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この記事は私がまとめました

miya1224さん

八木山橋1

その当時私は学生でした。
用事が出来てしまい、避けていた八木山橋をどうしても夜に通らなければならなくなりました。
八木山橋は地元では自殺の名所として有名なため、日が暮れてから通るのは勇気がいります。できれば足を運びたくありません。
それでも原付で素通りすれば大丈夫だろうと思い、渋々出かけることにしました。

橋へ着いてみると、予想通りなかなかの雰囲気です。私の先入観からか、別世界の入口のような気もしてきました。
とりあえず、早く通り過ぎようと思いました。

橋を通っていると、視界の左隅に何か白いものが見えました。でも左側は橋の外側です。何かがいるはずがありません。
「何もいない。気のせいだ。」
無視してそのまま走っていると、その白い何かも一緒に移動してきます。
やめておけば良かったのに、気になった私はついその白いものを見てしまいました。

それは白い服を着た女の人でした。
宙に浮いていて、私に向かって手招きをしています。

「うわ~ヤバい!ヤバい!」

完全に幽霊でした。しかもいわくつきの場所で見てしまった…。
冷や汗がドッと吹き出し、突然意識がもうろうとしてきました。
気づいたら、バイクを止めてしまっていました。

絶対に近寄ってはいけない!
そう頭の中ではわかっているのですが、なぜか判断力が鈍っていて女性の幽霊に近づいていきます。
私は頭の中で、うる覚えのお経を繰り返し唱え続けました。

その時、橋の上を車のライトが照らしました。
そしてその車の運転手は橋の上で立ち尽くす私を見るなり、「どうしました?」と声をかけてきてくれました。
もう女の幽霊は消えていました。

偶然にも車の運転手はお坊さんで、事情を話すとちゃんとしたお経を唱えてくれました。
高いフェンスがあるとはいえ、あのまま引き込まれていたらどうなっていたのでしょうか…。
やはりあの橋は、普通ではないのだと思います。

八木山橋2

宮城県に八木山橋ってあるじゃん、自殺の名所の。
実はあそこの下の竜ノ口渓谷って降りていけてね、足場は悪いんだけど、地層とか生物とか面白い場所なんだよね。

三年前の、俺がオカルト板に来る前の話で、あんまりオカルトに興味無かった俺が興味を持つきっかけになった話。
その頃は八木山橋が自殺の名所とは知ってたんだけど幽霊とかは信じてなくてね。
化石とか鉱石に興味があって大学の仲間と度々行ってたんだよね。
特に夏場とかは川縁特有の涼しさと上流こその水の綺麗さで、結構遊べる場所だったんだよ。
ただ行く時にはルールがあって、そのうちの一つとしてカメラの所持は禁止していたんだよね。
これは前述の通り足場が悪くて、川に落ちる奴もいるから、水にぬれるとだめになるような電化製品は危ないってだけ。
心霊写真防止とかじゃなかったんだよ。
携帯電話とかも百円ショップの密閉できる袋に入れて持ち歩いてたね。
ただ、一度だけデジカメを持ってきた奴がいたことがあった。
ここではそいつをEって呼ばせてもらう。

その日は5人で行ったんだけど、俺とそいつとあと3名。
実はEは彼女と別れたばっかりらしくて、Eの好きな女子を呼んだんだよ。
その写真が撮りたくて生活防水のデジカメを買って持ってきていたんだよね。
写真データを送るからアドレス教えてって言うつもりだったらしい。

まあ竜ノ口渓谷に入ってから出てくるまでは省くんだけど、もちろんそこで自殺者を見つけたりはしなかった。毎日誰か飛び降りてる訳じゃないしね。

ただ、帰りに立ち寄ったマックで写真を見てたら、死体が写ってたんだよね。
帰り際に俺が撮った写真なんだけど、川を挟んで向こう側の岩の上に、仰向けの状態で人の下半身らしきものが置いてあるって言うのかな。
とりあえず、ジーンズを履いた下半身が岩の上に乗っかってんのが写ってる。上半身は岩の向こうで見えない。

なんとかジーンズが落っこちてるだけって思いこもうとしたんだけど、ジーンズからは足らしきものが飛び出てるし、岩の上は泥だとは思えないような、乾いた血みたいな色してんの。

何で気付ないで撮ってんだとか、ここで撮れって言ったのはお前だとか、見えなかっただとか、俺とEで言い合いして他の人の提案でEが警察に電話したんだ。
代表者の連絡先を聞かれて、代表者として俺の電話番号も教えた。
写真についても説明したが、現場に確認に行きますので後日お願いしますって言われた。
まあ正直、心霊写真的な物を証拠に持ちこまれても警察では困るからだろうね。
すごい気まずい空気の中30分くらいしてEに電話が来た。

Eはわざわざ店の外に出て電話してたんだけど、青い顔をして戻ってきた。
どうやら警察が言うには、捜索したが死体なんてなかったんだと。
俺たちは気味が悪いと思いながらも、無理矢理見間違いだったってことにしたが、Eは何故か異常にとりみだして、現に死体が写ってるし無いはずがない、絶対死体だと言って聞かなかった。
俺たちは川で遊んでいた奴が、奥の方にある沼にでもはまって、泥だらけのジーンズを捨てて行っただけだって言ったが全く聞きつけない。
心霊写真じゃないかとも言ったが、はっきり写ってる死体があるんだと言って聞かない。
デジカメの画像を指差して絶対ある。足も出てるって狂った様に喚き始め女子を怯えさせ挙句の果てに確認に行くと言い始めた。
女子はもう帰りたがっていたし、既に暗くなり始めていたこともあって、もしあったなら暗くなって警察も見落としたんだ。きっと明日ちゃんと探してくれるとなだめて、俺は強制的に解散にした。
Eは最後まで納得していなかったが車も無いし、どうせ一人じゃいけないだろうと、俺は面倒になってさっさと帰った。

