皇帝の命令で全国から金銀細工が次々と運ばれてくると、スペイン人はかたはしから融かして金銀の延べ棒にしてしまった。しかしピサロは、インディオに反乱の動きがあったので、早く処刑してしまおうと決意した。かつて本国でもう一人の征服者コルテスと会ったとき、アステカ帝国征服の経験から、インディオは王が殺されたらたちまち抵抗できなくなるから、まず皇帝を殺すことだと助言されていたからであった。そこで、アタウワルパを形ばかりの裁判にかけ、皇位の簒奪、公金の浪費、偶像崇拝、近親婚(妹を皇后にしていた)、姦淫(一夫多妻)などの罪名で火あぶりの刑にすると判決した。

出典インカ帝国

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