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テレビもスマホもない時代~江戸時代に情報を伝えたものは!?

現代人が1日に受け取る情報は江戸時代の人の1年分にあたる、と書いてあるのを読んで江戸時代の情報事情を調べてみました。電気のない時代の情報伝達はスピードは遅いかもしれませんが、それに関わる人たちの労力はすごかったんだなぁと思いました。

更新日: 2019年08月12日

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この記事は私がまとめました

スマホやパソコンの普及により私たちの受け取る情報量は飛躍的に増えた

私たちの脳のつくりは20万年前からほとんど変わっていないのに、パソコンやスマホが普及したことにより、受け取る情報の量は飛躍的に多くなりました。

現代人が1日に受け取る情報量は江戸時代の1年分と言われている

出典は不明だがなんとなくわかる話である。

一説によると、現代人が1日に受け取る情報量は江戸時代の1年分。1980年代に比べても5倍になっているそうです。

1日に触れる情報量は江戸時代の1年分‼︎ すごいレベルの世界で生きてるやん!

ではその江戸時代の情報事情はどうだったのだろうか?

◎幕府や大名が利用していたのが飛脚(ひきゃく)

江戸幕府・大名・商人のみが利用していた当時の通信手段の一つが継飛脚。

江戸時代えどじだいには飛脚ひきゃくと呼よばれる情報じょうほうの配達屋はいたつやさんがいて、東京から大阪おおさかまでの長いきょりも走って配達はいたつしていたんだ。

飛脚はリレー方式、東京〜京都間を3〜4日で伝達した

江戸から京都までは約492km、普通に歩くと2週間ほどかかるが継飛脚だとわずか3~4日で移動したそうです。

このリレー方式の飛脚の速度は意外と速く、江戸~京都までをなんと3~4日程で物を届けていました。

わが国でも鎌倉時代より飛脚制度が現れ始め、江戸時代には江戸、京都を早ければ3日で書状を届けたそうです。

飛脚ってずっと走るんやと思ってたけどリレー式なんやな

日本各地の災害情報なども飛脚によって伝えられた

徳川時代の中期以降は、飛脚屋が公式の災害通信を扱うようになり、大地震や大火事が起きたときにはめざましい活躍をみせています。

ペリーの黒船来航ニュースも飛脚によって翌週には関西圏で知られていたという

江戸で大変なことになってるぞ~とかそんな感じでしょうか。

自動車も電車もなかった江戸時代ですが、飛脚によって江戸と大阪間は最短で3日半で情報が伝達されたそうです。
ちなみに、ペリーの黒船来航も「翌週には関西圏まで噂が届いていた」といわれています。

◎庶民にニュースを伝えたのは瓦版(かわらばん)

現存する最古のかわら版、1615(慶長20/元和元)年発行の「大坂安部之合戦図」。
大阪夏の陣の様子を伝えている。

テレビもケータイもなかった江戸時代、庶民はニュースに飢えていました。そこで発達したのがかわら版。

インターネットがなかった江戸時代、江戸の庶民は「かわら版」を読んで世の中の動きをキャッチしていました。

かわら版は時事性、速報性の高い庶民の関心事などを報じた

瓦版(かわらばん)は、江戸時代の日本で普及していた、時事性・速報性の高いニュースを扱った印刷物をいう。
天変地異、大火、心中などに代表される、庶民の関心事を盛んに報じた。

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