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この記事は私がまとめました

miya1224さん

華厳の滝

友人が実際に体験した心霊に関する不思議な話です。
友人が行きつけにしているバーは、ほとんど常連のお客さんしか出入りしないため、その日の来店客もほとんどが顔見知りな状態でした。

その中で女の子の友人たちが、先日、栃木県の日光の観光地に温泉旅行に行ったときの写真を広げて見ていたのです。

「変なの」

と言って見せられた写真は、3人の女の子が名所である華厳の滝をバックにそこの管理人さんに写真を撮ってもらったものでした。
変だったのは3人の女の子の足の部分に、もう一本知らない足が写り込んでいたことでした。

靴下や靴の感じもどこか時代遅れで、とても違和感を覚えました。
結局その写真はマスターがお祓いに持って行くねと、引き取ったそうです。

数週間して店を訪れた時に、どうなったか聞いたところ、すっかり忘れられていた写真が酒瓶の間から出てきました。
そして、驚いたことに写真には明らかに滝の部分に以前にはなかった陰がうっすら出来ていて、しかもそれが顔のように見えて、とても不気味だったそうです。
マスターは

「滝霊王じゃない?」

と気にしませんでしたがとても不気味な雰囲気に彼女は気になったそうです。
帰ってから華厳の滝について調べてみるとその滝壺は、全国心霊スポットMAPや関東心霊スポットのサイトなどで頻繁に取り上げられる心霊スポットだったんだそうです。

さすがに3度目に聞いた時に忘れられていたことに呆れてしまいましたが、写真に写っていた女の子の友人も一緒に写真を見返すことになりました。

長い間忘れられていた写真の中には、滝の中一面顔のような模様が浮かび、水はどす黒く濁ってうつっていました。
女の子の友人は霊感があるらしく、

「この写真は危ないから私が引き取ってすぐ処分する」

と言って受け取ると、すぐにお祓いに持って行ったそうです。
お祓いした先では、この写真には自殺した方の霊が写っていて、持っていては危なかったと言われたそうです。

三度も心霊写真が変化していく行程を目の当たりにした友人は、さすがに恐怖だったと話していました。
やはり自殺者の霊だったのでしょうか。

関わった全ての人に何事もなくて何よりだと思いました。

滝の渦 動画に写ったもの

私の友人S君が所属している某テレビ番組制作会社。ここに所属しているカメラマンAさんと、そのS君の話である。

数年前の夏のこと。栃木県内にある有名な滝へロケーションに行った。

カメラマンのAさん。彼は常日頃から心霊だの超常現象だのに非常に魅せられていた。

彼はカメラを滝に向けた時、ここは自殺の名所、心霊写真が写ると有名な場所だと気がついた。(もしそういうことが本当なら、これに写れ、写れ、写れ、写れ……)とビデオカメラのファインダーを覗き込みながら、Aさんはずっと心の中で念じつづけたのだ。

翌日、都内のスタジオで、AさんとS君はビデオテープをチェックしていた。

例の滝を撮った何十秒かのショットを再生した時だ。

カメラが回って数秒後、どんどんと落下する滝の水の上に渦ができだした。その渦が、まわりの水や水しぶき、それに当日はなかった白い霧のようなものをどんどん巻き込み、見る見る大きくなっていく。やがてその渦の中に、ひとつ、ふたつ、みっつ……ともやもやとした人の顔が見えだした。

