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この記事は私がまとめました

この記事は、本当にゾッとした怖い話をまとめてあります。

rrreiruさん

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1.白い頭

友人から聞いた話

8年くらい前、友人が大学に入り、一人暮らしを始めて間もなかった頃。
当時住んでいたところは、築3年の綺麗なアパートで、周辺の土地にも特に曰くなどはなかった。

友人が帰宅し、いつもどおり風呂に入っていると、
風呂場の窓の向こうを白いものが行ったり来たりするのが見えた。
すりガラスなのでぼんやりとしか見えなかったが、大きさはバスケットボールより少し大きいくらい。
ガスメーターがそばにあったので、ヘルメットを被ったガス会社の
職員だろうと思って特に気に留めていなかった。

それから、周に1回ほどのペースで、その白い頭を目にするようになった。
ガスメーターの点検にしては頻繁すぎるし、夜遊びやバイトから帰って
深夜や早朝に風呂に入っているときも現れるので、さすがに不審に思った友人は
次に現れたら、窓を開けて姿を確認しようと考えた。

ある日、バイトから帰って風呂に入っているとき、その白い頭は現れた。
友人はすぐさま、浴室の小窓を開けて外を確認した。
しかし、浴室の小窓では見れる範囲が限られており、姿を確認することはできなかった。

モヤモヤした気持ちのまま小窓を閉めた瞬間、スっと小窓の横から白い頭が現れた。
今度は完全にこちらに顔を向けた状態で。
それはヘルメットを身に付けたガス会社の職員ではなく
和装の婚礼装束の被り物を身に付けた真っ白な顔の女性だった。

すりガラスなので目鼻立ちまでは確認できなかったが
口だけは真っ赤な口紅で確認できた。
口が異様に大きく、ニターと笑っていて口の中は真っ黒だった。

友人は恐怖のあまり、風呂場を飛び出して適当な服をひっつかんで着ると
濡れた体のまま近くのコンビニに駆け込んで朝まで過ごしたそうな。
その後親に頼み込んで引越しさせてもらい、転居の日までは
友達の家を転々としながら過ごしていたらしい。
今のところそれ以来何も起こってないそうだ。

2.鬼の子孫

洒落怖と言うか、個人的に興味深い話をひとつ
日本には、鬼の子孫を名乗る人々がいるという話

奈良県吉野郡天川村に存在する『天川弁財天社』、
通称「天河神社」の宮司を務める家計は鬼の子孫だという
しかもこの鬼というのはそこらの鬼ではなく、
修験道の開祖である役行者が使役した前鬼・後鬼であろうそうだ

この神社の開祖は役行者その人であり、
その役行者が使役していた夫婦の鬼・前鬼後鬼の子孫が代々の守り人を任されている
現在こそ柿板氏が宮司となっているが、明治以前は井頭氏という一族も宮司を務めており、
やはり鬼の子孫だという

この神社の面白いところは、節分行事として
「鬼の宿」という行事が毎年2月3日に行われていることである
この行事では、通常のように「鬼は外、福は内」という掛け声は用いず、
「鬼は内、福は内」という掛け声を用いる
「鬼は内」という掛け声を用いる節分行事は鬼子母神なんかを祀る神社には結構見受けられるが、
鬼の子孫による鬼を迎え入れるための節分行事はここ天河神社をおいて他に例を見ない

