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この記事は私がまとめました

ヴェルムさん

古代日本宗教に見るアニミズムとは


日本には古来よりアニミズムの思想がありました。

自然の中に精霊や魂、神様が宿ると考えるそれらは、八百万の神と呼ばれました。

スタジオジブリ作品の千と千尋の神隠しでは、八百万の神そのものが作中に出てきます。

川や海、汚泥にすら神が宿っているという考え方です。

そもそも古代日本宗教は、アニミズムとシャーマニズムの二本柱で成っていました。

アニミズムとは、タイラーという人類学者が『霊的存在への信仰』という意味で提唱しました。

語源はラテン語で「アニマ」と言い、『霊魂』という意味を指します。

アニミズムという言葉を知っていますか?

アニミズムとは、人間だけでなく動植物や無生物にも霊魂が宿っているという思想のことを言います。

実は、日本のアニメには、このアニミズムの思想が根底にあるのです。

なぜアニミズムが日本アニメに散りばめられているのかは、日本の古代宗教を理解することでわかります。

宮崎アニメに見る非「日本的」な自然観
宮崎駿は「日本的なもの」「日本人的なもの」を代表する国民作家的なアニメーション作家である――そう考えている日本人は少なくないだろう。しかし、思い出してみれば、宮崎アニメの中で、「美しい日本」の風景が描かれることはほとんどない。『となりのトトロ』の懐かしい田舎の風景くらいだ。これは意外なことに思えるかもしれない。

では、宮崎駿の自然観とは、どんなものなのか

畏怖すべき自然。こうした自然の恐ろしさは、旧約聖書の『ヨブ記』の神の理不尽さに近いものかもしれない。火山列島日本に固有の神とは、火山の神、火の神(「出雲国風土記」のオオナモチ、記紀神話のスサノオや大国主)だった、という説もある。そもそも自然とは、人間によって所有や管理のできるものではない。自然は、何の意味も理由も目的もなく、私たちの家財や農地、家族や恋人の命を奪っていく。「環境を大切に」「自然に優しく」などのスローガンは、人間の傲りにすぎない。

雑ざり合い、変化し続けていく自然
しかし、それだけでもない。宮崎アニメの中では、異質なものが雑(ま)ざり合いながら、変化し続けていく、という自然のあり方もまた描かれていく。例えば『風の谷のナウシカ』の冒頭の、腐海の描写を思い出してみよう。そこでは、人間だけではなく、様々な生物や蟲たち、植物たちが、互いに敵対しつつ共存しながら、不思議な生態系を形作っている。腐海の自然は、普通の人間からすれば、決して美しくも平和的でもない。しかしナウシカはそれを「きれい」と言う。花や木や森だけが美しいのではない。鉄やセラミックや放射性物質とも雑ざり合いながら、変化し続けていく自然――そこに腐海の高次元の美しさがあり、崇高さがあると言うのだ。

言葉に宿る魂 [言霊]ことだま

『千と千尋』では、名前というものが非常に重要な意味を持つ。「千尋」は自分の名前「荻野千尋」を奪われて、「千」という名前をつけられる。名前を変えることで相手に完全に支配されるという。だから自分の「千尋」という名前を決して忘れてはいけない、とハクに忠告される。逆に、ハクは自分の本当の名前「にぎはやみこはくぬし」を忘れてしまったために、自らの自由を奪われる。千尋は、そのハクの本当の名前を思い出し、ハクの自由を取り戻すのである。

『千と千尋』では、名前というものが非常に重要な意味を持つ。「千尋」は自分の名前「荻野千尋」を奪われて、「千」という名前をつけられる。名前を変えることで相手に完全に支配されるという。だから自分の「千尋」という名前を決して忘れてはいけない、とハクに忠告される。逆に、ハクは自分の本当の名前「にぎはやみこはくぬし」を忘れてしまったために、自らの自由を奪われる。千尋は、そのハクの本当の名前を思い出し、ハクの自由を取り戻すのである。

あるいは湯屋で、「いやだ」「帰りたい」と一言でも口にしたら、魔女はたちまち千尋を放り出して動物に変えてしまうという。逆に、「ここで働く」と千尋が言葉を発すれば、魔女といえども無視することができない。
この世界では、「名前」や「言葉」が特別な「力(パワー)」を持っている。この不思議な世界の、不思議な約束ごとが、映画に極めて重要なリアリティを与えるとともに、テーマ性も表している。
「言葉」に出すだけで、それが現実化する。それを「言霊」という。日本には古くから言霊の文化がある。
平安時代の貴族が「国家平安」の和歌を詠んでいたのは、「国家が平安たれ」と言語化するだけでそれが現実化すると信じていたからである。こうした言霊文化は、現代日本にも脈々と受け継がれている。
たとえば、受験生に向かって「落ちる」とか「すべる」という言葉を言わないようにする。別に「落ちる」という言葉を言ったからといって、試験に落ちる可能性が増えるというのは論理的ではない。しかし、実際は受験生を前にして、そうした配慮をする人の方が多い。現代にも、言霊文化は生きているのである

言葉の力「ありがとう」
「ありがとう」という言葉(言霊)には不思議な力があって、言うほうも言われる方にもプラスのエネルギーが得られると言われています。良い波動を持った言葉というものでしょうか。