その滝の渦中に、いろいろな顔がどこからともなく集まって増えていく。男、女、若いの、年配らしき顔……。

何十という顔が結集したかと思うと、渦全体が、ひとつの大きな顔になった。

「うわっ!なんだこれは!」

その叫び声に、なにごとかと集まったスタッフたちも、それを見てわが目を疑った。

至急、テレビ局のチーフプロデューサーに来てもらった。

ところが、これを見たプロデューサーは、あまりに壮絶な映像に、「これは誰にも見せてはならない」と判断して、そのビデオテープは処分したという。

私の友人S君が所属している某テレビ番組制作会社。ここに所属しているカメラマンAさんと、そのS君の話である。

数年前の夏のこと。栃木県内にある有名な滝へロケーションに行った。

カメラマンのAさん。彼は常日頃から心霊だの超常現象だのに非常に魅せられていた。

彼はカメラを滝に向けた時、ここは自殺の名所、心霊写真が写ると有名な場所だと気がついた。(もしそういうことが本当なら、これに写れ、写れ、写れ、写れ……)とビデオカメラのファインダーを覗き込みながら、Aさんはずっと心の中で念じつづけたのだ。

翌日、都内のスタジオで、AさんとS君はビデオテープをチェックしていた。

例の滝を撮った何十秒かのショットを再生した時だ。

カメラが回って数秒後、どんどんと落下する滝の水の上に渦ができだした。その渦が、まわりの水や水しぶき、それに当日はなかった白い霧のようなものをどんどん巻き込み、見る見る大きくなっていく。やがてその渦の中に、ひとつ、ふたつ、みっつ……ともやもやとした人の顔が見えだした。

その滝の渦中に、いろいろな顔がどこからともなく集まって増えていく。男、女、若いの、年配らしき顔……。

何十という顔が結集したかと思うと、渦全体が、ひとつの大きな顔になった。

「うわっ!なんだこれは!」

その叫び声に、なにごとかと集まったスタッフたちも、それを見てわが目を疑った。

至急、テレビ局のチーフプロデューサーに来てもらった。

ところが、これを見たプロデューサーは、あまりに壮絶な映像に、「これは誰にも見せてはならない」と判断して、そのビデオテープは処分したという。

日光白根山の菅沼ルート

3月、冬の日光白根山に菅沼ルートから単独で登った時の話。

その年は積雪量が多く、2mくらい積もってクラスト(※雪の表面が氷のように固まった状態)し、
良く締まった冬道に、昨日僅かに降った新雪が2~3センチ積もった状態。
風は殆んど止んで気温は-12℃の快晴。
午後の日差しで雪が緩み、雪崩の危険が高まる前に下山したかったので、
深夜2時にヘッドランプ点けて完全冬山装備で登り始めた。

ギュッギュッと新雪を踏み締める音と、
クラストした雪にカチッと食い込むアイゼンの感触を楽しみながら順調に歩を進めていると、
やがて前方に先行する登山者のヘッドランプの明かりが見えた。
冬道ならではの谷間の緩い傾斜で、100mくらい先をユラユラと登っている。
暫く先行者の後を追う形で、見え隠れするランプの微かな明かりを確認しながら登っていたが、
弥陀が池手前の急斜面に差し掛かった所で奇妙な事に気付いた。
こちらが歩を早めても緩めても、その差は開きも縮まりもせず、常に一定距離を保っている。
満点の星空だったが新月で月明かりは無く、自分の20ルーメンのランプでは先行者の様子はわからなかった。
試しに「オーイ!」と声を掛けてみても何の返事も無く、ランプの光点だけがユラユラ揺れている。
「何かおかしい‥」
登りながらずっと感じていた漠然とした不安が確信に変わったのは、
新雪の上にあるはずの先行者のトレースが全く付いていない事に気付いた時。
振り返ると自分の足跡とピッケル跡だけがクッキリと残っている。
ゾクッとした。
考えてみればこの冬道は他のルートからの合流など無く、駐車場にも自分の車しか無かったはずだ。
「これは‥まずいな」
状況を理解すると次は本能的な恐怖が込み上げてきて、俺は慌てて来た道を引き返し始めた。
ずっと後ろを振り返らず、一心不乱に下山してやっと車まで引き返した所で登山口に目をやると、
ずっと後方であの明かりがユラユラ揺れながらこちらに向かって近付いて来るのが見えた。

