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どうして、戦争ってはじまってしまうんだろ…

戦争で儲けようと策略している人たちの「扇動の罠」にはまらないようにすることが大切です。

更新日: 2019年08月24日

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戦争で儲けようと策略している人たちの「扇動の罠」にはまらないようにすることが大切です。

m.satoakiさん

戦争をする人は、世界の1%にも満たない。そして、残りの99%の人は、本当の平和を望んでいるはず。それにもかかわらず、いつまで経っても世界が平和にならないのは、なぜなのか。

その理由の一つは、戦争をしている1%が”本気で”戦っているにもかかわらず、平和を望む99%の人たちの繋がりが弱く、そして僕たちがそこまで本気で平和を追い求めていないからだ。

第一次世界大戦のはじまり

1914年から1918年まで続いた第一次世界大戦は、ドイツ・オーストラリアを中心とした同盟国とイギリス・ロシア・フランスの三国協商の対立を背景に起こった、まさに総力戦ともいえる人類史上初の世界大戦です。

・原因
19世紀になると、ヨーロッパ諸国では産業が発達したことで生産過剰状態が続き、生産品が自国の中では売り切れなくなるのです。

そこで、各国市場を増やすべく、植民地支配に力を入れ出します。多くの国がヨーロッパの列強国の植民地などにされ、特にアフリカや東南アジアはメインターゲット

植民地確保は多くの紛争を生み、さまざまな対立が生まれました。

直接的な原因となったサラエボ事件。オーストリアのハンガリー帝国の皇太子夫妻が反オーストリア運動結社「黒い手」の1人であったセルビア人によって暗殺される

オーストリアはセルビアに対して宣戦布告をし、対してセルビアの後ろ盾であったロシアが総動員令を出しました。一方で、待っていましたとばかりにドイツはシュリ―フェン・プランを始動し、対してイギリスはドイツに宣戦布告

サラエボ事件によって、ヨーロッパ戦争がはじまり、世界規模の戦争へと発展

第二次世界大戦のはじまり

第二次世界大戦は世界60カ国を巻き込み、5000万人以上の戦死者を出した。わずか20年で世界は再び戦火を交えることになった。

 第二次世界大戦が始まるきっかけは、1920年代に起きたニューヨーク株式市場の株価の変動にあった。この大恐慌のニュースが、第一次世界大戦後の世界を支配していた新たな世界秩序を次々に崩壊させていった。

 世界秩序とは、ヨーロッパではブェルサイユー体制、アジア・太平洋地域ではワシントン体制が、国際関係の基軸になっていたことであった。これら体制が崩壊することにより、第二次世界大戦が始まった。

【ヴェルサイユー体制】
 1919年、第一次世界大戦後の処理をめぐって、フランスのパリで講和会議が開催された。戦勝国による、「ヴェルサイユ体制」と呼ばれる新しい国際秩序の誕生であった。

 敗戦国のドイツに対して、植民地の放棄・軍備制限・多額な賠償金の支払いなど、過酷な条件を課した。

【ワシントン体制】
 1921年から1922年まで、アメリカ主導によるワシントン会議が開かれた。これによって成立したのが、「ワシントン体制」という東アジア・太平洋の国際秩序であった。

当時の背景

1929年10月、ニューヨーク株式市場で株価の大暴落をきっかけに、アメリカ国内では破産や倒産が続出します。

アメリカの大恐慌は、ほかの国々の経済にも波及し、世界恐慌が始まりました。

ヴェルサイユ体制によって、多額な賠償金の支払いに苦しんだドイツは、経済復興をアメリカに依存していましたが、世界恐慌が起こったため、失業者が急増し社会不安が高まりました。

そこに現れたのが、ヒトラーの率いる政党、ナチスでした。
ナチスは、この社会不安は共産主義者やユダヤ人などの陰謀であるとうったえ、共通の敵をつくりあげ、徐々に大衆の支持を得ていきました。

