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【レジェンド】 ロジャー・フェデラーの人生!!「ATP:プロテニスプレイヤー」

ロジャー・フェデラー選手の生い立ちから、戦績です!

更新日: 2019年09月03日

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ロジャー・フェデラー/Roger Federer

歴代最高のテニスプレイヤーとの呼び声高いフェデラー選手。

国籍: スイス

出身地 : バーゼル

生年月日:1981年8月8日(38歳)

身長 : 185cm

体重: 85kg

利き手 : 右

バックハンド : 片手打ち


デビュー年: 1998年

ツアー通算 : 110勝

シングルス: 102勝

ダブルス: 8勝

生涯獲得賞金 : 126,266,005 /USD

生まれたきっかけもテニス!?

ロジャー・フェデラー(スイス)は、1981年8月8日、スイス バーゼルで、スイス人の父ローベルト・フェデラーと南アフリカ出身の母リネット・フェデラーの第二子、長男として誕生した。

両親であるリネット・フェデラーとローベルト・フェデラーは同じ職場に勤務するが、親しくなったのは、「テニス」。

リネットはテニスを気に入り、結婚後はテニスクラブに所属。スイス・テニス協会バーゼル支部の役員として選手の育成に携わる。

テニスを始めたきっかけは、、

テニスを嗜む両親の影響から3歳のときに初めてラケットを握った。週末になると父の勤める会社のテニスコートに連れてもらい家族で遊んだという。

このころフェデラー家の中でスポンジボールを使い、壁打ちのようなことをしていたそうです。
遊びながらテニスをしていたことも自然とテニスを続け、テニスのあることが日常となっていったのでしょうね。

幼い頃のロジャー・フェデラーは、常に動き回り、「エネルギーがあり余っている」ほどの元気な子供だったようだ。

本格的にテニスに取り組む様になったのは8歳の時。母が彼を地元のテニスクラブに入会させてからだった。

フェデラーの最初のコーチ、セップリ・カコフスキー氏だ。彼は、「ロジャーの冷静さはスイス人の父親譲り。しかし、野心や意志力は南アフリカ出身の母親から受け継いだもの」と説明する。

サッカーやバドミントン、バスケットボールも並行してプレーしていたそうですが、テニスをメインでプレーすることを選びました(フェデラー選手本人いわく、「単純にテニスの方が上手かったから」)。まぁ、そりゃそうだろと突っ込みたくなりますが、面白い発言です。

「僕はテニスとサッカーを両方練習していて、テニスを優先しがちだった。だから、サッカーの試合には全部参加できなかった。サッカーのコーチに、全ての練習に出られないのであれば、週末の試合には出場させないと言われたんだ。
トップクラスのサッカーチームの、年上グループでプレーしていたけれど、テニスの大会にも出場していたので、サッカーの試合に全て出場するのは無理だった。死ぬまでサッカーとテニスの両方をすることは出来ないし、当時は左足が弱かったので、あのままではいずれ駄目になるだろうと分かっていた。だから、僕は最終的にテニスを選んだんだよ」-フェデラー

ジュニア時代!!

ロジャー・フェデラーは、14才からスイス・ナショナル・テニスセンターの「テニス・エチュード」プログラムに参加する。

ローザンヌ郊外のエキュブランに位置し、公用語はフランス語。当時、ロジャー・フェデラーはフランス語が少ししか話せず、いじめられっ子だったという。
平日は親元を離れての生活。ロジャー・フェデラーは複数のインタビューで、「最初の半年はとても苦労した」と答えている。

テニスに専念するため、16歳で学校をやめる!

彼も生まれたときから冷静沈着だったわけではない。「今の僕からは誰も想像できないほど、いつもラケットを投げ散らしていました。16歳のころは、しょっちゅう練習から追い出されていたほどです」とフェデラー。

17歳になったとき、そんな彼はあるスポーツ心理学者の手ほどきを受けることにした。その結果、かんしゃく持ちの「マッケンロー」から伝説的なスウェーデン人プレイヤー、冷静な「ビヨン・ボルグ」へと精神的な大変身を遂げたのだ

ただし、ボルグと異なるところが1つある。それは試合に勝ったときの反応だ。「勝ったときに笑わない人もいれば、数週間たってもまだ笑っている人もいる。でも、僕は泣いてしまうタイプ」と、フェデラーはウィンブルドンでの初優勝後に話している。

この頃のコーチの評価は!

ヒューイットの方が少しだけフェデラーより上手かった
ダレン・ケーヒルは13,14歳頃のフェデラーを見ていた人物です。

「彼はとても上手いけれど、私が南オーストラリアで教えていた子のほうが、もう少しだけ上手かった。その子がレイトン・ヒューイットだ。彼に比べると、ロジャーは全てにおいて自由奔放だったので驚いた。

フォアハンドはとてつもなく速いんだけど、ミスヒットが多い。特に、バックハンドは酷い…フットワークは雑でいい加減。確かに美しいフォームで、手と目がうまく連動し、あの年頃かあすでにコートで観客を惹き付ける魅力を持っていたが、丁寧にショットを打っていないことが多かった」-カコフスキー

「あの頃からロジャーは負けるのが大嫌いだったが、『敗けたくなければ、努力以外に道はない』という理解していた。6-1、6-1で勝った時は、どうやったら6-0、6-0で勝てただろうかと考えていた。

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