車を沼田市街に向け、途中のコンビニ駐車場で夜明けを待ったが、結局その日は再度トライする気になれず帰宅した。

日光の中禅寺湖にあるホテル

602 :もしもし、わたし名無しよ:2008/12/22(月) 00:39:51
日光の中禅寺湖にある、昭和天皇様もお泊りになられたホテルでの事…

宴会場にいたら、何か後ろに見られてる気配がした。
変な例えだが、この世のものではないみたいな雰囲気だった。
ふと見ると、ガラス箱に入った女の子の和人形があった。
可愛いな…と思った瞬間、怖い気は消えて優しい雰囲気となった。

あれから今でも夜中に、暗い廊下や窓の外から「うふふ」と声がする。
さっきも2回聞こえた。


637 :602です:2008/12/23(火) 01:35:47
皆さん 御心配して戴いてありがとうございます。
ですが僕自身は、さほど怖さは感じないのです。
実は笑い声を録音してみましたが、ガリガリと何かを引っ掻くような音しか入ってませんでした。
(古い携帯なのでノイズでしょうか?)

変った事といえば、左右隣りが同じ週に引っ越してしまった事くらいです。

今夜は廊下をコツコツ歩く音と、玄関から「うふっ」と一回だけ聞こえました。


638 :もしもし、わたし名無しよ:2008/12/23(火) 01:49:41
なんだネタだったのね、安心したよ。
オカルト板にいった方が喜ぶ人多いと思う。
というか既に人形じゃないからこれ以上はスレ違いです。


648 :もしもし、わたし名無しよ:2008/12/23(火) 11:30:05
ここに来るの久しぶりだったので602さんのから読み返してみた。
ホテルってKホテル?だったらあそこは出るので有名。
某女性作家が友人と泊まりすごく怖いめにあった話を、エッセイで読んだことがある。
歴史がある高級ホテルだから私も泊まってみたいけど…

649 :もしもし、わたし名無しよ:2008/12/23(火) 11:42:23
>>648
その話は日光のほうでしょ?
602は中禅寺湖なんだから別の建物だよ


650 :もしもし、わたし名無しよ:2008/12/23(火) 11:56:54
K谷ホテルでしょ?
日光にも中禅寺湖にもあってどちらも出るw


651 :602です:2008/12/23(火) 12:43:13
皆さんお騒がせしてすみません。
確かにネタと感じられても仕方ない、どうしようもない話ですよ。
友達も泊って確認するまでは笑ってましたから。

K谷でなくS荘なんです。

ここの人形は、一年に20cm以上も髪が伸びる事でも有名だったらしいです。
こういった人形の髪は、切るのに専門の神主さん?がいるみたいです。

実は今日の午前中に、事前にS荘に事情を話して聞いた日光の神社に行き、御祓いを受けました。
ここは一年に一度、必ず人形を預ける所で、相性の良い男の神様が奉られている神社だそうです。
今回のように御祓いを受けたのは自分が初めてではないらしくて、
事情を話しても「あ~ またですか」みたいな感じでした。

真岡署益子交番連続自殺

2007年12月13日

2007年12月13日午前6時頃、栃木県益子町益子の真岡署益子交番の2階仮眠室で、
この交番に勤務する同署地域課の巡査(23)が、
腹部から血を流して死亡しているのを、同僚の巡査部長(59)が発見した。

畳の上に拳銃が落ちており、枕元に
「迷惑かけてすいません 拳銃で自殺したことごめんなさい」
というボールペンの走り書きがあった。
巡査は寝たまま撃ったとみられ、弾丸はへその脇から体を貫通、畳にめり込んだ状態だった。
死因は失血死。

巡査と巡査部長の二人は、13日午前2時に仮眠を終えて警らに出る予定だった。
しかし、巡査が「腹の調子が悪い」と申し出たため、巡査部長は一人では警らできないことから
午前3時25分頃から、真岡署の当直勤務を応援するため交番を出ていた。


