だが、老女は平静だった。
「はい。ですから、わたくしは御山へ登らせて頂くつもりでおりました。
それだのに、ずうっとこの森の廻りを巡るばっかりで、肝心の道がわからない
のです。このおうちの前も、何度通った事か…」
袂から取出した薄手のハンカチを、手の中でくちゃくちゃに押し揉みながら、
彼女は悲しげな顔をする。
「それは貴女が持っておいでの荷物のせいです」
「荷物?わたくしが持っている?」
老女は合点がいかない、と言う顔をしている。俺にも、彼女が身一つでやって
来たように思えたのだが、表に何かおいているのだろうか?
「はい」彼が頷いた。「それは貴女がご自分の心の中に持っておいでのもの。
それを持ったまま、御山に登る事は叶いません。ここへ捨ててお行きなさい」
「わたくしは何も…」はっとして、老女は明らかにうろたえていた。
「いいえ」彼は黒曜石のような瞳を、じっと彼女の顔に据える。
「お持ちです。それを捨て、楽になって御山へお行きなさい」
静かだが、有無を言わさぬ声音だった。

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