7aPA9pAg

#自美研 トヨペット スタウト1900 RK100型 ナンバーは錆びてるけど昔のナンバーではなく今の時代のものです。 pic.twitter.com/fgPUKAg4d9

1956年からスタウトの歴史が始まり、その車は前身にはなかった特徴がたくさん詰め込まれた

トヨペット・トラックが完全に終わった1956年に、スタウトの第一歩となるRK23/RK30/RK35型が始まった。運転席を含むキャビンはトヨペット・マスターのものをそのまま流用し、近代的なデザインを目指した。ちなみにスタウトの最大の趣旨は、予想よりもあっけなく終わってしまったマスターの生産設備の償却と、さらに人の役に立てるような車作りを目指すことだった。COBBYによると、キャビンは最大で3人乗りが可能となり、荷台はとうとう1.75トンまで対応でき、同じくトヨタで生産販売した小型トラック・ダイナと肩を並べて展開した。

初代ハイラックスかと思ったらスタウトっていつ初耳のトラックだった pic.twitter.com/rYq5nJRi5T

アメリカ車を連想させるようなデザインに整えた2代目は、映画・北の国からにも使われた

1960年になると、スタウトは2代目RK45 - RK101型へ突入してデザインや大きさなどを刷新した。今度はアメリカ車の風貌を取り入れて、前回にはないカッコよさを醸し出し、豊富なバリエーションを揃えた。フレームを始めとする構造とリーフリジットサスペンションはそのまま受け継がれているが、前回よりも乗り心地は格段に向上し、ドア配置にもひと工夫を加えた。展開は南アフリカ共和国にも進み、大ヒットを収めていた日産のダットサン・トラックに追いつくためにさらなる改良を加え、1,900 ccの3R型エンジンを搭載したRK100型を追加した。この頃は派生車種のトヨペット・ライトスタウトも登場して、2代目自体はドラマ・北の国からでも使われた実績もある。

仕事帰りに立ち寄った某所にて偶然発見して激写してしまった2代目トヨタスタウト1900RK101型 pic.twitter.com/ae1wfx963N

顔見えてなくてもAピラーさえ見えてれば車種が分かる2代目スタウト。 なんかおっさん顔よね。 pic.twitter.com/seguwxHdc2

2代目(RK101)トヨタ スタウト。ハイラックスより一回り大きなピックアップ。このスタウトは昭和42年に登場した2000㏄モデル。(1970年式) pic.twitter.com/Kd6uEIFNDy

3代目は最後のモデルとなり、長く続いたスタウトの歴史に幕を下ろした

あれほど活躍したスタウトは、1979年にとうとう3代目RK110型に進展して、終わりという潮時を迎えることになる。今度のキャビンはハイラックスでも使われているものをそのまま流用し、エンジンは無鉛ガソリンを使う5R型に改良され、海外向けに応用させたものも開発した。この代のスタウトの展開はほとんど世界各国だったが、便利さを追求したことに変わりはなく、1986年まで休むことなく活躍した。

1/18こみトレ25&大阪市内古書店戦利品 4.大阪市内某古書店購入カタログその3 幼少の頃にキャブの形状がハイラックスと共通であったことから勘違いしていて、日産ジュニアとならんで電電公社の作業車でおなじみだった3代目トヨタスタウト pic.twitter.com/GAWCWT8zk6

トヨタ・スタウトには数々の思い出が詰まっていると、愛用していた人は語る

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