2008年2月10日

2008年2月10日午後5時頃、栃木県益子町益子の真岡署益子交番の2階トイレで、
同交番で勤務中だった巡査長(27)が右側頭部を拳銃で撃って自殺しているのを、
同僚の巡査部長(60)が発見した。

トイレ内には「自分は弱い人間です。生きていくことに疲れました」と書かれたメモが残されていた。
自殺した巡査長は2006年3月から同交番で勤務。
昨年11月から、家庭内の悩みを上司に相談していたという。

栃木県那須塩原市にある旅館「お〇るりグループ」での出来事

三年ほど前に私の母と、

私の主人と子供達で泊まった旅館での話です。

家族の予定が中々合わず、直近での予約になってしまいました。

予約する時に確認するとまだ空室もあるような状態で、

周りにある旅館は何処も満室だったのにと少し不思議に思いましたが、

価格も土曜日とは思えないような安さで、

これで朝、夕食べ放題なんて驚きながらも予約しました。

予約した旅館は色んな所に点在するグループ旅館でした。

その旅館は経営難でグループ会社に売られ、

昔見た時とは違う名前で営業されていました。

当日3時のチェックインだったので、それに間に合うように着きました。

あまり整備が整っていない駐車場に駐車し、

荷物を運びながらフロントに行きエレベーターで六階まで上がり部屋まで案内してもらいました。

部屋に行くまでに何人かの老人の方々とすれ違いました。

私の母は、この旅館は安いから老人会でも使われているのかなと言いました。

部屋に着き一息着いてから、浴衣を持って皆で浴場に向かいました。

主人に40分後くらいに出る事を伝え浴場のドアを開けました。

私の母と子供がいるのみで誰もいませんでした。

私達は貸し切りだねと喜んでゆっくりと温泉に浸かりました。

その後ゆっくり入っていても誰かが入ってくることはありませんでした。

入浴を終え、自販機で飲み物を買いながら部屋に戻り夕飯の時間まで寝てしまいました。

少ししてから子供たちに起こされ、バイキング会場に向かいました。

そこには沢山のお年寄りがいて、各々が自分のお皿に沢山食べ物を詰めていました。

やっぱり入浴には体力も使うから、みんな夕飯を食べてから

就寝する前に入浴をするのかなとぼんやり考えた事を覚えています。

お腹がいっぱいになった私達はまた部屋に戻り、

子供達はゲームを始め主人と母と私は部屋に備えてある

小さなテレビを見てゆっくりしていました。

そうこうしているうちに子供達は眠ってしまい、

主人は子供達がいるので残って待っていると言ってくれたので、

その言葉に甘え私と母は寝る前にもう一回入浴してくる事にしました。

もう遅い時間になっていたので、

誰もいないかもねと話しながら浴場に向かいました。

脱衣所は案の定ガラガラで誰もいない様子で、

浴場を覗いて見るとやっぱり誰もいませんでした。

入浴していると、昼間と打って変わって周りは真っ暗で何となく気味悪さを感じました。

それまで色々と話していた母も少しずつ口数も減っていった様に感じます。

そのうち私たちは無言になってしまいました。

時計を見るともう深夜一時を過ぎるころでした。

もう結構入っていたからそろそろ出ようかと話し、

私達はそそくさと身支度を整え部屋に向かいました。

部屋に向かう途中のエレベーターで、先に母が入り私が閉めるボタンを押しました。

しかしいくらボタンを押しても何度も途中で開いてしまうのです。

それはまるで目に見えない何かがそこにいてドアに挟まっているかのようでした。

何度も何度も閉まるボタンを押し、もう次も開いてしまったら、もう6階まで階段で行こうと母に話した時、やっとエレベーターの扉は閉まりました。

私達は何とも言えない冷や汗をかきながら部屋に戻りました。

主人は携帯をいじっておりまだ起きていたようで、こうゆう事があったんだよと私は母と一緒に主人に話しました。

すると主人は、そういえば1時過ぎに救急車のサイレンの音が

聞こえたよと言うのです。益々私たちは怖くなりました。