翌日の午前中死体を回収しました、ご迷惑をおかけしました。という電話が警察から俺にかかってきた。
俺は正直安心した。
Eと険悪な感じになっていたから、警察のミスでなら簡単に仲直りできると思った。
警察の話も半分だけ聞いているような状況で写真の提出を求められて、そういえば何でEに先にかけなかったんですか?と質問した。
Eにかけたが出なかったと説明してよこした。
写真は彼が持っているので、と話している途中、少し気になってやはり昨日は発見できなかったのかと尋ねた。
警察はええ、既に暗かったので捜索は無理でしたと答えた。
俺はそれでもわざわざ確認に行って頂けたようで、ありがとうございますと言った。
電話の向こうから、昨日は確認に行っておりませんよ、という答えが返ってきた。

その日の内にEは見つかった、写真の場所で飛び降り死体になって、午前中に回収されていた。
前日別れたままの恰好で、ズボンもジーンズじゃないが、説明されて浮かんできたのはあの写真とそっくり同じ死に様だ。

上半身が見えなかったのは尖った岩に叩きつけられて、背骨が粉砕され、胴が伸びて頭が重いから、異様に向こうに垂れさがっていたらしい。

俺に掛かってきた電話がEの飛び降り死体回収の電話だった。

俺たちが死体を見つけた時点ではEは生きていた、俺たちが見つけたのは別の死体だと言ったが、カメラは行方不明になっており、証拠も無い。
警察からEに電話がかかってきたと言ったが携帯も行方不明、携帯の会社に通話記録も残っていない。

そして、一番意味が分からないのはEが見つかった場所は橋からかなり遠いのに、Eは高さ100m程度から地面に叩きつけられた死に方をしていたらしい。
俺たちが見つけた死体も、Eのカメラも携帯も見つかってない。

ってか尻すぼみな感じになったが、思い出してると気持ち悪くなってきたから、ゴメン

里帰り

たった今体験した話。
私は宮城県多賀城市在住。
早めの夏休みで、今仙台駅から新幹線で岩手の実家に帰省するところです。

駅のホームをグリーン車が停車する場所から自由席が停車する場所に歩いてました。
遠目で見て、自由席が止まる場所に沢山人が並んでて、
今日は席に座れないわって思いながらてくてく歩いてました。

一瞬目をそらしてからもう一度見ると、誰一人ホームに並んでいませんでした。
不意に震災で亡くなった方が里帰りするのかなって思って、色々こみ上げる思いがありました。

私は多賀城市で看護師をしています。

震災時はただただがむしゃらに働いて、やっと長期で休暇を貰って里帰りです。
多くの方が亡くなりましたが、私は涙を流す余裕はありませんでした。

今、やっと亡くなった方々に対して涙が流れます。
一緒に故郷に帰りましょう

呪具の製造と販売

137 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2015/11/23(月) 15:06:25.55 ID:6mWYrT/r0.net
自分は宮城の田舎住み。漁師で家督を継いでる。
でも裏ではコトリバコみないな呪具の製造と販売をやってた。
一番新しいやつで平成3年。
多分、ここの住民はみんなやってた。

特に家がでかい金持ちはそういうのを作りまくって売りまくってたんだと思う。

たぶんうちらが作ったものは日本中に散らばってる。一番遠くて宮崎で回収してきた。

本当になんでも作ってた。
根絶やしの内掛け。
神隠しの掛け軸。
飢えさせる漆碗。
かたわだるま。

数えたらキリがない。


143 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2015/11/23(月) 20:15:49.73 ID:FOstMvMK0.net
>>137です。
皆さんにお聞きします。

みなさんの実家などにある鯉のぼりや雛人形、こけしやダルマなどにこのマークは書いてありませんか?
もし見つけたら一刻も早く処分しお祓いをうけてください。

狩野英孝の怖い話『奇妙な言い伝え』

狩野さんの実家の宮城県の桜田山神社。桜田という地名の奇妙な言い伝え。
昔、赤子を背負い田んぼで作業していた母親が、誤って背中から赤子を落としてしまい、でき死させてしまった。
母親は供養の為に田んぼに桜を植えた事から、桜田という地名に。

小学生のころ、夜中にトイレに起きて神社の長い廊下を歩いて行かなければならない。
ある夜、トイレに行こうとしたら、廊下の奥に何か気配がする。
目を凝らして見るとそれは白い女性の手で、狩野さんに向かって“おいでおいで~”をしている。
慌てて父母の元へ走り訴えたが、父は「そんなもの出る訳がない」と取り合ってくれず。
(結局トイレはどうしたのかには触れず)