ちなみに、節分で追い出された鬼をかくまっている地域なら結構ある
群馬県藤岡市や、茨城県つくば市鬼ケ窪がそうである

3.レッカーの仕事

私は運送の仕事をしていまして、主に牽引の仕事を回されます。

交代制で日勤と夜勤を月毎にやるのですが、夜勤の時は大体仕事が決まります。

故障、もしくは事故で自走出来ない車のレッカーですね。

うちの社長は警察にコネがあるのか知りませんが、結構な頻度で警察がらみのレッカー要請が来ます。

日勤は警察以外の仕事や路駐、故障がメインですが、夜勤は大抵事故車両です。



さて、つい先日ですが、かなりの事故で自走出来ない車のレッカー要請がありました。

内容を話すと身バレしそうなので詳しくは話せませんが、まあ死亡事故です。

フロントは見事にペチャンコ。シートは血だらけ。見た瞬間に『うへぇぇ』という感じでした。

しかも運ぶよう指示された場所が意外で、死体検案所の裏の倉庫でした…。普通は鑑識の倉庫かスクラップ場なのですが。

変に思ったので確認したら、担当のお巡りさんが「下半身が千切れていて、ここじゃ撮れないから」と。

『帰っていいですか?』という感じでしたが、仕事ですから仕方が無い。

ところが、これがあまりに酷い潰れ方なので、クレーンが掛かる場所が無いんですよ。

変な所に掛けると、掛けた所が折れたりパーツが外れて途中で落としたりします。

それで少し持ち上げて探したら助手席の下に穴が空いていたので、割れたフロントガラスからワイヤーを通してガッチリ固定しました。

後ろは無事そうだったので、地面に付けたまま自走させることにしました。

下のアスファルト、血の海でしたよ。

作業中にその千切れた下半身が見えなかったのが幸いでしたね。



そんなこんなで出発したのですが、走り出して10分くらい経った頃でしょうか。

何か後ろが騒がしいんですよ。

騒がしいと言っても声がするなどではなく、何かが暴れている感じです。

車も揺れて振動が伝わって来るんですよね。

とても嫌な予感はしましたが、一応次の信号待ちで確認しようと思い、信号が赤になった瞬間に降りてみました(緊急に停車させる時は会社に連絡して許可を取らないといけないので面倒だから)。

