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<閲覧注意>身の毛もよだつ本当にあった長編怖い話まとめ(85)

<閲覧注意>身の毛もよだつ本当にあった長編怖い話をまとめました。

更新日: 2019年08月28日

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この記事は私がまとめました

<閲覧注意>身の毛もよだつ本当にあった長編怖い話をまとめました。

kent303さん

金魚の呪い

初めまして、初投稿です。
洒落にならない程怖いかどうか分からないので
ほんのりと怖い話スレに投稿したほうがいいのかもしれないですけど…
小学生の時に体験した、金魚の話です。


何年生の時だったかは明確には忘れてしまいましたが、金魚を飼っていました。
金魚すくいでよく見かける小赤が5匹くらいと、琉金が1匹と、コメットが1匹です。
それから小さな銀色の鯉もいました。

私はその金魚たちの中でも、琉金を特に気に入っていました。
丸い体についた大きな尾びれや胸びれを振って泳ぐ可憐な姿に、
子供ながらにうっとり見とれていたのを憶えています。
その1番のお気に入りの琉金には、シェリーという名前をつけていました。

金魚たちは皆お店で買ってきたもので、知識の無い私は小赤も鯉もコメットも、そしてシェリーも
同じ水槽に入れていました。
本当は琉金などヒレの長い金魚は、動きが鈍くいじめられてしまう可能性があり、
ほかの金魚と一緒の水槽で飼ってはいけないのですが…
同じ水槽のままで3年くらい飼っていたかと思います。

それまでは金魚同士で喧嘩もなく、平和に暮らしていました。
しかしある時、シェリーが病気にかかりました。
長く伸びた美しいヒレをもった金魚や熱帯魚によく発症する、尾ぐされ病です。
症状はその名の通り、ヒレの先端が溶けてバラバラになってしまうのです。
治療すれば治る病気なのですが、気が付いた時には既に遅く、
シェリーの美しかったヒレや尾は仲間達に食いちぎられてもう、残ってはいませんでした。

あの時もっと早く気付いていれば…今も後悔は消えません。
当時私に出来たのは、ヒレを失い泳ぐことが出来ず、
水槽の底でじっとしているシェリーを他の金魚から隔離することだけでした。

別の水槽に移されたシェリーはいくらか回復しました。
無くなったヒレは元には戻りませんでしたが、残ったわずかなヒレで泳ぐ気力は出てきたようでした。
シェリーのために沈むタイプの餌を買い、私が様子を見に行くたびに
小さな小さなヒレで必死におねだりをする様子は、痛々しくもとても愛しく思われました。

狭い別水槽にいつまでも入れておくのは可哀そうに思い、元の水槽内を金網で仕切ってシェリーを戻しました。
異変が起こったのはその後すぐです。

鯉が死にました。鯉は1番丈夫で元気でした。
鯉ヘルペスか?なんて思いましたが、その数日後、コメットが死にました。
数日後小赤が1匹死に、数日置きに1匹ずつ、あれほど元気だった金魚が死んでいきました。
金魚って普通、水面にひっくり返って浮かんで死んでいますよね。
違うんです。底に沈んで、外傷も無く、目に濁りもなく、まるで眠るように死んでいったのです。

最後に1匹残ったのはシェリーでした。
恐らく1番弱く抵抗力の無かったシェリーが1匹だけ残りました。
もしも水槽に病気が広がっていたなら、最も弱っていたシェリーが真っ先に死ぬはずです。
尾ぐされ病でシェリーになんらかの免疫がついていたとしても、なぜ1番丈夫だった鯉が最初に死んだのでしょう?
死んだ金魚たちは皆、死の前日までとても元気でした。傷もおかしな行動もありませんでした。

あれは自分を虐めた仲間達に対する、シェリーの復讐だったのでしょうか。
シェリーはその後数ヶ月生きて、躑躅が咲く頃に旅立っていきました。
精一杯に生きて、そして眠るように死んだシェリーの亡骸は、盛りの躑躅の花といっしょに埋葬しました。
呪いや崇りという言い方はあまりしたくないのですが、そういった物を感じました。
これが私の体験した話です。