暫く経ったある日、夜寝ていると金縛りに遭った。
部屋の隅の方で、女性の「クスクス」という笑い声が聞こえた。
その笑い声は段々近付いて来て、顔の前まで。
早く朝になれ!と念じていて、気付くと朝になった。
その後に父母と狩野さんで茶の間で朝食を摂っていると、
弟が階段を駆け降りて来て「女の人が!女の人が!」と泣く。

弟は前夜、畳の上で壁に寄りかかり、一人で漫画を読んでいた(体育座りを楽にした座り方)。
すると、ガラスをゆっくり踏んで割れるようなピキピキした音がする。
何だろうこの音と思った途端に、身体がピーンと一直線になり、金縛りに。
驚いていると、上半身だけの女性が弟の目の前を通り過ぎて行く。
その時に「クスクス」という笑い声が。
そのまま気を失い、朝目覚めたので父に訴えるも、「そんなの有る訳がない。夢でも見たんだろう」と取り合わない。

狩野さんは、自分が見た女性と同じだろうと思った。
桜田の地名の元となった、子供を亡くした母親が成仏出来ずに居て、子供の前にだけ現れるのではないか?

古い神社の例大祭

オレはイベント業者なんだけど、
十年ほど前の夏に、ある大企業のイベントを広告代理店から請け負って、全国をツアーしたんだ。
全国11ヶ所だったかな、その街の大きな祭りにタイアップして同時開催させてもらう。
そのために7月から9月いっぱい、全国のお祭り追いかけて回ってたんだよ。
で、そのなかのひとつが9月の仙台で、市の郊外にある大きくて古い神社の例大祭とのタイアップだったんだけど、
そこでちょっと不思議な体験をした、そのときの話。

大手企業がらみのイベントだから準備もいろいろ手の込んだことするので、
一週間ほど前から現地に入って、最終のロケハンや打合せ、ちょっとした施工なんかを進めていたんだけど、
もうツアーも後半だったから、スタッフも慣れてたし、万事がうまく行っていた。
あとは、当日晴れてくれれば文句なし。
なにしろ野外イベントなんで、雨に降られちゃあもうおしまいなのね。
おまけに9月の台風シーズンが近づいてたから、とにかく天気だけが心配だった。


それなのに、前日に天気予報を見たら『明日の東北地方は大雨』ときたもんだ。
お祭りも、イベントも、せっかく一生懸命準備して、みんな楽しみにしてたのに大雨かよって、
もうスタッフ一同うなだれちゃったんだけどね、
お天道様に逆らってもしかたないから、ともかく機材ぐらいは撤収しとこうかってことで、
宮司さんに「一部片づけはじめようと思います」って言ったんだ。
そしたら宮司さんが「大丈夫だよ、明日は晴れるから」って言うわけ。ともかく必ず晴れるから大丈夫だよ、ってさ。

・・・長くなるから結末書いちゃうけど、当日、ほんとに晴れたの。嘘みたいに。
で、お祭りもイベントも大にぎわいで大成功。いやビックリしたよ。ほんとに。
だってその日、予報どおりの大雨だったんだよ、仙台市内もその他周辺地域もひどい大雨。
ただし、その神社の御神輿が渡御するごく狭い地区だけ、一滴も降らなかった。
地面に線をひいたみたいにくっきりと、神社のまわりだけが、乾いてた。

宮司さんに「なんで降らないってわかったんですか」って聞いたら、
「神様のお祭りだから、降るわけがないんだよ」って笑われた。
ああそうなのかって、すごく自然に信じられた。
そういうこともあるんだなあって。
でも不思議だったなあ。

振り払う

数年前の宮城県での話し、時期は10月くらい。

高校生の頃、派遣で引越しのバイトしてたんだ。
その日はまず営業所に集合して、あとは仕事が終わったら現地解散だったんだ。
現地解散とはいえ、トラックで最寄り駅までは連れてってくれた。
駅で降ろしてもらってから気づいたんだが、無人駅。公園のトイレみたいな見た目と大きさ。しかも電車の本数めっちゃ少ない。次の電車が来るのは2時間後だった。
路線図を見ると東北本線(だと思う)のメインの路線から分岐した路線らしかった。

さすがに2時間なにもないところで過ごすのはつまんないと思い、マップで調べると、1時間ちょっと歩けばメインの路線の駅へ辿り着けると出てきた。そして、当時は体力が余っていた高校生なので、1時間歩くという愚かな選択をしてしまった。

駅の周りはまだ工場とか営業所みたいなのとか、まだ普通に建物があった。
30分ほど歩いた。周りの景色は田んぼと畑と山と森と民家がポツポツと。
誇張じゃなくなにもない。トトロの村よりも家が少なかった。途中バス停を見つけたが、1日4本しか無く、すでに最後のバスも行った後だった。
そしてそれまでまったく車も人間を見ていなかった。

午後7時頃、あたりは完全に暗くなっていた。すでに歩いて1時間以上経っているのだが、全然たどり着ける気配すらなかった。ケータイも充電がなくなっていた。
突然、店(と言ってもやっているのかわからない床屋とシャッターの閉まった商店みたいな)が2、3軒集まっている場所に出た。そこの店と繋がっている家の庭ではじめて人を見かけた。暗くて性別はわからないが、背の曲がり方からして老人だろうと思った。
街灯もほとんどなく本気で暗くてなにも見えない田舎を1人で歩き続けて心細くなってた俺は、なんだか人を見つけて安心感が生まれた。

