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1975年(昭和50年)2月17日に通商産業大臣指定伝統的工芸品(現・経済産業大臣指定伝統的工芸品)に指定された。伝統工芸士は21名しかいない。

南部鉄器(なんぶてっき)は、岩手県南部鉄器協同組合連合会の加盟業者によって作られている鉄器。74の事業所に730名(推計)の従事者がおり、年間生産額は約92億円。

1975年(昭和50年)2月17日に通商産業大臣指定伝統的工芸品(現・経済産業大臣指定伝統的工芸品)に指定された。伝統工芸士は21名しかいない。

戦後占領期に施行された中小企業等協同組合法に基いて、江戸時代には南部氏・南部藩(盛岡藩)領内だった岩手県盛岡市、花巻市石鳥谷町、および、岩手郡雫石町の鋳物業者が1949年(昭和24年)3月1日、「南部鉄瓶商工業協同組合」(現「南部鉄器協同組合」、岩手県盛岡市)を設立した[2]。また、同法に基いて、江戸時代に伊達氏・仙台藩領内だった胆江地区の鋳物業者が1954年(昭和29年)11月、「水沢鋳物工業協同組合」(岩手県水沢市…現・岩手県奥州市水沢)を設立した[3]。両者により、1959年(昭和34年)に県内統一組織である「岩手県南部鉄器協同組合連合会」が設立された[1]。

旧仙台藩にある「水沢鋳物工業協同組合」は「仙台鉄器」とは呼ばず、旧南部藩(南部地方)の「南部鉄器協同組合」の名称を用いて、両者とも「南部鉄器」と称する。つまり、盛岡市の南部鉄器は南部藩由来の南部鉄器であり、奥州市の南部鉄器は岩手県の南側にあるので南部鉄器と呼んでいるのである。

南部鉄器と総称されているが、水沢の南部鉄器と、盛岡の南部鉄器の歴史は異なる

概要

岩手県を代表する特産品として人気のある南部鉄器は、江戸時代南部藩のもとで、茶の湯釜、鉄びんを中心に盛岡で発達したものと、伊達藩領であった旧水沢市に早くから根づいた日用品鋳物を中心として発達した、この二つの産地から形成されております。
このような関係から、昭和34年、南部鉄器協同組合(昭和24年設立)と水沢鋳物工業協同組合(昭和29年設立)が全県的な組織のもとに、共同の利益の保護増進並びに業界の振興発展を図ることを目的に連合会が設立されたのです。
現在でも昔ながらの伝統的技術・技法を受け継いで、茶の湯釜や鉄びんなどを一つ一つ手づくりで作っております。また南部鉄器は昭和50年、国の伝統的工芸品として第一次で指定されております。

17世紀中頃南部藩の盛岡で京都から釜師を招いて茶の湯釜をつくらせたのが始まりです。
伊達藩の水沢では古くから日用品鋳物の生産が盛んです。今日でも焼型、乾燥型の鋳型作り、紋様押し、肌打ち、漆仕上げ等の伝統的技法により生産されています。
「質実剛健・丈夫で長持ち」これが南部鉄器のイメージですが、描かれた様々な絵柄紋様は作り人の心の機微や温もりが肌で感じさせてくれます。


昔ながらの伝統技法を守りながらの茶の湯釜・鉄瓶製作に加え、現代の生活様式にも幅広く受け入れられるようなデザインの新商品開発や、海外向けの製品の開発・海外見本市への出展などにも取り組んでいます。

歴史

南部鉄器は、17世紀中頃、南部藩主が京都から盛岡に釜師を招き、茶の湯釜をつくらせたのが始まりといわれます。以来、良質な原材料に恵まれたことや、藩が保護育成に努め各地より多くの鋳物師、釜師を召抱えたことで発展を続け、その製造品も茶釜から日用品にいたるまで広い用途に応じていました。有名な南部鉄瓶は、18世紀になって茶釜を小ぶりにして改良したのが始まりで、一般の人にも手軽に用られるようになりました。

南部鉄器はその優れた品質により多くの人に親しまれ、日本の代表的伝統工芸品として揺るぎない地位とブランドを築いてきました。その逸品の数々は日本的伝統美のひとつの到達として近年さらに評価を高めています。

製法

鉄瓶をつくるには、まず鉄瓶のデザインを考えることから始まり、次の説明のように実に数多くの工程を経て、最後に鉉を取り付けて完成するのです。

作図と木型について
 作図に基づいて木型を作ります。
鋳型のできるまで
 木型を手で回しながら鋳型を作っていきます。
紋様をつけ肌打ちをする
 鋳型の内側に紋様を押したり鋳型の肌に肌打ちをします。
中子づくり
 砂に埴汁を加えたものを、中子型に入れて作ります。
型の組み立て
 鋳型に手で中子をはめ込み鋳型を組み立てます。
原料の鉄の溶解と鋳込み
 鉄を溶解炉で溶解し、その溶解された鉄を鋳型に注ぎ込みます。
型出し
 鋳型を外して、中の製品を取り出します。
金気止め
 錆び防止のために、木炭炉の中で製品を焼きます。
研磨と着色
 外面の酸化被膜を、針金ブラシ等でこすり、くご刷毛で、漆やおはぐろを塗ります。
つるの取り付け
 鉄びん本体へつるを取り付けます。

技術・技法

鋳型造りは、次の技術又は技法によること。
砂型であること。
溶湯と接する部分の鋳物砂には、「真土」を用いること。
鋳型の造型は、「挽き型」又は「込め型」によること。
「挽き型」による場合には、鋳型の表面に「紋様押し」又は「肌打ち」をすること。
鋳型の焼成又は乾燥(「肌焼き」を含む。)をすること。

鋳物の表面は、漆及び鉄しょうを用いて着色をすること。

料理用具として用いられるものにあっては、「金気止め」をすること。

原材料

鋳物の素材は、砂鉄又は鋳物用銑鉄とすること。
着色剤に用いる漆は、天然漆とすること。

利用法・手入れ法

①鉄瓶・茶の湯釜
慣らし期間
●鉄瓶を上手に使用するには、内部の皮膜を損傷しないことと、湯あかを早くつけることです。約10日~2週間で白く付着してきます。
●慣らし期間は約2週間です。この間は毎日お使いください。
使い始めと使い方
●最初に1、2回すすいで、煎茶を湯呑茶碗一杯分布に包みお湯といっしょに20分位煮込むか、米のとぎ汁を製品に入れ煮込んでください。この作業を2、3回繰り返すとさらに効果があります。これは金気止めと内部の金漆の臭いをとる効果ががあります。(煮立てる間はフタをはずしてください。)
●内部はタワシや布巾等でこすらないでください。外部は乾いた布巾で拭いてください。磨き粉等は使わないことです。
●使い終わったら、内部を乾燥させます。余熱利用、または弱火で1分程温めます。
●慣らし期間中はくれぐれも、内部に水をいれたままにしないでください。

●内部は使い始めて5日目頃赤く錆びたような斑点が現れ、10日目頃白く湯あかが付き始めます。それ以降は湯あかが徐々に表面を覆って水は美味しくなり、内部が赤くても水は透明を保つようになります。錆びと思って拭いたり、洗ったり、こすったりしてとらないでください。
●表面の黒味をお望みの方は、毎朝温湯で全体を洗ったあと水を入れ火にかけ製品が熱くなりましたら茶の湯を浸した布で表面を拭くようにしてください。

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