オチが無い上に分かりづらい文章で申し訳ありません…
グダグダ長文失礼しました。

ある冬の出来事

今、仕事で滋賀県で働いてるんだけど、一昨年の冬初めて滋賀県に来た時にあった不思議な話。

天気予報で「今週末に初雪が降るでしょう」って放送してて、実際、週末夕方頃から雪が降り出した。
いつも通り23時頃に退社してコンビニに寄って晩飯を買い込んで店を出たところ、いきなり声をかけられた。

  「京都まで乗せてってもらえませんか?」

コンビニの軒先を見ると60代位の品のいいお爺さんがいて、こちらをニコニコと見ている。
ベレー帽にマフラー、ロングコートで小さなセカンドバッグを持った小柄なお爺さんだった。

俺 「近所に住んでるんで、京都にまでは行かないんですよ。」

自分の車が京都ナンバーだったので京都に行くのかと思い声をかけたらしいのだが、
ここから京都へは一時間以上かかる。

爺 「福井県から歩いてきたんだけど、雪がひどくなってきちゃって困ってたんだ・・・。」

自分の前の勤務地が福井県で、福井の人に親切にしてもらってた事もあって不憫に思い、
ここから少し先にある駅までならと思い、車に乗せてあげる事にした。


以下はお爺さんが車の中で俺に語った事。(やや、うろ覚えではあるが・・・)

お爺さんは静岡県清水市の出身で、福井市に住むテキヤの元締めの男にお金を二千万貸している。
そのお金を取り立てに来たのだが、男は住処に居らずお金を回収し損ねた。
その男の家の近くに宿をとって張ってみたが、戻る気配がない。
宿泊でお金を使ってしまって手持ちのお金は無いが、清水市の事務所には二億円ある。、
もう一人、広島に大金を貸している男がいるので、そちらの男からは何としてでも回収したい。
だから、少しでも早く広島方向に移動したい・・・。

俺はお爺さんのそんな話を聞きながら、(ひょっとしてボケ老人かな・・・?)なんて感じてた。
初雪初日とはいえ、福井・滋賀県境は豪雪地帯でお爺さんの履いてる革靴では歩いて来るには無理がある。
しかも、傘を持ってないようだし・・・。
お爺さんの話を話半分で聞きながら、駅に向かった。車内には床屋の様なキツめの加齢臭が漂っていた。

お爺さんを駅で降ろし自分は帰宅したんだが、始発まで時間は長いし、又、ヒッチハイクでもするのかな?
駅で寝泊まりするのかな?なんて不思議に思いながらお爺さんを見送った。


翌日、職場のパートのおばちゃん達に昨日こんな変な事があったよ、なんて話をしたら
おばちゃん連中が一斉に「うわ~、懐かしい!」、「久しぶりに聞いたわ~!」と言われた。
俺は意外な反応にどういう事か尋ねてみた。

おばちゃん連中の中に旦那さんが運送業の人がいて、その人から面白い話が聞けた。

おばちゃんが結婚で滋賀県に来た30年程前に、旦那さんの運送会社で有名な幽霊目撃談があったらしい。
福井と滋賀の県境近くに深夜までやってる食堂があったのだが(今は潰れて廃屋らしい)、そこの駐車場に
広島まで乗せてくれと頼みに来るお爺さんの幽霊が出る、というもので昔は地元で凄い数の目撃談があって
かなり有名な話だったそうな。だが、ここ最近は10年以上目撃談も無く、皆忘れかけていたらしい。

俺は滋賀県に赴任して間もなかったので、いきなりそんな話を俺がした事で、おばちゃん連中は皆一様に驚いていた。
確かに、お爺さんが俺に語った「手持ちのお金が無い」って話も、
何でCDでお金を下ろさないんだ?とか携帯電話で清水市の事務所の人間を呼んで、
お金を持参させるとかしないんだ?って疑問も、30年以上前の時代にそんなもん無かったのかもしれない。