もはや道に迷いかけていたので道を聞こうと声をかけると、庭にいたはずの人影が消えた。
あれ?と思った瞬間足が動かなくなった。
誰もいなくなったはずの目の前から男の老人のような声で尋ねられた。
「なんでこんな時間に出歩いてる?」「何処の家の子だ?」
最初見た人影は1つのはずだが声は2つ聞こえた。
俺は焦り自分の名前を言いそうになったが、なぜかとっさに昔図書室で読んだ怪談レストランで、幽霊に自分の名前を名乗ってはいけない、みたいな話を読んだ事を思い出した。
怖くて顎が少し震えていたが必死に全然別の名前を適当に答えた。
返答は一切なかったが足が動いたので本気で走って逃げた。

喉に血のような味がしてくるほど休まずに走り続けた。街灯なんか1つもなかったが道は1本だったから迷わなかった。
限界がきて息を切らして手を膝につけて立ち止まったら、車が普通に走ってた。

腕時計を見るとすでに8時を過ぎていた。あの人影を最初見たのが7時5分くらいだったはずで、そこで立ち止まったのも30秒程度だろう。
そこから1時間走り続けたなんてありえない話だから、絶対におかしいと思うはずなんだが、逃げられた事の安心感で頭もろくに回らず、そんなこと考える余裕はなかった。
4車線の大通りに出てみるともう目の前に駅が見えた。人も普通に歩いている。
それを見て安堵で道路に座り込んだ。


これで終わり

397 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2016/09/03(土) 07:55:58.92 ID:KfCb6jAa0.net[1/2]
>>396
駅の名前覚えてない?
マップ確認してくれないか?

398 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2016/09/03(土) 08:19:33.10 ID:tmxwoo180.net[5/6]
>>396
その後に調べた限り北浦駅ってところが濃厚かなーと個人的には思ってる
さらに一個奥の駅かもしれない

走って着いた駅が小牛田駅ってところだと思う

東日本大震災の体験

2011年の3月11日は、忘れもしない東日本大震災があった日でした。
私だけではなく、被災された方にとっては思い出したくもない体験です。

私は当時、宮城県の沿岸部からほど近い所に住んでいました。
それまで働いていた職場を辞め、転職先も決まっていたため繋ぎとしてアルバイトをしながら生活をしていた時でした。

その頃は頻繁に大きな地震が発生しており、宮城県沖地震がもうそろそろ来るんじゃないかとアルバイト先でも噂になっていました。
私は地震など怖くないと思っていたので、むしろ来るなら来いというような気持ちもどこかにあったような気がします。

震災当日、シフトが入っていたため通常通りに仕事をしていました。そして14時46分、揺れが始まります。
皆地震に敏感になっていましたから、避難は迅速なものでした。私の隣で仕事をしていたオバちゃんは特に敏感で、少しでも揺れが来るものなら真っ先に
「地震来たよ!」
と叫んで会社の駐車場に逃げる人のため、その時も一番に逃げていました。
地震をなめ切っていた私も、一人で残っているわけにはいかず一緒に避難しました。

あらかた全員が避難をして駐車場に集まっても、揺れは一向に収まりません。なんか長いね~なんて呑気に話をしてた矢先、世界が一変します。

ドンッ!!

ものすごい地鳴りと共にこれまで経験したことのない大きな揺れが来て、悲鳴が上がりました。周り建物はまるで皿の上にひっくり返したプリンのように震えて軋み、その場に立つことも困難となりました。
その時は「宮城県沖がついにきたか」と感じましたが、すぐにその考えは恐怖にかき消されました。
大きな揺れが全く収まりません。

地球が震えている!今にも地面が全て崩れ落ち、奈落の底に落ちてしまいそうな程の揺れ。地面にうずくまっているのに、まるで高層ビルの屋上にいるかのような恐怖を感じました。
「早くおさまれ!」
その揺れは、とても長い間続いたような気がしました。

「これは只事じゃない…!」

その場にいた誰もがそう感じました。
その後はバイトどころではなくなり、上司の機転で即解散となりました。

家に妻と1歳ほどの子供を置いてきた私は、電話をかけてみるもやはり繋がりません。幸いにもバイト先と自宅は近かったので、早く帰って無事を確認しようと会社のロッカーに走りました。
仕事場は人の立つ場もないほどに荒れ果てていました。倒れそうにもなかった重量のある機械も倒れており、もし避難していなかったら…と考えるとゾッとしました。
電気もない暗闇の中、携帯の明かりで荷物を取り出した私は、一目散に自宅へと急ぎました。

会社から道路に出ると、目に飛び込んできたのは今まで見たこともない渋滞でした。なぜなら、信号がついていないのです。
動かない車を横目に、ひたすら家へと走りました。

「大丈夫か!?」
家のドアを開けてみると、足の踏み場もないほど物が散乱していました。そして「怖かった~」という嫁の一声を聞くなり、ただただホッと胸をなでおろしました。

とりあえず家にいてもしょうがないので、車で待機しながらラジオで情報を聞きます。
その時降り出した大粒の雪が、さらに異常気象を感じさせました。

「マグニチュード8.9の大地震」「落ち着いて避難を」「震度7」…
ラジオ局も混乱しているようで、同じ情報を繰り返し流すばかりでした。

するとその時、上空に飛んできたヘリコプターから大声でアナウンスが聞こえます。
「津波が来ていま~す!建物の高い所へ避難してください!」

え?津波?でもまさかここまでは来ないでしょ…。
耳に入った情報に半信半疑になりながらも、とりあえず近くの指定避難所である中学校に身を寄せることにしました。

中学校に入ると、人人人…。皆避難をしているようです。しかし不思議なのが、体育館ではなく校舎内へ案内されました。しかも3階より上の階へ。
この時、目の前の沿岸部で発生した大惨事を一体どのくらいの人が知っていたのでしょうか…。