でも浴場からここに戻ってくるまでに私たちは誰にも遭遇していません。

何だか気味が悪くなり布団をかぶり寝てしまいました。

次の朝、朝食のバイキング会場に向かうと、

男性側の浴場は清掃中で入れませんと書いてありました。

母と私は、浴場で男性が体調を崩し、

救急車で運ばれるも亡くなってしまい、

でも男性は亡くなった事に気づかずに部屋に戻ろうとエレベーターに

乗ろうとしていたのではないかと考えずにはいられませんでした。

そんな出来事があってからは、安い旅館や人気のないところには行かなくなりました。

深夜の入浴もやめました。

小豆洗い

鬼太郎などで有名な小豆洗いだが、おれの地元の栃木北部の農村の山河にも随分昔から目撃例がある。
コミカルなイメージの妖怪だが、こちらは洒落にくらい恐れられている。
地元民が釣りや川遊びで賑わうスポットだが、ある一角の河川敷は絶対に立ち寄るなとひい祖父さんや祖父さん、親父から教わった。
小豆洗いが川沿いに現れ、音に誘い出された人間を川に落として死なせるという噂だ。
実際、当時中学生だった俺の親父と同級生達は、ジャリジャリジャリジャリという音を聞き、恐れおののいたという。
静止を振り切って二人の少年が、妖怪を一目見ようと音の鳴るほうへ駆け寄った。
結果一人は川に流され行方不明。おそらく滝壺まで堕ちたのではないか。
生き残ったもう一人によれば、音の鳴る場所へたどりつくと、背丈の小さな四人の老人が笑いながら桶に入ったなにかをかき混ぜていたという。
少年に気づくと、四人が揃ってこちらを振り向き睨んだという。
その瞬間金縛りにあったかのように身体が動かなくなり昏倒し、頭をぶつけて気を失ったという。
もう一人の少年については不明で、気を失う前にバシャンという音を聞いたとの証言から川に落ちたと推測され、
随分長いこと捜索されたが結局発見されず、滝壺まで流されたと結論づけられた。
当時の学校から自治体まで厳戒態勢でその場への立ち入りをきつく禁じ、その後は不幸は起きていない。

一度、某大学の民俗学の助教授が研究で視察に来たことがある。
結局、流れの強い河川敷の一角で、足をとられて流されやすい。
それにその場所は通常の流れとは微妙に異なり、その区域の川音が違う何かと誤認識しやすいのではないかという結論だったという。
しかし、小豆洗いの伝承は地元では随分昔から言い伝えられたものであり、
その四人の老人の目撃談 は強烈なインパクトを残し、今でも恐れられている。

おれは結局小豆を洗う音を聞くことがなかったが、おれの同級生や今の小学生に至るまで音を聞いたという話はあとを絶たない。
いつか真相を知りたいと思うが、恐ろしくてその河川敷には近づきたくない。

人工沼の埋め立て

140 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2016/07/04(月) 23:20:17.15 ID:A9gOuLs/0.net
3年前に山に囲まれた大きめの沼の埋め立てを請け負ったんだけど、人工沼で周りも人工湿地帯だったのね。
まずは水抜しないと重機入らないからって事で、バイパス作って抜いた訳。
沼の中央に祠があるのも気持ち悪かったんだけど、
水抜が終わる頃に、よくお墓にある戒名とかが書いてある木が底からめっちゃ立ってたの。
で、俺らが唖然としてたら、いつの間にか神主が大勢来ててお祓いみたいのを始めた。
何も聞いてなかったし、工事始められないから揉めたんだけど、「取り合えず今日は帰ってくれ」の一点張り。
仕方がなく撤収したんだけど、工事が再開されたのは3日後になった。
埋め立てはすんなり終わったんだけど、その後に神社へ連れていかれて全員お祓いをされたんだ。
それで帰りにお札と御守りを渡されて、「何かあったら直ぐに知らせて欲しい」ときた。
俺らもちょっとキレてきて文句言おうかって雰囲気になったんだけど、周囲をジジババが囲んでてずっと睨んでるの。
結局監督が話つけるからって事でみんな帰って行ったんだけど、監督はそれから音信不通。
意味が分からないだけに未だに怖くて仕方がない。