昔は車が止まりやすい県境の食堂に居ついていたのが、時と共に食堂も下火になりお爺さんの
幽霊も活動場所を国道沿いのコンビニに移したんかもね・・・。

俺の車のドアはちょっと特殊で、お爺さんでは上手く開けられないだろうと思って、ドアは俺が開閉してあげたんだけど
もし、俺がそうしなかったら、あのお爺さんの幽霊どうやってドア開けたんかな・・・?
それにしても加齢臭の臭いといい、コートに付いた水滴といい、完全に人間としか思えない外見や雰囲気だったな。

最後の電話

前回(271参照)の話を2ちゃんに載せた話をしたら
親友が
『俺の体験談も載せておいてくれ』
といっていたのでここでお聞かせします。

もう4年くらい経つのかな・・・
当時、親友(以下A)には大学で知り合った○恵ちゃんという
彼女がいました。
私達と2人はよくつるんでいて、どこに行くにもほとんど4人で
1セットという関係でした。
話は4年前のこんな寒い季節の夜でした・・・

その日、Aは深夜までのレンタルビデオ(某ウ○アハウス)のバイトを終え
自宅に戻ったのは夜中の2時頃だったといいます。
週末のせいか、いつも以上に忙しかったので帰宅するとそのまま寝入って
しまったのですが暫くしてから不意に着メロが流れたそうです。
携帯を取ると○恵ちゃんから・・・
『なんだよ こんな時間に』と時間も時間だけに不機嫌そうにAが言うと、
いつもは明るく答えるはずの○恵ちゃんが、その時は明らかに何かが違う様子
だったそうです。
『まだ、起きてたんだ ごめんね』彼女の最初の返事はこれだったのですが、
何か電波状態の悪いところにいるみたいで、時折
『ジー』とか『シャー』とかいう音が語尾に混ざっていたそうです。
『どこにいるんだ?』と親友が尋ねると
『前に言ってあったけど、今日田舎から友達が出てきてるから、みんなで
深夜のドライブ中』と彼女は答えたそうです。

親友は『そういえば、そんな事いっていたなぁ』とその事を思い出したので、
『あんまり、夜遊びしないで帰ってこいよ 電波悪いなぁ 高速からか?』と
眠気もあったので早めに電話を切ろうとしたそうです。
だけど、なぜかその日は彼女がなかなか電話を切ろうとせずに、しまいには
『就職するならここがいい』とか『○○くんは胃が弱いんだから食べ過ぎるな』
とか、どうでもいいことをひたすらしゃべっていたそうです。
親友が
『どうした? なんかあったのか?』と聞くと、最初は○美ちゃん黙っていたの
ですが、なぜか涙声で

『ごめんね ごめんね なんでもないの ごめんね』と繰り返したそうです。
Aも気になったそうですが、眠気には勝てず、明日会う約束だけをして
電話を切ったそうです。
次の早朝でした。Aが○恵ちゃんのお母さんからの電話で起されたのは・・・
首○高速湾岸線から四○木方面に向かう分離帯で○恵ちゃんの乗った車が
ハンドル操作を誤って分離帯に激突するという事故を起したのでした。
高速隊の人の話では乗っていた4人は全員車外に放り出され、ほぼ即死状態だった
そうです。○恵ちゃんも近くの病院に搬送されたそうですが、途中で亡くなった
そうです。

Aがお昼過ぎに○恵ちゃんの自宅に行くと、憔悴しきった顔のお母さんが
いきなりAに泣き付いて
『ごめんね ○○くん もう○恵とは会えないの ごめんね』と繰り返したそうです。
その時、なぜか昨日の○恵ちゃんの『ごめんね』を繰り返していた電話を
思い出したそうです。
そして落ち着いた頃にあるものを手渡されたそうです。
それは○恵ちゃんの持っていた壊れた携帯でした。
おかあさんの話では搬送先の病院で右手にしっかりとストラップが
絡まっていたそうです。
ただ搬送された時間をお母さんに聞いて、Aはふと疑問を感じたそうです。
搬送先の病院についた時間が“午前2時35分”だったそうです。