最近そういったことが書かれたブログや動画などをいくつか見つけて、にわかに信じがたい面もあるので、小学校に通う子供たちの冬休みの自由研究に面白いテーマになるかも、と思って投げかけたところ次男が食いついてきました。(笑)

そして早速、諸々準備をして実験を開始しました。
(今回の自由研究は最終的に模造紙での提出の他、ユーチューブでの動画公開も視野に入れて撮影してました)

モノに魂が宿る

ものには魂が宿る、という話
ものには魂が宿る、と幼いときに聴いた覚えがあります。
ぬいぐるみや腕時計、長く使い続けたりすればするほど魂が宿ると。だから大切に扱いなさい、その魂を全うさせてあげなさい、と。
誰から聞いたかはもう忘れてしまいました。思えば、もう空へ旅立った祖父の言葉だったのかもしれません。

本当にものに魂が宿るのか、そもそも魂とはなんなのかという話はさておき、この言葉は今でもわたしの心に残っています。

小学生のときに、マジメに学校に行かず掃除もしないということで部屋にあったぬいぐるみを大量に捨てられたことがあります。
当時のわたしの胸ぐらいの高さまであったうさぎのぬいぐるみや、思い出の詰まったぬいぐるみたちが、ある日突然ゴミ袋にぎゅうぎゅうに押し込められて、部屋から消えてしまいました。

その頃からわたしは臆病で、親から「捨てる!」と言われたときはなにも言えませんでした。
本当はすべてのぬいぐるみが捨てられそうでした。ちょうど、大きなゴミ袋二つ分でした。でもどうしても嫌で、友達が居なくなってしまうようで、自分の心が切り裂かれそうで、捨てられる前日、

ジブリの背景にある死生観と魂

かぐや姫は復活再生を象徴する「竹」から生まれる
ストーリーラインは竹取物語と一緒で、幼少期のかぐや姫はぐんぐん成長していきます。これは竹の成長スピードが凄まじい事から来ていて、村の子供達と遊んでいくうちにぐんぐん成長して追い抜いて行きます。

仏教的というよりかは神道的なものかもしれませんが、竹は榊さかきと並ぶ神聖な植物です。僕は月の住人であるかぐや姫が他でもない竹から生まれるのはなんか意味があるんだろうなと思って調べてみたところ、土葬時代は「息つき竹」というのがあって埋葬した後に生き返った時のために息が出来るように竹を立てていたようです。(ジャパニーズニンジャが水中でやってるアレ)

死者が蘇ったときの息継ぎ説以外にも息つき竹については様々な解釈があって、実際に棺までぶっさすことはしないから生き返っても呼吸はできないよねということで、死者に語りかけるための通路であったり、霊魂が通るための通路であったりと様々な説があるようです。いずれにしても神聖な植物である「竹」が葬儀など死の場面で「復活再生を願う習俗」として定着していることは注目しておくべきだと思います。

宮崎駿監督に大きな影響を与えたチベット死者の書

NHKスペシャル チベット死者の書
人はどこから来て、どこへ行くのか……。
ここに描かれる生命は、川の流れのように途絶えることがない。チベット仏教から生まれた経典:「チベット死者の書」を通じ、「死」に対する考え方をチベット仏教の基本概念と共に追求する。

「もののけ姫」をつくりながら、仕事場の片隅で、
何度も何度もくりかえし観ました。 アニメーション映画監督 宮崎 駿
 宮崎駿監督が感銘を受け、宮崎作品にも影響を与えた、スタジオジブリ推薦のNHKのドキュメンタリー番組

2019-09-05
14 『チベット死者の書』が説く輪廻転生のプロセス
死後の世界
輪廻転生の全プロセス


 チベットの死者の書によると、わたしたちの死から新しい生へのプロセス、つまり、輪廻転生の過程は次のようになる。

(1)五感が衰えていく。

(2)地の元素が溶解......固体成分の溶解。物理的身体が衰えていく。

(3)水の元素が溶解......液体成分の溶解。感受作用が衰えていく。

(4)火の元素が溶解......体温(熱成分)の溶解。表象作用が崩れていく。

(5)風の元素が溶解......呼吸の溶解。意志的形成作用が崩れていく。

(6)意識はしばらく心臓にとどまる

・内なる溶解
(7)白い顕れが下りてくる......怒りから生じる思考の消滅

(8)赤い顕れが登ってくる......貪りから生じる思考の消滅

(9)真っ黒な顕れを見る......無智から生じる思考の消滅

◎外なる溶解のプロセス――五感と四大元素
 外なる溶解のプロセスにおいては、五感と四大元素が溶解する。
 わたしたちは死ぬとき、正確にはいかなる体験をしているのであろうか? 最初に気づくのは、五感の機能が停止していくことだ。自分のベッドのまわりで人々が話している。声は聞こえているのだが、話していることは理解できない、そんな瞬間があるはずだ。これは耳の意識が停止したことを意味する。

まとめ

ジブリ作品の背景には、日本古来から根付いているアニミズムや、仏教における輪廻転生、チベット仏教による死生観等、あらゆる角度からの価値観がベースになっているようです。これらの価値観をベースに作品を見直してみると、また違った見方や発見があるかもしれませんね。

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