情報源はラジオと携帯のインターネット。次第に日が落ちて暗くなり、蝋燭の明かりが灯されました。
配られた非常食を食べながら外を見ると、遠くに真っ黒な煙と真っ赤な炎が見えました。どうやら大規模な火災が発生したようです。
無力感と誰か助けてあげて!というすがるような思いで、私たちはただ見ていることしかできません。
ラジオから流れてくる情報は、耳を疑う内容でした。

「○○区(私たちの住んでいた所)の沿岸部では、数百人の遺体が…」
「津波で甚大な被害が…」

全く信じられない情報に、周りの人もただ絶句するしかありません。
もう今まで目にしていた風景は一変してしまった。この先どうなるのだろう…。
精神的な不安と教室の冷たい床が、私の心を蝕みました。

翌日、避難所を後にした私たちは大まかに家の片付けをし、車のガソリンを確保しようと出かけました。
しかし道路はやはり大渋滞。これでは給油するのに一日かかると判断して、家で大人しくしようと布団で暖をとっていました。
するとそこへ、私の母が訪ねてきて「うちに来なさい!」と言ってくれました。
この時ほど家族のありがたみ・暖かさを感じた時はありませんでした。そして実家が近いという状況にも、とても感謝をしたことを覚えています。

実家へ避難してからは、ラジオに聞き耳をたてながら陽が暮れたら寝て、余震に怯えるという生活です。
なにせ電気もガスも水道もストップしていますから、我慢するしかありません。
食糧は近くのスーパーに並べば何とか大丈夫だったのですが、お風呂に入れないのは意外にも辛い経験でしたね。お風呂ってしばらく入ってないと、体や頭が痒くなるのです。

そして震災発生から2週間ほどして、ついに電気がとおりました。
電気のありがたみが、今更ながら実感できた瞬間でした。
電気などのライフラインが復旧してからは、バタバタと活気が戻ってきました。

周辺の地震被害を聞いてみると、私たちの家のすぐそば、約1kmほどのところまで津波が来ていたそうです。
私の住む地域には沿岸部に「東部自動車道路」という盛り土の高速道路があるのですが、そのおかげで被害が軽減されたとのことです。
もしこの道路がなければ私たち家族も津波で被害を受けていたことでしょう。

友人知人に連絡もとりましたが、皆無事だということで安心しました。
しかし前職の職場では、やはり犠牲となった方もいたようでした。
一緒の営業所で働いていたNさんは、荷物が崩れた下敷きとなり、両足を粉砕骨折しました。入院先へお見舞いに行ったのですが、痛みが酷いらしく大変そうでした。
なんとか歩けるようにはなったそうですが、完全には戻らないらしく不自由な日々を送っているようです。
配送でお世話になっていたドライバーさんは、2名の方が津波にのまれ亡くなりました。
どちらも親しく話をしていた方でしたので、全く信じられない知らせでした。

私は、内定していた職を失いました。
理由は震災で被害を受けたから、というものでした。
どうやら津波で建物がやられたらしく、地震前にそこで働いていたら私も危なかったのかもしれません。
職を失った不安はありましたが、今回は不幸中の幸いと捉えてバイトを続けながら就職活動を続けました。

その後は仕事に就くこともでき、なんとか安定した生活を送ることができています。
しかし私の周りには、震災によって辛い境遇に置かれてしまった方が多く、心の闇はとても深いように感じます。

家を失い、思い出が何も残っていないという方がいます。
当時バイトで一緒に仕事をしていた方の何人かは、親が亡くなって一人になってしまいました。
妻と子供2人を津波で亡くしても頑張っていた方は、その後自殺してしまいました。
目の前で津波にのまれる車や人を見てしまい、トラウマになって不眠症になった人もいます。
自衛隊にいる友人の話では、同じ自衛隊員が凄惨な津波の被害を目の当たりにして、発狂してしまったそうです。

不謹慎な話ではありますが、沿岸部では霊も数多く目撃されているようです。

ある人は、夜に沿岸部を車で走行していると目の前に人影が出てきたとか。
急いで車を降りて確認するも、人を引いた痕跡は全くない。
一応警察に連絡してみると
「最近そういうの多いんですよ~」
と言われたそうです。

沿岸部で復興作業をしていた方は、尿意をもよおして茂みに入ろうとしたところ、霊感のある同僚に
「そっちに行っちゃいけません!」
と怒鳴られたそうです。

また防風林もなくなって見通しがよくなった沿岸部に、夜になると大勢の人影がいたのを目撃した方もいました。

震災から8年が経ちました。私の住む場所の沿岸部は大分片付きましたが、まだまだ傷痕が残る地域もあると聞きます。
東日本大震災で被災した全ての魂が、穏やかになることを願ってやみません。合掌。

