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歴代フランス国王一覧 カペー朝 編

フランス王国はカペー家から始まりました。987年~1328年まで341年間続いた、カペー朝治世の歴代フランス王を紹介。

更新日: 2019年08月03日

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偉人たちの素顔~世界史コラム – 歴史のはざまで活躍した、波乱万丈な人々の面白エピソードを紹介。の管理人です。https://history.ashrose.net/

cobaltblueさん

フランス王国はカペー家から始まりました。987年~1328年まで341年間続いた、カペー朝治世の歴代フランス王を紹介。

初代 ユーグ・カペー  987~996年

フランク王国のカロリング朝ルイ五世が崩御。後継ぎがなかったため、諸侯会議選挙で選出されたのが初代フランス国王ユーグカペー。
しかし本音は「父さん(大ユーグ伯)に立候補しろと命じられたら、王様になってしまった。僧侶としてずっと生きていたかったのに……」
ちなみにカペーは当初、あだ名だった。合羽の意味で、ユーグがいつも黒い合羽のような僧服姿だったことが由来。

二代目 ロベール二世  996~1031年

教養と信仰心が厚いロベール2世は期待されるも、女好きが仇となって不倫、離婚。離婚は禁じられているため教会から破門されてしまう。なんとか許され、再婚するが男子が生まれず、また離婚、再婚。
その甲斐あってか、後継ぎの男子が生まれたのが最大の功績。

三代目 アンリ一世  1031~1060年

四代目 フィリップ一世  1060~1108年

有能だったが、祖父同様、女性問題でフランス国が危うくなるほどだった。中世フランスは王より教皇がはるかに権力が強かった。
なんとか教会に許しを得て、離婚そして再婚したが、次世代に禍根を残す羽目に。

五代目 ルイ六世  1108~1137年

継母にいじめられ、一時、亡命したほど。息子フィリップを王にしようとする継母と争いつつ、父フィリップ一世が崩御するとすぐに、戴冠したことで勝利した。
フランス王家の家臣団を作って内政に力を注ぎ、フランスをまとめたのが大きな功績。

六代目 ルイ七世  1137~1180年

女領主アキテーヌ公女アリエノールと結婚するが、10年後に性格の不一致で離婚(正確には婚姻の無効取消)した。が、その2ヶ月後、アンジュー伯アンリ・ド・プランタジュネと電撃の恋愛結婚。そのおかげでアンジュー伯は広大な領土を手に入れるが、フランス王は領土を失ってしまう……。
それでもめげず、三度目の結婚で後継ぎの男子をもうけた。

七代目 フィリップ二世  1180~1223年

尊厳王と呼ばれたカペー朝屈指の名君。反抗的だった諸侯を戦争で屈服させ、父の仇であるプランタジュネ家の老アンリを裏切った。プランタジュネ家の息子たち(イングランド王リチャードとジョン)の仲違いを利用して、フランス領土を拡大した。征服王とも呼ばれる。
が、そんな王の弱点は王妃インゲボルグ。初夜から全くうまくいかず、離縁しようとするも教皇庁と揉めてしまい、結局、形だけの結婚で落ち着いた。その代わり、別の若い姫君を内縁の妻として、その息子を後継ぎにした。

八代目 ルイ八世  1223~1226年

獅子王と呼ばれたほど勇猛果敢だったが、戦争のさなか、赤痢に感染して崩御。わずか3年の在位だった。

九代目 ルイ九世  1226~1270年

聖王と呼ばれた敬虔で高潔な名君。のちに聖人となる。
祖父王フィリップ2世に恨みを抱いた家臣らの奸計で、少年王時代、誘拐されそうになった。摂政の賢母のおかげで無事、成人したが、王妃である妻と母の折り合いが悪く、距離を置くため夫妻で6年間も海外旅行をしたほど。
十字軍遠征で、戦争の愚かさに打ちのめされたルイ9世は、フランスに帰国すると戦争ではなく、交渉で争いを解決した。フランスだけでなく、他国の揉め事を血を流さず仲介し、平和に導いた功績で聖王と呼ばれるようになる。

十代目 フィリップ三世  1270~1285年

父ルイ9世が偉大すぎたため、そのプレッシャーゆえかとても優柔不断な王だった。家臣の言いなりになってしまい、したくもない戦争で戦死してしまう。

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