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江戸の銭湯文化~自宅で毎日風呂に入ることが当たり前ではなかった時代のこと

私たちは自宅で当たり前のように毎日風呂に入ってますが昔の人はどうだったんだろうと思い調べてみました。日本は雨の多い国ですが水道などのインフラが整備されてない時代は水はやはり貴重品。お風呂って昔は非日常の夢の空間だったようです。

更新日: 2019年08月15日

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現代人の多くが毎日入浴し、体を洗う

「あなたは平均して、週に何回くらいお風呂に入りますか」聞いたところ、「毎日」入る人が77.2%と最も多かった。

この習慣っていつ頃から続いているんだろう?

毎日入浴する習慣が全国的になるのは昭和の高度経済成長期以降だった

毎日入浴する習慣が全国的になっていくのは、家庭内へガスによる瞬間湯沸器や水道水の普及が進んだ高度経済成長期以降のことである。

自宅で風呂に毎日入るようになったのってわりと最近(高度経済成長期)なんだな bathclin.co.jp/happybath/%E5%…

江戸時代までほとんどの人は行水(ぎょうずい)のみだった

桶などに水を入れてそれを太陽熱で温め体を洗うのに使ったという。

江戸時代まではお風呂というのはとても贅沢なものであるとされ、武士であったとしても水をかぶる「行水」が行われていたようです。

昔は、現在の様にお湯を張り湯船につかるような設備があるほど庶民の暮らしは豊かではなかったので、武士や庶民の間では水を節約できる「行水」が一般的に行われました。

江戸時代には庶民が利用する施設として銭湯が登場した

日常的に庶民が利用する施設として銭湯が最も発達したのは、江戸時代(1603~1868年)になってからといわれている。

1591年に伊勢与市によって江戸に初めての銭湯が置かれて以来、急速に江戸市民の生活に溶け込んでいった。

江戸では湯屋(銭湯)が大ブームとなった

1591年(天正19)伊勢与一という男が蒸し風呂スタイルの風呂屋を開いたのが始まりだそうでその後銭湯は江戸で発展。
江戸時代後期には600件もの湯屋が江戸にはあったそうな。

銭湯が急発達し、江戸の町中にいくつもの湯屋ができました。
朝晩2回はいるというほどの風呂好きは珍しくなく、銭湯はいつもはやっていました。

その当時の風呂は蒸し風呂(今でいうサウナ)であった

当時の風呂は混浴で、現代のように湯船に入るものではなく、蒸し風呂です。現代風にいえばミストサウナのようなものです。

少量の水で効果的に風呂に入ろうと思えば、やはり蒸し風呂になります。風呂の原型は、日本の場合はやはり蒸し風呂です。

江戸時代は自宅に風呂がないのが普通。金持ちも貧乏人もみな銭湯に行った。

江戸では武家屋敷とかであってもほとんど個人宅に風呂はなかった。

江戸時代には自宅に風呂のないのが普通でした。
武士や裕福な商人たちですら銭湯通いをしていました。

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