津波を被った職場の怪奇現象

私の職場は宮城県の某所、沿岸部からほど近い場所にあります。
当然ながら、あの東日本大震災で津波の浸水被害にあっております。

私の入社は大震災後だったのですが、当時はやはり大変だったようです。
いやむしろ、大変ではない方はいなかったのかもしれませんが…。

事務所の外壁には、津波がここまできましたという看板が貼ってあります。
しかしその看板が無くとも、津波を被った部分は壁の色が黒く変色しているため一目瞭然です。
高さにしておよそ3m。建物の2階まで押し寄せた波を想像すると、生きた心地がしません。

そしてやはりというべきか、職場では怪奇現象の話が絶えません。

例えば私が仕事で1人残業をしていると、どこからか女の人の声?のようなものが聞こえることが多々あります。
「う…う~…」
という感じで、私はてっきり機械の音だと思っていたのですが、この前帰り支度をしていて全ての機械を停止した後にも聞こえました。
後日この話を同僚にしてみると

「オレも聞いた事あるよ。」
「人影も見た。」
「夜、事務所で残業していると誰もいないのに足音聞こえるよ。」
「風もないのに、神棚のお札が吹っ飛んだ事がある。」

と、皆何かしらの体験をしていてビックリしました。

この前なんかは、終礼の時間なので荷物の裏にいた方へ声をかけたのですが、誰もいませんでした。
社員は既に全員表に集まっていて、そんな所に人がいるはずがなかったのです。
あの人影はなんだったのでしょうか。

古くから働いている社員に話を聞いてみると、幸いにも社内で亡くなられた方はいなかったようですが、流れてきた亡骸が敷地の中央と入口に2名、発見されたということです。
私は少し霊感のようなものがあり、その場の空気と言いますか、良い場所なのかどうかが少し感じ取れます。
霊的に危険な場所だと「ここはヤバい…」といった感じでわかります。
幸い職場には悪い雰囲気がないので、悪影響のある霊ではないのかなとは思っています。
1人で夜残るとちょっと怖いですが。

あの日、一瞬にして多くの命が失われてしまったのですから、こういう怪奇現象があってもおかしくはないのかもしれません。

勝手口に人の気配がした

792 :可愛い奥様:2012/05/26(土) 21:09:34.91 ID:netbBa/H0
昨夜遅く台所で作業してたら、勝手口に人の気配がした。
あれ?とドアを開けるけど誰もいない。
気のせいかと閉めようとしたとき、視界の隅に何か見えた。
柱の影に黒い人影。
いや!と思って閉めると、残り30センチのところで閉まらない。
硬いものではなく、柔らかい何かが挟まった感じ。
もう一度開いて閉めようとした。
また視界の隅に黒い影が見える。
そして、残り30センチで締まらない。
これは人じゃない、と悟った。
ゴルァ、なにすんだ!お前のいるとこじゃないぞ!と心の中で強く念じても30センチから閉まらない。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」とつぶやいていたら、つかえが取れたように閉まってくれた。

気づいた夫がきてくれたので、胸に飛び込んだ。
近くのお寺に電話したら、お坊さんが不在なので、明日きてもらうことになった。


803 :可愛い奥様:2012/05/27(日) 09:28:39.34 ID:d51jYOhJ0
>>792
これ怖い。お坊さんはもういらっしゃったかしらね。

霊能で人助けをしている知り合いが言ってたけど、
場所によって(霊道とかかな?)は夜中の窓あけはやっちゃダメらしい。


805 :可愛い奥様:2012/05/27(日) 10:22:40.67 ID:5IRjYAJK0
>>803
お坊さんは、今日の午後みえます。
書かなかったけど、うち石巻の高台で、津波のときに帰り着かず無くなった人が多数。
小さな子も多いので、たぶん未だ帰り着かずにさまよってるんじゃないかなと思う。


821 :可愛い奥様:2012/05/27(日) 17:14:57.95 ID:vUyOs4oV0
>>792です。
お坊さんに来ていただき、仏壇にお経をあげてもらい、こういうことがあってと相談しました。
お坊さんいわく、時折そういう相談があるそうな。
邪悪なものではなく、ご近所の魂が彷徨ってるんだろうし、
除霊とか追い払うことはあまり意識せず、平穏に暮らして欲しいとのこと。
お坊さんたちもことあるごとにあちこち廻り、念仏を唱えて成仏するよう導きまわっているみたい。
夫も、なるべく深夜ひとりで台所に立ったりしないで済むよう、極力付きそうと言ってくれた。

ねろてばさん

939 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/08/27 02:24
俺は今、都市部に住んでるんだけど、両親の実家は九州山地の奥。
そして両家とも宗家なんで、お盆と2月7~9日は帰省しなきゃいけない。
なんで2月の帰省が必要なのかは後で話すとして、
九州山地の奥で気づく人もいると思うけど、平家の落人の子孫なんだよね。
で、両家とも宗家だから実家には面白いものが沢山ある。
血のりの痕が残る5本の刀とか、片方の角が折れた兜や甲冑、
そして山肌をくり貫いて建ててある土蔵。
こいつがまた面白くて、普段は開けることはないんだけど、湿気がないんだよね。
じいじに聞けば、蔵の四隅に置いてある木彫りの像が、湿気から蔵を守ってるとのこと。
確かに四隅に体長3,40センチの狼のような像がある。(これは大したことないかもね)
蔵の中には古い木箱やら巻物やら、鑑定団に出せば面白いものがある。
これらにどんなことが書いてあるのか、どれだけの価値があるのか知らんけどさ。
ただ、この蔵には奥に続く下り坂があるんだ。
50mくらい下ったとこに、高さ3mで20畳の広間がある。(崩れないように壁・天井は補強してある)
水も壁の隙間から山から出てる?涌き水(湧いてるわけじゃないが)があり、飲める。
じいじが言うには「来る天変地異から逃れるために」、じいじの親父が造ったらしい。