周りを見ても特に異常無し…と思った時、ドンドンというかゴンゴンというか、事故車の中から音がしました。

『何かパーツが外れたかな?』と思い覗いたのですが、よく分かりません。

それで下に頭を突っ込んで見たら、千切れた下半身の足がバタバタ動いていました。

びっくりして頭をぶつけるし、青になって後続車両にクラクションを鳴らされるし、もうパニックですよ。

取り敢えず震えながらも運転席に戻り走り出したものの、相変わらずゴンゴン音が聞こえてきます。

『死後硬直?』とも思いましたが、いくら何でもあんなにバタバタ動かないでしょう。

走ったり泳いだりしているような動きですよ。痛くてもがいているのか…。

指定された倉庫に着く頃には音は止みましたが、幻覚や夢ではないのは確かです。

出て来た解体業者や鑑識の人に引き渡して書類にサインを貰う時、サインしてくれた鑑識の人にさっきのことを話してみたら、

「偶にある。あまり気にしない方がいいよ」

とサラッと言われました。



レッカーの仕事では他にも幾つかこのような怖い話を体験しています。

あまり恐くはないかもしれませんが、本人的には洒落怖な出来事でした。

4.テンジンキ

そもそも『天神逆霊橋』というのは、神奈川の話ではない。

詳しい地名は失念してしまったが、東北の方のある村の話だった。

その村では悪さをする子供に「天神様の橋を渡らせるよ」と言って嗜めるのだ。

天神様の橋というのは、その村からそう遠く離れていない山中にある吊り橋で、その橋を渡ることは禁忌とされていた。

ただ、一年に一回だけその橋を渡る日があった。『逆霊祭り』の日である。

逆霊祭りとは我々が良く知るお盆のようなもので、死者の霊が帰って来る日を祝うといった趣旨のものである。

そして逆霊祭りには、死者の霊を労うという名目で『イケニエ』の儀式も行われていたのだ。

8歳から12歳くらいの子供がイケニエとして選ばれる。

選ばれた子供は、村の年長者に連れられ橋を渡って行く。

そして、神社に置いて行かれるのだ。

翌日には棺桶のようなものに入れられたイケニエが村に連れられて帰って来る。

イケニエは村に帰って来ると、棺を開けられることもなくそのまま埋められる。



ある年の祭りの夜、一人の男が天神橋を密かに渡った。

男はその前の年の祭りで自分の息子を亡くしているのだ。

彼の息子はイケニエに選ばれたのである。

男は自分の息子に何があったのか知りたかった。それで村では禁忌とされている橋を渡ったのだ。

橋を渡り切り、獣道のような道なき道を小一時間ほど進んで行くと、伝えられている通り神社があった。

境内には灯篭があり火が灯っていたので、薄暗いが境内の様子は見る事ができた。

境内には誰も居なかった。

男は社の方に向かおうとした。イケニエはそこに居ると思ったのだ。

しかし聞こえてきた足音に、男は近くの木の陰に身を隠さざるを得なかった。

足音は社の裏手から聞こえてきた。社の裏は深い森である。

村の者は勿論、この社の向こうには誰も住んでいるはずがない。しかし足音の主は姿を現した。

社の裏から正面に回って来たのは、ボロボロの服を着た数名の人間だった。10人は居ただろうか。

男も居れば女も居る。若者も年寄りも居る。ただ、子供の姿は無かった。

彼らは社の前で一度集まった。全員居るか確認しているようだった。

やがて一列になって社の中に入って行った。

程なくして、子供の泣き叫ぶ声、争う物音、そして聞いたこともないような声が聞こえてくる。

男は社に向かい中を覗いた。

中ではイケニエの少年を先程の連中の内の数人がが取り押さえ、他の連中が少年の上に馬乗りになって何かをしている様子が見て取れた。

先程まで泣き叫んでいた少年は既に声も出さず、抵抗もしなくなっていた。

遠くで村からの祭囃子が聞こえた。それ以外は実に静かなものだった。

社の中からは「ガブリ」「クチュクチュ」というような音だけが響いていた。

男は何が行われているのか理解した。この連中は少年を生きたまま喰っているのだ。

何故この村で、この連中に少年をイケニエとして差し出していたのか、それは男には分からない。

彼らはこの山に住む民なのだろうか。それとも人の姿をした魔性のものなのか。

その晩、男は震えながら木の影に居た。



明け方、彼らが帰って行くのを見届け、充分に時間が経ってから男は社へ向かった。

中には変わり果てて殆ど骨だけになった少年の姿と、大量の血痕だけが残されていた。

この話は、俺の親父が会社の同僚から聞いた話だ。その同僚というのがこの話の主人公。

男はその後この村を離れ、神奈川に移り住んだのだ。



そして、この話の後日談も存在する。

男が神奈川に来たのは、30年ほど前のことだった。

そして、その年。神奈川県で子供の行方不明が頻繁にあったという。

これは当時の新聞などでも判るが、事実である。

児童失踪事件の多くは迷宮入りした。

実は中には死体で見つかったものもあったそうだが、その死体の惨たらしさから報道はされなかった。

見つかった死体はイケニエ同様、生きているまま喰われたようだった。歯形が体中に付いていたという。

警察は親父の同僚にも話を聞きに来たらしい。

彼は「俺はやつらに見つかったんだ。やつらは俺を追って神奈川まで来たんだ」と語ったらしい。

これが俺の知っているテンジンキの話。

5.盆栽

うちの近所に古い家がありまして、老夫婦が住んでいました。

お婆さんは去年までご存命でしたが、
お爺さんは15年ほど前、僕が小学校を卒業する前に亡くなりました。

偏屈のカミナリ親父として有名な人で、
すぐ目の前の空き地で野球やサッカーをしてボールが敷地に入ってしまったときなんて、
ほんとに漫画のように「コラー!」って良く思い切り怒号が飛んできたりしました。

僕が4年生くらいのことだったと思います。

賞を貰ったとかでお爺さんがとても大切にしていた盆栽を
サッカーボールで木っ端微塵にしてしまったことがあります。

お爺さんはあまりのショックで
怒鳴るどころか寝込んでしまい、
さすがの両親も驚いて菓子折りを持って謝りに行きました。
僕も一緒に謝りに行かさせられたんですが、そのときのお爺さんは
いつものカミナリ親父とはまるで別人のように生気が抜けてしょんぼりしてしまっていて、
僕も子供ながらに罪悪感でいっぱいになってしまいました。

お爺さんはそれからしばらく寝たきりになりました。


僕ら悪ガキたちはその空き地ではボール遊びをしなくなりましたが、
盆栽のことでずっと負い目を感じていて、許してもらえないとすごく気持ちが悪かったので、
何かお爺さんの満足することをして許してもらおうと、自分たちの小遣いを集めて盆栽を買い、
お爺さんにプレゼントすることにしました。

当時の小学生のお小遣いといったらたかが知れていて、
頑張っても結局5人で2万円程度しか集まりませんでした。

でも、盆栽一つなら賞を貰う程でなくてもまぁまぁ良い物を買うことは出来ます。

もちろん僕らには解らない世界ですから、近くの盆栽園でおじさんに選んでもらって購入。

みんなで届けに行きましたが、
お爺さんはまだ起き上がることが出来ず、
代わりにお婆さんに受け取ってもらいました。

お爺さんが受け取ってくれたかどうか心配で、数日後、物陰から庭を覗いてみたら
他の盆栽と一緒に僕らの盆栽も並んでいて、
回復したお爺さんが丁寧にそれに水遣りしているのが見えて、
僕ら全員、ホッと胸を撫で下ろしたものです。

それからしばらく僕ら全員その家には近寄らなかったのですが、6年の夏休みの頃、
お爺さんが肺炎で亡くなったという知らせを受け、
僕らは日を見てから再び庭を覗きに行くことにしました。

