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道楽生活さん

▼80年代にレースマニアから熱い注目を浴びた資生堂TECH-21のCM

資生堂が1980年代に投入した男性用化粧品ブランド。レーシングライダーの平忠彦をメインキャラクターにプロモーション活動を展開。

1985年から1990年まで鈴鹿8耐やロードレース世界選手権日本グランプリでヤマハワークス・チームのスポンサーを務め、鈴鹿8耐では1987年と1990年に総合優勝を果たした。

ヤマハ発動機は1985年、当時若者たちの間で大ブームとなっていた真夏の耐久レース「鈴鹿8耐」にワークスチーム(=ファクトリーチーム)体制で参戦。

その時にメインスポンサーとなったのが、化粧品メーカーの「資生堂」である。「TECH21」とは同社の男性用整髪料などのブランド(現在は存在しない)。

ヤマハTECH21 チームは、1985年に平忠彦とケニー・ロバーツが組み鈴鹿8耐に参戦。資生堂のテレビコマーシャルに平が起用され、一大ムーブメントを起こした。

1990年に平とエディー・ローソンが悲願の優勝を果たすまで資生堂はヤマハをサポート。TECH21カラーのFZR250やYSR50などのレプリカも発売された。

▼2輪レーサーの平忠彦を起用してのCM・広告は当時としては斬新だった

【懐かしCM 1986 資生堂 TECH21】 youtu.be/mUl0Wi9How8 画面のノイズが実に80年代(笑)当時僕らはこぞってTECH21を買い、アタマをベタベタにしていたのであった。ああもう死ぬほど懐かしい。また売ればいいのにTECH21。復刻したら絶対買う

85年当時、2輪レースのスポンサーといえばタバコメーカーだったところ突如としてその鮮烈なカラーとともに現れたのが資生堂TECH21。鈴鹿の夏といえばこの色というほど話題をさらったが、最初この色のマシンとツナギを見たケニーは「こんな女々しい色のバイクに乗れるかっ!」と吐き捨てたとか pic.twitter.com/OWQSKaIQQm

ケニー、時を越えて。1985年、GP500を引退していたケニーロバーツは平選手と組み鈴鹿の8耐に参戦。予選ポールを獲得したがスタート失敗、ほぼ最後尾から追い上げトップに立ち残り30分、勝利は確実と思われた時にエンジンストップ。あの伝説から30余年、今年の鈴鹿でいま再びあのブルーが pic.twitter.com/UpE8nV1lts

▼「TECH21・ヤマハ」は当時のレースマニアに強いインパクトを残した

若者に大きな影響を与えた「TECH21」は1985年から毎年、ヤマハワークスチームのスポンサーを続け、「TECH21・ヤマハ」は鈴鹿8耐の主役級チームとして今も多くのファンの心に刻み込まれている。

▼2019年 突如としてあのTECH-21が鈴鹿8耐に復活してしまう

オートバイレースの「コカ・コーラ鈴鹿8時間耐久ロードレース」(鈴鹿8耐=7月28日決勝)を4連覇中のヤマハ発動機が5月22日(水)、東京都内で今年の体制発表会を実施した。

今年もエースライダーを務める中須賀克行(なかすが・かつゆき)らによってアンベールされたマシンにはなんと、往年の「TECH21(テック・ツー・ワン)」のカラーリングが施されていた。

▼なぜ今年TECH21カラーでの参戦となったのか?

「’80年代の一番熱かった時代のレースファンにまたサーキットに来てもらいたいと、今年のチームカラーに、1985年のヤマハTECH21カラーを復刻して参戦します」と堀越慶太郎MS統括部MS戦略部部長がアナウンス。

今年は「令和元年」。ローマ字表記すると「R1」となり、ヤマハYZF-R1にとって絶好のプロモーション機会でもある。

またYZF-R1の誕生から21周年ということもあり、ヤマハのエースナンバー「21」に徹底的にこだわった答えが復刻カラーでの参戦なのだ。

ヤマハワークスの原点に戻り、新時代のスタートを切ろうというヤマハの意思の表れでもある。

YZF-R1にとっても21周年に、ゼッケン21をつけ、TECH21カラーで臨むYAMAHA FACTORY RACING TEAMは、中須賀を中心にアレックス・ローズ、マイケル・ファン・デル・マークというワールドスーパーバイクを戦う2人というトリオで5連覇を、そしてYART Yamaha Official EWC Teamは、ブロック・パークス、マービン・フリッツ、ニッコロ・カネパで表彰台を狙う。

▼資生堂はヤマハの熱意に対し、その使用許可を出した

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