944 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/08/27 02:45
しょせん先人の戯言にしか思ってない俺だけど、不思議なことがある。
あまり里には帰らないが、たまに帰ると決まって地震が起こる。
じいじはそれを当ててしまうんだよね。
「山が震ゆっけんが地が動きよるぞ」って言った1,2時間後には、大小さまざまだけど地震が必ず起こる。
なんでわかるのか聞いたら、「ご先祖さんが裏山を震わして教えらす」だってさ。
そんで、近い将来に大きな天変地異(地震だろうけど)が来るから、蔵の奥に防空壕だろうけど掘ってあるんだって。

あと、2月の帰省だが、
うちの古くからの習わしで、7~9日はご先祖様の供養のために、
地下壕で両家が(家が川を挟んで真向かいなんで)お備えものの前で踊る。
その踊りも奇怪なやつで、最初に書いた5本の刀の1本を地に刺し、(刺した周りに供え物)
一人が両手に刀を持ってうつ伏せになり這いずり回る。
もう一人が両手刀で這いずり回る人の周りを片足で回るw
これは両家の長(父の親父と母の親父)しか踊れなくて、俺ら親族はそれを囲むように座る。
この意味は、逃げてきたご先祖様がこの地にたどり着いた日がこの期間で、
その中で一番偉かった母の家系の人が死んだ日が2月8日だから。


949 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/08/27 03:09
昔(16,7年前)まではお供え物に山兎3匹を〆てたけど、今は果物になった。
ご先祖様は山兎の肉が好物だったかららしいけど、
俺ら子供たちはそれが可哀想で必ず泣いてたらしいから。(はっきり覚えてないけど)

そんでこの時期(7~9日)だけなんだけど、防空壕の涌き水が赤く濁るんだよね。この時期以外は普通なんだけどさ。
小さい頃から防空壕で遊んでた親父が言うんだから嘘じゃないだろう。
俺も赤く濁った水を見てるし、お盆の時に防空壕に行った事があるからその時期だけ赤く濁る。
赤土が混ざったのかもしれんが異様に赤いんだよね。
じいじ達は「ご先祖様のお水」と言って、出てる期間はその水しか飲まない。
健康に良いらしいが、さすがに俺ら孫や両親は飲まない。
でもじいじ達は両家共(じいじばあば4人)90超えてるし(うち二人は100超えw)、めちゃ元気だから、
その水のおかげかもしれん。(単に山の空気が良いだけかも)

ここまでかなり文足らずだが、天変地異の事を次に。
突込み所があればレスよろ、わかる範囲で答えます。

952 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/08/27 03:41
じいじが言うには、
「ご先祖様が、『東で大きか地震が4つあった後の2年後に、日本全土ば揺らすやつがくる』」と。
これはじいじのじいじが言った言葉で、その後に防空壕を作ったらしい。
そのうちの3つが関東大震災・福井地震・阪神らしくて、どうやら死者が大勢出た地震のことらしい。
こないだあった宮城のやつは違うとじいじが言ってる。
根拠は、この3つの地震が起こる前日の夜に、うちの裏山が薄い緑に光るらしいから。
山全体が緑に光るんだけど、これは集落の人達はみんな知ってて、「ねろてばさん」って言われてる。
ねろてばさんとは「寝なさい」の方言で、
山が光ると「ねろてばさんのこらした(寝なさいというお告げがきた)」とみんな言う。

脱線するが、この集落の子守唄は多分みんなが聞いてきたやつとは異質で、
「寝ろてばよ 寝ろてばよ 目ん玉でんぐりがえして 寝ろてばよ(繰り返し)」
詳しいことはわからんが、ねろてばさんと関係してることは間違いない。
俺が思うにねろてばさん=大地震だろうから、
光ったら目をひっくり返す勢いで寝なさい、そうすれば大した恐怖も味あわないで死ねる。

元に戻るが、どうやら最後のひとつは今後必ず来る東海地震だと思う。
いつ来るのか、どれだけの被害を出すのかわからないが、
その2年後には日本の存続を揺るがす大地震がくる(らしい)。
俺は半信半疑だがじいじが真剣な物言いなんで、じいじ孝行のつもりで聞いてる。

そして、日本を壊すほどの大地震は、2月7~9日にくるらしい。
それもあるから、その時期に実家に帰るようにじいじ達が言うんだが、
それって俺達だけ助かるようになるのかと、ご先祖様の人でなしさに?なのだが。

955 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/08/27 03:50
とんでもねぇ話だなぁ。 夜更かしした甲斐があった。
しかし4つの地震のあと大地震とゆうお告げは、じいじのじいじが語ったそうだが、
その人は何者?特殊な能力とか持ってたのか?
爺さんの爺さんのことなんか判んないか。。。


