織田信長の重臣では、一番の智将と知られた明智光秀が、本能寺後の計画があまりにも無策であったように思います。主君信長を討った後、豊臣秀吉、柴田勝家、徳川家康など、信長の家臣や有力大名との武力衝突が起こるのは、目に見えていたはずなのに、秀吉と戦った山崎合戦では、自前の兵力1万3千のみで戦っています。

光秀の娘婿の細川忠興、盟友の筒井順慶に本能寺の変後に、味方するよう伝えて叶わなかったとありますが?信長を討つ程の大計画なのに、下準備として最低左記2名とは『密談』が出来上がっていなければならない筈です。

出典明智光秀=天海説が面白い!かごめかごめに隠された暗号とは? | TiPS | 漫画・アニメがもっと楽しくなる情報メディア

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歴史的ロマンを感じさせる明智光秀=天海説 信憑性は高い?単なる都市伝説?

松尾芭蕉が服部半蔵など歴史上の人物が入れ替わって生存していたという説は、日本史が好きな人以外でも惹きつけられる話です。そのなかでも本能寺の変を起こし信長を討った明智光秀が側近として江戸の発展に関与した南光坊天海だったという説は今なお論争が繰り広げられるほどです。これは単なる都市伝説とは思えませんね。

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