1. まとめトップ

豊富な種類のボディタイプを揃えた日産・バイオレットは昭和を彩った名車だった

日産自動車が誇る往年の小型自動車・バイオレットは、最初はブルーバードシリーズの一種になるように計画されたが、ブルーバードの後継車となるように位置づけた。

更新日: 2019年06月07日

1 お気に入り 461 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

最初の初代から最後の3代目まで色々な形状が出され、日本だけではなく世界各国にも浸透して、高度経済成長期の追い風を受けてここまで進展した。なお車名の由来は、紫色をしたスミレの花から来ている。

cobbyjpさん

サニーとブルーバードの間に来るように設計したバイオレットは、日産の企画や策略が込められた

ボディタイプは当初、510型ブルーバード同様の2ドア/4ドアセダンの他、新たに2ドアハードトップがラインナップされ、追って5ドアバンも追加されました。スタイリングは、直線基調のプレーンな510型ブルーバードから一転、当時の流行を追った曲線基調かつ複雑なプレスラインを取り入れたフォルムに変貌しました。

初代 710型系からボディデザインが3種類もあり、独自のこだわりが詰まっていた

バイオレットは1973年に誕生して、4ドアセダン、2ドアセダン、2ドアハードトップの3種類を揃えていた。サスペンションは前方がマクファーソンストラット式独立懸架、後方はスポーツグレードのSSS510型ブルーバードと同様のセミトレーリングアーム式独立懸架、またはリーフ式車軸懸架が採用され、エンジンは色んな種類がある直列4気筒が搭載された。しかしエクステリアデザインがブルーバードと比べると、ファストバックスタイルの形状を保っていたので、販売は低迷してしまった。そこでノッチバックスタイルへとマイナーチェンジを行って、新たに5ドアのライトバンを追加した。さらにエンジンを排ガス規制に対応したL18型に変更して、終わりの年となる1977年まで改良を続けた。

【421】日産バイオレット(初代) 下級車種のサニーと、上級車種の610型ブルーバードUの中間クラスを担う新規車種として発売。初代は一応ブルーバードシリーズにに入っていたため、車両形式は「710型」。歴代ブルーバードで710型が存在していないのは、バイオレットに使用されていたためである。 pic.twitter.com/CtsK53mRH2

First generation Nissan Violet In #Japan, it was sold by Nissan in 1973. ●m.retorok.com/m/0o1fz4 初代・日産バイオレット:1973年 pic.twitter.com/JNSwpgHsOo

2代目 A10型系に突入すると、クーペやステーションワゴンが新たに加わった

1977年にモデルチェンジが行われ、2代目となったバイオレットは完全にブルーバードから独立して4ドアセダン、ハッチバック、ライトバンの3種類で活躍したが、海外市場に輸出するものはステーションワゴンも加えた。ここでも豊富なエンジンを取り揃え、サスペンションも刷新して排出ガス規制に適合でき、若者向けのスポーティーモデル・バイオレットオースターや前輪駆動・FFのバイオレットリベルタも登場した。

バイオレットオースター すんごいかっこよくて すんごいマニアック pic.twitter.com/2a9CYu5wqX

A10系オースターのフロントグリル。 上が前期で下が後期。 前期型の正式名称はバイオレットオースターで、後期からは単にオースターになるが、それに伴いフロントのオーナメントがVからAになっていることに気付いた。 pic.twitter.com/oFrQCZX7KY

自動車保険のCMに出てきそうな無国籍車のブームはいつまで経ってもやってこない。(希少車故に…) ご紹介遅れました こちら日産バイオレットリベルタに御座います。98年撮影 #nissan #日産 #自美研 pic.twitter.com/zO0ralath4

より磨きがかかって海外輸出もさらに推し進められた3代目 T11型は、有終の美を飾った

バイオレットの進展は留まることを知らず、とうとう1981年に3代目へと突入した。今度はチェリーF-IIとその後継車パルサーの意思を受け継ぐように設定され、今までの後輪駆動・FRから前輪駆動・FFに変わり、本格的な世界戦略車を目指した。ボディタイプはびしっと角ばったセダンまたはハッチバックが用意され、エンジンは直列4気筒だけではなくターボディーゼルも加わったので、一見真骨頂を極めているように見えるが、エンジンの振動とトルクステアの挙動が大きい・COBBYによると、マニュアル車のギアレシオが高すぎるなどの欠点があった。そして海外展開は北欧・アイルランドにも到達し、そこではミペットアイルランドカーオブザイヤー1981を受賞するまでに至った。そしてバイオレットは、1982年に終わりを迎えることとなる。

バイオレット及びブルーバードの魂は、リベルタビラに受け継がれた

あれだけ名を馳せた日産の名車・バイオレット及びブルーバードは、例え販売を終了してしまっても同じ小型乗用車であるリベルタビラに受け継がれた。こちらはセダンとハッチバックの2種類があって、駆動方式は前輪駆動だけではなくフルタイム4WDもあり、前身で使われていた2L・6気筒エンジンを廃止して、キャブレターやディーゼルもある4気筒エンジンを搭載した。ちなみにリベルタビラはサニーやパルサーと肩を並べ、初代N12型系にはターボエンジンも備えられ、2代目 N13型系は日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞して、終了した後はパルサーに統合された。

リベルタビラ(1982~1990) 3代目バイオレットのサブネーム「リベルタ」から名付けられた。バイオレットの後継車だが、車格は小さく変更され、バイオレット リベルタのようにブルーバードと競合しないように配慮した。ラングレーとパルサーの姉妹車だが、3姉妹の中でも最もマイナーな扱い。(COBBY) pic.twitter.com/QGyGKs63xM

とある駐車場でリベルタビラとファミリアがいました。驚いたのはどちらもフルタイム四駆だったこと。並べてみるとまさにライバル車ですね。 平成元年5月末撮影。 pic.twitter.com/WxixBeROzP

アップガレージ行ったらまさかのリベルタビラ買った方に遭遇。調子良さそうでよかった pic.twitter.com/8LFwlkxl1q

モータースポーツにも積極的に参加して、熱い走りを見せつけ良い成績を収めた

バイオレットはターボエンジンなどの力強いエンジンを搭載して、モータースポーツにも参加した実績を持つ。1974年にマレーシアで行われたスランゴール・グランプリに出場して、いきなり総合優勝を獲得した。その後も直列4気筒DOHC・16バルブでサザンクロスラリーに出場して総合優勝を掴んだので、そのマシンは日産の座間事業所内にある座間記念車庫に保管された。そして今度は世界ラリー選手権・WRCにも出場して、4大会連続総合優勝や同一ドライバーで同一イベント4連覇を記録して、その後も圧倒的な走りを見せつけて、いくつもの優勝を達成した。

さらにバイオレットバンは、その形状を大切にしてNV150ADに進展した

初代から2代目まで続いていたバイオレットのライトバンは、商用車としても活躍したが、2代目で終了してしまった。しかしその姿はNV150ADに受け継がれ、現在でも多くの人の役に立っている。ちなみにNV150ADは、初代から4代目まで活躍して、用途は荷物を運ぶだけではなく棺を運ぶ霊柩車としても使われている。

1 2