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日本国有鉄道史 高度経済成長と第2次5カ年計画 第1話

第2次五か年計画の内容を、国鉄監査報告書昭和35年版を参照して、アップさせていただきました。さらに、今後内容をもう少し追記する予定

更新日: 2019年08月04日

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この記事は私がまとめました

長らく更新出来ませんでしたが、更新開始します。今回から、昭和36年から始まった第2次五か年計画についてお話しを進めていきます。主な目的は新幹線の建設になります。

blackcat_katさん

資金不足で頓挫した、第1次五か年計画

国鉄は昭和30年代に、2階の長期計画が計画されました。
その一つが、第1次五か年計画と呼ばれるものであり、戦争中に疲弊した、老朽化資産の取替が主なものでした。
第1次五か年計画の大きな成果の一つに、「特急こだま」の誕生と「あさかぜ」に代表される、20系客車の誕生がありました。

第1次五か年計画の成果、特急列車の大幅なグレードアップ

登場当初は20系電車と名乗っていましたが、その後称号改正で151系を名乗ることに

昭和33年、1次計画の成果として、151系電車、20系客派が誕生して、「もはや戦後ではない」と言われたものです

昭和35年度の第1次5カ年計画の進捗率は、【昭和31年度を初年度として4年目ですので】計画値80%となるのですが、実際には67%しか進んでいない状況であり、その原因は下記の通りです。

当初計画には無かった通信の近代化、おそらく(鉄道電話用交換機の交換で、当時の最新式であったクロスバー式交換機の更改)だと思われます。他にも貨物輸送の近代化も積極的に行おうとして、全般的に資金不足のために予定がずれたとしています。

第1次5カ年計画における3本柱であった、老朽施設の取り替えは順調に進んだ反面、輸送力の増強と動力近代化は40%程度しか達成できなかったとも発言しています。

新幹線建設を中心として計画された第2次長期計画の策定

第2次長期計画は、輸送力の向上を中心に下記のような内容となっていました。

第2次5箇年計画の内容は,次のとおりである。
 (1) 東海道線に広軌鉄道を増設すること。
 (2) 主要幹線区約1100キロを複線化し,150キロの複線化に着手すること。
 (3) 主要幹線区を中心に約1700キロの電化を行ない,これを電車化すること。
 (4) 非電化区間および支線区の輸送改善のために約2600両のディーゼル動車と約500両のディーゼル機関車を投入すること。
 (5) 通勤輸送の改善のために,約1100両の電車を投入するとともに,駅その他の施設を改良すること。

より具体的な内容を改めて、国鉄監査報告書昭和35年版を参照してみたいと思います。

イ 昭和32年度に発足した第l次5箇年計画は、計画規模の過小に加えて経費の増加による資金不足のため、高度化しつつある国民経済の成長に伴う 輸送需要の増加に応じきれな くなった。このため国鉄では、国の長期経済展望に対応するとともに、経営の安定をはかるため新5箇年計画を策定した。この計画は、昭和36年度から昭和40年度にわたるもので、主要幹線の線路増設と車両増備を主眼として、輸送力の増強および輸送方式の近代化を行なうものである。

ロ 新5箇年計画における投資計画は、東海道新幹線増設1735億円を合む総額9750億円に及ぶものであり、その項目別の内容は、第74表のとおりである。

第74表
国鉄監査報告書、昭和35年版から引用

工事内容の要点は、次のとおりである。
(イ)線路増設
東海道線に広軌鉄道を増設する。
その他主要幹線約1100キロを線路増設する。
(ロ)電化、電車化
主要幹親を中心として約1800キロの電化、電車化を行なう
化区間は積極的 に電車化し、列車回数を増加する。
(ハ)デイ ー ゼル化
非電化区間の主要線区に高速列車網を編成するとともに支線区の輸送改善をはかるため、約1800両の気動車と、約500両のデイーゼル機関車を投入する。

出典国鉄監査報告書昭和35年版

(ニ)通勤輸送対策約1000両の電車を投入するとともに、線路増設、駅施設の改良等を行なう。
(ホ)貨車の増備
約2万1000両の貨車を増備する
(ヘ)停車場設備の増強
停車場設備の拡充、強化を行なう。
(ト)踏切の改善
約800箇所の立体交差化および高架化を実施するとともに、踏切警報機、自動門ぴの整備等踏切設備の改良を行なう。
閉その他合理化
以上のほか、能率の向上、経費の節約のための投資を行なう。

出典国鉄監査報告書昭和35年版

と言った内容であり、もちろん一番の目玉は、昭和39年の東京オリンピックに間に合わせるために、建設されることが決まった、東海道新幹線でした。
また、動力近代化の一環で電化および内燃動力車化が進められ、気動車が大幅に増備され、ローカル線では気動車の投入が進められ、線区の収支が改善した地域もあったほか、電化による輸送力の増強なども併せて行われました。
又、当時の立体交差工事は、負担割合が決定しておらず、基本的には国鉄側の負担とされていました。(その後、高架化や立体交差工事は負担割合が決定し、立体交差化は折半に、連続立体交差化工事は現在では、鉄道事業者は,5%~14%程度の負担割合となっています。
ただし、線増を併せて行う場合はその事業費は全額、鉄道事業者の負担となります。

この長期計画で投入された、気動車が
キハ82に代表される80系特急気動車であり、キハ28/58に代表される急行用気動車
一般用としては、キハ20系列が投入されました。
また、機関車では
DF50が大量増備されました。
現在も活躍する国鉄形のDD51は開発途上で、誕生していません。

第2次長期計画を代表するような気動車特急と言っても過言ではないかと

全国津々浦々に急行気動車を走らせた立役者
キハ58・28

一般型気動車として、キハ20(両側運転台)
キハ25(片側運転台)
キハ52(2エンジン付き、両運転台)

電気式DD50型の後継機として誕生したDF50
0番台と500番台が存在し
0番台・・・スルザー形
500番台・・MAN形
と分類されていました。

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