しかし、その時間は確かにAが電話で話をしていた時間だったので、理由を
お母さんに説明し、○恵ちゃんの履歴を調べようということになりました。
ただし、電話には守秘義務というものがあるので、知り合いの警察関係者に
お願いし調べてもらったそうです。
・・・確かに履歴は2時35分を過ぎてからも通話中だったそうです。
壊れた電話が通話でもしていたのでしょうか・・・
今でもこの話を思い出すとAは
『あの時 電話を切らなければ・・』と電話を切ったことを悔やむそうです。

ちょっとスレ違いで怖くないんですが
世の中にはこんな切ない霊体験もあるということが
みなさんにもわかってもらえればと思います。
長い文章にお付き合い感謝します。

謎のURL

1990年の10月、私がアメリカの大学で経験した話。

アメリカの学生はとにかく課題レポートを書かされる。もちろんパソコンを
使って仕上げるわけで、私の大学には50台程度のコンピューターが整備されて
いるラボがいくつもあった。学生はここで夜通しレポートをタイピングする
わけだ。

その日も私は相変わらずレポート作成に忙しかった。夕食を済ませ、寮から
荷物を抱えてコンピューターラボに入り、パソコンの前に座った。当時は
来る日も来る日も同じような生活で、うんざりだった。

ここのパソコンはインターネットに接続されていた。まだウェブブラウザが
「モザイク」メインだった頃だ。ウェブコンテンツも研究者の研究成果発表
などばかりで、さほど面白いものではなかった。おまけに検索エンジンなどは
進化しておらず、
URLはもっぱらページ制作者本人から口頭で教えてもらうことが多かった。

その夜、私はいつものようにレポートをしばらく書いていた。その時、
何気なく目をやったパソコンデスクに、鉛筆でURLが書かれていた。
学生がメモ代わりにしたんだろう。

気分転換にはなるだろうと思い、私はそのURLをブラウザに入力してみた。

しばらくすると画面にはページが現れた。信じられないページだった。

そこには薄暗い部屋で床に血だらけで倒れている男性の写真があった。
(今ではよく見るこのような画像ではあるが)私はこのような残酷な
写真に戦慄し、吐き気を催した。

よく見ると、画像の下にはこんな一文が添えられていた。
"A guy in Michigan, aged around 30, Killed by me today"

間違いない、殺人者が自らの犯罪を自慢するサイトだ。

私は何かとんでもないものを知ってしまったのではと思い、
すぐにラボを飛び出して寮に帰った。翌日まで誰とも話すことが出来なかった。

次の日の朝。私は再度ラボに出向いた。そして、昨日のウェブサイトが気の
せいであることを信じてURLを開く。

現れたのは同じく薄暗い部屋の画像だった。しかし、今回は床に倒れているのが
丸裸で仰向けになっている女性だ。左乳房に大きなナイフが刺さっている。
口、鼻、耳から血が流れている。

写真の下にはまたも一文が添えられていた。
"A bitch in Michigan, aged around 30, Killed by me today"

すぐに私は大学警察に行き、警官に相談した。しかし、まだウェブがまったく
メジャーでなかった頃だ。「ウェブで殺人者が犠牲者の画像ファイルを掲載
している」といっても、うまく理解してもらえない。それに恥ずかしい話だが
私の稚拙な語学力も足かせになり、取り合ってもらえなかった。

恐怖と好奇心が一緒になった独特の心境で再度ラボに戻り、そのウェブサイトの
URLを入力してみた。

すると、その日数時間前まであった画像はすでになくなっていた。その代わりに、
なぜか私の住所と電話番号が書かれていた。その後にメッセージが一文。

「You are the next star on my Web.」

私は持ち物のほぼ全てを友人に譲り、2日後に帰国した。ミシガン大学で経験した実話です。

偵察

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