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"ボサノヴァの神様" ジョアン・ジルベルト天国へ…悲しみ広がる

ボサノヴァの創始者として知られるギタリスト/シンガーのジョアン・ジルベルト(Joao Gilberto)さんが現地時間7月6日、88歳で死去しました。世界中の音楽に多大な影響を与えた巨匠の訃報に悲しみが広がっています。

更新日: 2019年07月07日

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この記事は私がまとめました

ジョアン・ジルベルトは私にとって"パーフェクトな音楽家"です。素敵な音楽をありがとう、安らかにお眠りください…

ボサノヴァ創始者のひとり、ジョアン・ジルベルトが死去

1931年6月10日 - 2019年7月6日
ブラジルの歌手、ギタリスト。

1958年頃、作曲家のアントニオ・カルロス・ジョビン、作詞家のヴィニシウス・ヂ・モライスと共に「ボサノヴァ」と呼ばれる音楽を創り出しました。

その軽やかで新鮮な音楽は、今もなお世界中で愛されています。

軽快で美しいメロディーの音楽ボサノバの草分け的存在として知られるブラジルの伝説的歌手・ギター奏者のジョアン・ジルベルト(Joao Gilberto)さんが死去した。88歳だった。

ジョアンは同居していたというマリア・ド・セウ・ハリスと、世話人のアナという女性や彼の家族に看取られ自宅で息を引き取ったという。

英BBCによると数年前から体調を崩していました。死因は明らかにされていません。

亡くなる数日前の7月2日、レストランで食事をするジョアン・ジルベルト氏(中央)の写真。

右端はジョアン氏と同居するマリア・ド・セウ・ハリス氏、左端は弁護士のグスターヴォ・カルヴァーリョ・ミランダ氏。

最後の舞台は2008年で、ボサノバ誕生の50周年を祝う行事に伴うものだった。

世界に大きな影響を与えた音楽家だった

ジョアンはブラジルの伝統音楽だったサンバをクラシックギター1本で表現する独特な奏法を発明し、世界中に影響を与えた。

ジョアン・ジルベルトが発明したとされるギターの奏法「バチーダ」は、今もなおボサノヴァを特徴づけるものとして多くのミュージシャンに受け継がれています。

ジョアン・ジルベルトが幾日もバスルームに閉じこもってギターを弾き試行錯誤の末、それまでにないスタイルのギター奏法を編み出すことに成功し、ボサノバを創造したとも云われている。

絶えずベース音をキープし、コードを奏で、独唱するというオールインワン・スタイルを完成させたと言う意味ではジョアン・ジルベルト独自のスタイルと言えるかもしれません。

米国のジャズのサックス奏者であるスタン・ゲッツと組んだアルバム「ゲッツ/ジルベルト」の発表も音楽史的には有名な出来事で、このアルバムは1965年の米グラミー賞の最優秀アルバム賞に輝いた。

2003年には70代での初の日本公演で話題になり、9月12日公演が『ジョアン・ジルベルト・イン・トーキョー』としてアルバム化(翌年に発売)。翌2004年、2006年11月にも日本公演が行われた。

歌詞の中に初めて「ボサノヴァ」(新しい潮流)という単語が使われた、代表曲「ジサフィナード(Desafinado)」。

表舞台での最後の活動年となった2008年、サンパウロでのライヴの映像。

日本でもTwitterに追悼の声が続々と寄せられた

ジョアン・ジルベルトが亡くなったという報せ。自宅にあるレコードを取り出して針を落としてみると、初めてジョアンのボサノヴァを聴いた頃のことや、コンサートに行ったことなど、いろいろな想いがあふれてくる。彼の音楽が大好きだったんですよね。 youtu.be/EQC4Ye7hr9Y pic.twitter.com/EifA7Z7E3q

ロックに疲れてた頃の俺に別の音楽の楽しみ方を教えてくれたのがボサノバの父ジョアン。初来日の国際フォーラムへ観に行ったのを昨日の事のように思い出す。ご冥福をお祈りします。有り難う。 ジョアン・ジルベルト氏死去=ブラジルのボサノバ歌手、ギター奏者 #SmartNews web.smartnews.com/articles/gdvCy…

その人がいなくなっても音楽は永遠に残ると信じられる音楽家もいる。アントニオ・カルロス・ジョビンはそう。でも、ジョアン・ジルベルトは録音作品は残るとしても、彼の存在とともに、ひとつの音楽宇宙が消失してしまったような、そんな感覚がある。

ジョアン・ジルベルトの来日公演は一生思い出すだろう特別なコンサートだった。その模様が収められた『João Gilberto in Tokyo』がリリースされてからはしばらくそればっかり聴いていた。 20代の頃、ジョアン・ジルベルトしか聴けないみたいな夢中を通り越した時期を何度も過ごしたことを思い出す。 pic.twitter.com/m613504aD5

自分でも意外なことに、ジョアン・ジルベルトの死に対する悲しさや寂しさといった感情は意外なほど小さい。それは、悲しさや寂しさを感じるほど、ジョアンが自分にとって親しさや近しさのある存在ではなく、初めから別格な存在という感覚の方が大きいからだったのだろうといま改めて感じている。

ジョアン・ジルベルトを知らない人は、ぜひジョアン・ジルベルトの音楽を聴いてみてください。彼が亡くなったというニュースが今日流れたんですけど、ボサノバという音楽ジャンルの中心人物のひとりで、ジャンルや時代を越えて様々な音楽家に影響を与えている人なんです。 youtu.be/-LKPKIeA1No

ジョアン・ジルベルトがいない世界。この世界を構成する四大元素の一つみたいな人だった、と言えばその偉大さが少しでも伝わるだろうか。

ジョアン・ジルベルトに出会った世界中の人々が、あの特別な流れの時間を過ごしたんだと訃報を聞いて再確認しました。

ボサノヴァに感じるのは「微熱」。 ジョアン・ジルベルトが奏でる「無音」から「ギターが鳴る一瞬」はどんなミュージシャンよりも熱量が高いと思う。

ジョアン・ジルベルト、遅刻しても飄々と舞台袖から出てくる感じとそれを来場者も期待してる空気感が素敵だったなあ。 あの頃は70代後半だったんだね。 今宵は、イパネマの娘を聴きながら献杯しましょうかね。

ブラジル音楽仲間と、ジョアン・ジルベルトが亡くなったことに驚いた、という話をした。 亡くなったことに驚いていたのではない。 不謹慎だが、生きていらっしゃったことに驚いた。 それほど、半世紀前にボサノヴァを生んだこと、そして、イパネマが偉大過ぎた、ということだと思う。 R.I.P

ジョアン・ジルベルトが亡くなった。 もう長いこと、ほんとうに毎日、毎日聴いている。毎日聴いて、自分のどこかの部分がずっと救われている。そんな音楽は、自分にとっては他に何もない。 そういう人が亡くなるのは、何歳であろうが悲しいし、寂しい。

ジョアン・ジルベルトを知るための幾つかのアルバム

ジョアン・ジルベルトが1970年代に録音した名盤。
ジョアンのギターとヴォーカル、それにソニー・カーによるハイハットの演奏のみというシンプルな編成。
ジョアンは珍しく、ギターのチューニングを半音程度下げ、独特の緊張感を生み出している。
最後のトラックでは当時の妻ミウシャとの親密なデュエットも。

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