141 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2016/07/04(月) 23:24:19.27 ID:jYFnfZau0.net
>>140
祠と卒塔婆があるってなんかこえーな。


142 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2016/07/04(月) 23:30:10.65 ID:A9gOuLs/0.net
>>141
只の埋め立てって聞いてたからね
俺らは下請けだから、監督か営業が詳しい話きいてたのかもしれんが
神社に集まってたジジババも100人くらい居たんじゃ無いかな~
気持ち悪かったから温泉地だったけど速攻帰ったよ
しかも御守りとお札どーすればいいの?って感じ


143 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2016/07/04(月) 23:31:23.41 ID:h0M3eytI0.net
>>140
場所教えて興味深い


144 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2016/07/04(月) 23:53:13.42 ID:A9gOuLs/0.net
>>143
栃木の温泉地
ちょっと待ってて度忘れした
御守りに神社の名前あったか見てくる


146 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2016/07/05(火) 00:04:11.13 ID:2RdJmWeE0.net
御守り無くなったw
どこしまったんだっけ
んーと、なんちゃら宿って地名だった
なんとか川なんとか宿?
すまぬ…

猫の祟り

490 :本当にあった名無し:2009/05/11(月) 15:42:18 ID:5NQ9JxBy0
小さい頃、栃木のド田の祖父の家に住んでた。
じいちゃんと一緒に散歩してる時に、うちの家系に伝わっている祟りの話をきいた。
それから猫が飼えなくなった。
ごめんよ本当にごめんよ‥ぬこ。

494 :本当にあった怖い名無し:2009/05/11(月) 19:07:20 ID:gD06vgna0
>>490
詳しく

498 :本当にあった怖い名無し:2009/05/12(火) 10:07:24 ID:TmALmDU80
>>490 ちょ、ネコの祟りって何があったの?
話題だけふっておいて逃げんな~


499 :本当にあった名無し:2009/05/12(火) 15:19:17 ID:MoB/dE7z0
>>490だけど話振り逃げごめんね>>494>>498

ぬこ大好き人は読まないほうがいいかも。
これが、俺が聞いたうちの家系の猫の祟りの話。

むかし男の子が、正月で使う餅つきの臼が出したままになっていたので、その臼ときぬで遊んでいた。
なにか他に楽しいことは無いかなと考えた時、たまたま家の前によく太ったぬこが寝そべってた。
子どもは嫌がるぬこを無理やり臼に入れて、興味本意で‥臼を使ってねこをきぬで潰したと‥。
その猫は埋められもしないで、ただ山に捨てられた。
親はその事をまったく知るはずも無く。

それからしばらくして、男の子の容態が急に悪くなり、人が変わったようになり夜中にうめきちらす。
あまりにも不審に感じた親は、拝み屋を呼んで話を聞くと、猫の霊が降りてきたらしいんだ。
それは母猫で、
「もうすぐ生まれそうだったのに‥産みたかった、産みたかった、許さない、許さない口惜しい。
 呪ってやるおまえたちを7代先まで必ず呪ってやる」

それから子供が不自然死をしたり、幼い子がバタバタなくなったり‥
もっとあるんですが割愛。

500 :本当にあった怖い名無し:2009/05/12(火) 18:26:19 ID:eIfkEc9RO
今何代目?
猫は飼いたくてもそもそも縁がないかもな
しかし猫をつくか…orz


510 :本当にあった怖い名無し:2009/05/13(水) 12:29:39 ID:5QYA0boNO
>>499
そのぬこを潰した臼&杵のその後が気になる。


511 :本当にあった怖い名無し:2009/05/13(水) 13:16:46 ID:6tsgtcwo0
>>499 そりゃウツな事だったろう。お話あんがとね。
そういう場合今後、動物や昆虫に対し殺生せずに優しくすると運が上向くから、
じいちゃんの話も教訓のお触れだったのかもね。
2chソースの話で信憑性無くてスマナイが