イタリアでもムッソリーニが結成したファシスト党が、一党独裁政権を確立していました。

ヒトラーやムッソリーニの政治体制や思想は「ファシズム」と呼ばれます。ドイツ・イタリアでは、国家主義を掲げ、市民的自由や人権を無視するファシズムが台頭しました。

1939年8月23日、ヒトラーは9月1日にポーランドに侵攻しました。これに対し、9月3日に英仏両国はドイツに宣戦し、第二次世界大戦が始まります。

イタリアは、ドイツの優勢を見て英仏に宣戦しました。

ユーゴスラビア紛争

『ユーゴスラビア内戦とは、多民族を統合した人工国家であるユーゴスラビアが分裂するにあたって起きた凄惨な内戦』です。

 ユーゴスラビアは当初はセルビア人、クロアチア人、スロヴェニア人の連合王国として第一次世界大戦後に成立しました。

第二次世界大戦中にはナチスドイツの占領下に入って消滅していましたが、戦後復活し、このときに台頭したティトーが1980年までの長きにわたってこの国の指導者となります。

いわば、ティトーというカリスマがいたからこそ統合されていた国なのでした。

社会主義国であるが、勢力的にはソ連圏に属さず、非同盟主義をとった。

 ユーゴスラビアは非同盟主義をとっていたので、国の中で民族どうし、共和国どうしで争いをしていると、ソ連やアメリカに攻撃され、どちらかの陣営に組みこまれてしまう危険性があった。 

そこで、冷戦時代には、ユーゴスラビアの民族・共和国はまとまっていた。 しかし、冷戦時代の緊張感がなくなると、まとまらなくても大丈夫だ、今まで複数の民族で一つの国家を作っていたが、同じ民族で集まって国家を作りたいと思うようになった。 

こうして、ユーゴスラビアを形成していた民族が独立に向けて動き始め、各地で民族紛争が起きた。

ユーゴスラビア内戦の最大の特徴は、その凄惨なありさまです。敵対する民族集団に対して、強制移住どころか、大量虐殺、レイプなどが横行しました。

あたかも1つの民族集団を地球上から消し去ってしまおうとするかのように。これを、民族浄化といいます。そのひどさゆえに、当時のセルビア大統領であるミロシェヴィッチをはじめとした多数の指導者が、特別の国際法廷で裁かれることになりました。

 冷戦終了後、世界各地では民族紛争や宗教紛争が多発することになります。ユーゴスラビア内戦はいわばその先駆けでした。民族や宗教が問題となった点でも、凄惨な被害が生じた点でも。

なぜ戦争ははじまってしまうのか、その4つの理由

なぜ、争い事をするのか。これはしたいからする、という性質のものではなく否応なしに、結果的に発生しまう

戦争は、根本的に利害の不一致や意見の相違などによって起こる対立を、暴力で解決しようとする姿勢から生まれる

1.食料や資源に関する土地の奪い合い
人は生きていくために食べ物を確保せねばならず、身の回りに食料が無くなれば当然次の狩場に移動します。そしてその移動した先で、すでにいる民族と狩場を巡り争いが起こる

2.国家や政府に対する不満
国家の体制(独裁政治など)や政策に不満を持つ国民が、反政府運動を起こしたり武装化により直接政権を打倒するために戦う

また、本来独立国家であった国が吸収され、現政権に対して独立を求める運動も争いや揉め事の主要な一因

3.異なる民族や宗教間での対立
宗教絡みの戦争。しかし、実際のところは単純に宗教上の考え方や信仰自体が引き起こす対立は少なく、政権争いや既得権を巡る争いの大義名分として宗教が掲げられる。

4.侵略・覇権主義国家との対立
国家の繁栄のため、他国を侵略し土地を広げることで実現しようとする覇権国家との対立。

こういう意見もあります

現・京都大学総長の山極寿一は、『ゴリラは語る』(講談社)と題する子供向けの著書の中で、戦争の原因として「所有」、「言葉」、「アイデンティティ」、「過剰な愛」の4つを挙げている。

戦争のない平和な世界を築くのは難しい…。

マザー・テレサ氏は「愛の反対は憎しみではなく無関心です」と訴えましたが、戦争を起こさせるのも「無関心」です。社会に関心を持つことが戦争のない世の中を築く第一歩です。

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