「僧正(そうじょう)」というのは、僧や尼をまとめたリーダーの立場、とでも言っておきましょうか。そんな立場だった天海は、江戸幕府初期には徳川家康の側近として「黒衣の宰相」の異名をもっていたそうです。

出典江戸初期の僧「天海僧正」の正体は明智光秀なのか? ~ 表裏一体の謎に迫る | 戦国ヒストリー

前へ 次へ

この情報が含まれているまとめはこちら

歴史的ロマンを感じさせる明智光秀=天海説 信憑性は高い?単なる都市伝説?

松尾芭蕉が服部半蔵など歴史上の人物が入れ替わって生存していたという説は、日本史が好きな人以外でも惹きつけられる話です。そのなかでも本能寺の変を起こし信長を討った明智光秀が側近として江戸の発展に関与した南光坊天海だったという説は今なお論争が繰り広げられるほどです。これは単なる都市伝説とは思えませんね。

このまとめを見る