956 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/08/27 03:58
>>955
確かにとんでもない話だよw
信じれと言われても無理だろう。
俺も日本を壊すくらいの地震なんて信じてないけどね。
じいじ×2のお告げは夢枕だから、大した力なんてないと思うよ。
ただ、じいじが地震を予知するのには正直すごいと感心する。
俺もその場にいるけど、山が震える感覚なんて感じないもん。
あと、さっきまで庭の畑にいたのに気づいたら川向いにいる、とかはけっこうある。
いくら元気と言っても、数秒の間に何十mも移動してるんだもん。これは4人ともやらかすけどねw
地震の予知は母方のじいじだけ。

958 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/08/27 04:41
>>952
なぜ阪神大震災が東の大きい地震にカウントされる


960 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/08/27 04:47
>>958
952じゃないが、九州から見れば阪神は東だと思われ


961 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/08/27 05:19
>>956
宗家同士の結婚と言ったら、椎葉か那須なわけだが…
知ってる人間がこのスレ見れば個人が特定されるわけだが…
ペラペラしゃべって大丈夫か?


962 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/08/27 05:41
>>961
するどいなぁ
椎葉は知らんが那須はいい線いってるよw
うちの集落に椎葉姓はいないと思う。
ネットやってるの俺だけだし、ましてや山奥の宗家なんて・・・
それにあそこ一体は広いし(五木・泉)、うちの両家は電話帳に載せてないし大丈夫だよ。
口止めされてるわけじゃないし。
この板でも読んだ人の何割がこんな話信じる?
別に俺が特定されても問題ないしね。

>>958
>>960のいう通りです


967 :噂好き:03/08/27 07:08
貴方もしかして大富豪?


970 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/08/27 12:44
すごいですね。
血糊のあとが残っている五本の刀ですか。
私、居合いをやっているんですが、血糊が残っていて錆びないのが凄い。
なにか特殊な金属でつくられているか、または蔵に特殊な磁場が発生しているのでしょうか。


974 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/08/27 13:11
志村ケンがコントで子守唄を歌う時
「ねーろてーばよー」だった気が…(((゚Д゚)))


992 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/08/27 15:14
東の地震って東京の事なの?
そろそろ来ると確定されてる宮城県沖地震じゃなくて?

や、宮城県民なので怖くてね・・・
東京ならいいや、ってわけでも無いのだがね。
弟夫婦住んでるからそっちであっても心配でつ。
山が光ったら教えて下さい、マジで!!


994 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/08/27 15:31
「狗神」読んだときみたいにぞくっとする話しだった。
もしかしてまわりの村から恐れられてたりしませんか?


表に出てない、あなたの知ってる「ヤバイ」話2。

15 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/08/27 16:32
志村けんの番組のコント内で優香が、
「寝ろてばよー寝ろてばよー めんたまでんぐりがえして寝ろてばよー」
を歌ってたのを思い出した。


33 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/08/27 21:38
ねろてばさんの人、あなたの故郷の村って、西南戦争の舞台だったあたりじゃない?

37 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/08/27 22:17
>その中で一番偉かった母の家系の人が死んだ日が2月8日だから
(中略)
>そして日本を壊すほどの大地震は2月7~9日に来るらしい

こじ付けだと思うんだけどなあ


43 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/08/27 23:08
前スレ>>967
中の上くらいだと思うけど大富豪なんかじゃないです

前スレ>>970
言われてみればそうだね。だけど剣先に残ってるんでしょうがない。あと握る所(柄?)にもついてるよ。

前スレ>>974 今スレ>>15
知らなかった。あの人って東村山出身だよね。
あっちにも同じ子守唄があるんだね。てっきり九州の方言子守唄だと・・・
本州にも落人の里ってたくさんあるらしいから、それ繋がりなのかな。
ニュアンス的には、
「ねぇろてばよっ ねぇろてばよっ めー(ん)たぁまでんぐっがぁして ねぇろてばよっ」
()内の「ん」は、発音するかしないか微妙な感じ。

前スレ>>992
九州なんで日本全土が東になるね。こんな曖昧な表現ないよなw
前スレ>>952で俺が書いた『最後のひとつは東海地震』ってやつは俺の感なんでw
宮城や東海みたいな確定されてる地震が起きて、それに触発された他の地震が2年後にということじゃないかな。
ただ何度も言うけど、俺は信じてない(信じたくない)から。

前スレ>>994
恐れられてるとは思わないな。親類はひとつの村だけじゃないからね。
その周辺の市町村にもいるし(姓も色々だが)、感じたことはないよ。


44 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/08/27 23:08
>>33
田原坂近辺のことを言ってるのなら違うよ

>>37
そうだね。俺もこじ付け以外の何物でもないと思うよ。
でも、そんなもんじゃないかなぁ。
ノストラダムスの1999年もキリが良すぎるでしょ。
でも、自分のとこのご先祖様を奉ってるんだからそんなもんでしょw

何度も書いてるけど、俺自身は信じてないから、深刻に考えなくてもね。(そんな人いないかw)
ただ、じいじの不思議な力と光る山 子守唄などの面白い出来事や継承を伝えたかった。
それだけと言ったら「だったら書くなよ」と言われそうだけどね。
こういうことを信じてる落人の子孫とお年寄りがいるってことです。


67 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/08/28 00:43
>一人が両手に刀を持ってうつ伏せになり這いずり回る
>もう一人が両手刀で這いずり回る人の周りを片足で回る

これは当時の逃げる様とかなんだろうね。

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