今度はきちんとお婆さんに許可をもらって庭を見させてもらいました。

お爺さんが亡くなってすでに二ヶ月ほど経っていましたし、
腰の悪いお婆さんは庭仕事ができない為、盆栽はどれも少し荒れてしまっていました。

僕らのあげた盆栽がどこか少し探して回りましたが、
そのうちに一人が「あ!」と素っ頓狂な声を上げました。

駆け寄ってみると大きな盆栽の影に隠れるように僕らの盆栽が置いてありました。

それを見た僕らはその場で凍りついたように呆然としてしまいました。

そのときのショックは今でも忘れることが出来ません。

盆栽の幹に僕ら全員の苗字が乱雑に彫られ、数十本の釘が深々と打ち込まれていたのです。

6.消えた車

この前あった不思議な出来事です

その日は1人で残業をし、結局会社を後にしたのは深夜2時くらいでした。

期日が迫っていたので、ここ10日ほど毎日こんな感じでした。

ようやく一段落したので会社の戸締りをし、車に乗り込み、
ギアをRに入れて道までバックし、ギアをDに入れそのまま坂道を下っていきました。

そこはかなり急勾配な坂道で距離は800Mほどあります。

田舎なので道には街頭もなく真っ暗、もちろんそんな時間なので、対向車も来ませんでした。

ちなみに家は真っ暗な山道を3キロほど走り、市街地を少し走ったところにあります。

音楽を聴きながら70キロほどで走っていると、あることに気付きました。
ハンドルがロックされていてまったく動かない。

それに気付いた瞬間、慌ててブレーキを踏みましたがそれも全くききません。

焦ってどうしようかとパニック状態になりましたが、とにかく車を止めなければと思い、
エンジンブレーキを使おうとギアをセカンドに入れ、速度を落とし、
サイドブレーキを引いて100Mほど進み、ようやく平坦な道で止まりました。

会社からはちょうど1キロくらい走った所だったと思います。

何が起こったのか

冷静に判断するまで時間がかかりましたが、ようやく事態を把握し、
まずエンジンがかかるかどうか確かめました。

しかし何度やってもかかりません。

ボンネットのカバーを上げて、確認してみたけど、素人なのでどこが悪いのかも分からず、
結局JAFを呼ぶしかないかな、と思い携帯電話を取り出しましたが、山に囲まれているため圏外になっていました。

まわりは民家もないところなので会社まで歩いて戻り、そこで電話をかけるしかないな、
と判断し、車のロックし、会社まで歩いて戻りました。

街灯もひと気も全くないところなので、かなり怖かったのですが、
なんとか15分ほどで会社まで戻ることができました。

さっそく鍵をさして会社に入り、電気をつけてJAFに連絡しました。

向こうには「会社から1キロ下った道にセダンが停まってます。
足がないのでとにかく会社まで来てください、」と伝えました。

1時間後、ようやくJAFのトラックが会社に到着しました。

会社の戸締りをして、トラックに駆け寄って、ロードサービスの人に話しかけました。

するとその人は不思議そうな顔をして

「ここに来る途中、確認したけどさ、おにーさんが言っていた車なんて停まってなかったよ・・・」

と言いました。

「え?なんで?何を言ってるの?」と思いました。

あの車は10年前くらいの中古車だし、
通勤用なので貴重品なんて積んでなかったから誰も盗ることはないだろうと思っていたからです。

それに山地で人の少ないところなので尚更です。

とにかく現場に行って確認するしかないと思い、その人と一緒に坂道を1キロ下りました。

50メートルくらい手前まで来て目を凝らすように前を見ていましたが、自分が停めていたところに車はありません。

現場についてもあちこち見回りましたが、結局発見できず、仕方なくJAFの人に家まで送ってもらいました。

家に帰っても、あたまがぼんやりしていたのと、疲れがたまっていたのもあって、
そのままソファーで倒れこむように寝てしまいました。

4時間くらい寝ていたのでしょうか、母が起こしてくれました。

朝食を食べながら、昨夜の出来事を母に話すと

「あんた、何言ってるの?昨日は車を車検に出すから、私が会社まで送って行ったじゃない。寝ぼけてるの?」

と言いました。

ガレージを見てみると、車検から帰ってきた僕の車がありました。

エンジンもかかるし、ハンドルもブレーキもきちんとききました。

疲れていたのかもしれませんが、確かにあの時、会社から車であの坂道を下りました。

今でもあの出来事はなんだったのだろう?とずっと不思議に思います。

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