514 :本当にあった名無し:2009/05/13(水) 15:28:42 ID:ro/Pw+/a0
>>500>>510>>511
その後臼がどうなったかは聞けなかった。
一応供養はしたのだろうか‥

猫や蛇は、動物のなかでも特に嫉妬深く覚えてて、
後々まで祟るから絶対に酷いことはするなって、じいちゃんがいつも言ってたな。

いま7代目。本当に7代で途絶えるよ。
じいちゃんが6代目なんどけど、
じいちゃんの息子(叔父さん)がやっとできた男の子だったから、それはもう可愛がってたらしい。
でも、あとあと段々おかしくなって。
なんでも、小さい時に受けたワクチンが源因で心臓が十五分も止まって、その後遺症で脳に障害がの残って、
成長するにたがって、いきなり倒れる、癲癇で、普通の生活ができなくなって、暴力も振るいだしたみたい。
ばあちゃんは本当は悪くないのに、「何でこんなふうにしたんだ」って散々責めて責めて暴力ふるって。
おばあちゃんも全国の病院必死で歩きまわって、なんとか治してあげたかったみたいで。
だけど、じいちゃんもばあちゃんを責めて‥
散々責められ、全部自分の責任だと思いつめてたおばあちゃんは自殺。しかも、農薬で散々苦しみながら‥。
今、叔父さんは閉鎖病棟にいるよ。

実話だけど暗い話でごめんね。

本当に7代目で家系が終わる、やっぱり因果かなって思っちゃうよ。
ほかにも家にはまじないとか色々伝わっていて、じいちゃんが教えてくれたな‥

お稲荷さまと龍神さま

四三、四年も前のことだが、海野真由美さんは母の実家がある栃木県で土砂崩れに遭いかけた。その出来事を海野さんはこう語る。

──物心ついた頃から思春期に差し掛かる前までは、母の田舎に行くたびに近所の子たちと山のお稲荷さんや防空壕でよく遊んでいました。

母の実家から表に出ると、畑や田んぼの向こうに小高い丘が見えました。この丘を、ここら辺の人たちは皆〝山〟と呼んでいたんです。

山の麓に村の共同墓地があり、墓場のそばにお地蔵さんたちが並んでいて、そして、山の天辺には小さな稲荷神社がありました。私の母が子どもの頃までは、このお稲荷さんで村のお祭りが開かれていたそうです。

私が行くようになってからは、もうそこではお祭りはやっていなくて、鳥居と祠があるだけの、誰もいない、寂しいお稲荷さんになっていました。祠の前に狐の石像が建っていて、中には瀬戸物の狐が幾つかあったと思います。祠に神さまがいるんだということは、なんとなくわかっていて、私たちは遊びに来ると、その度に、持っているオヤツを少し取り分けて、「お狐さん、一緒にたーべよ!」って、祠の前に置いていました。

もう一つのお気に入りの場所だった防空壕は、正確には防空壕の跡で、お稲荷さんから少しだけ山を下ったところに掘られていました。奥行のある横穴で、お稲荷さんで遊んでいて雨が降ってくると、ここに駆け込んで雨宿りをしながら遊びました。私たちは防空壕のことを〝秘密基地〟と呼んでいました。

五歳になったばかりの夏のその日、私たちはお稲荷さんで遊んでいました。私を入れて七人で缶蹴りをして……。

でも、しばらくしたら雷が鳴りだして雨も降ってきたので、いつものように秘密基地に避難したんですよ。中に駆け込んだときには、雨足は相当、強くなっていて、今で言うゲリラ豪雨みたいになっていました。だから雨がやむまでここにいようと話し合って……どのくらい経ったかわかりませんが、地面に棒きれや小石で絵を描いていたところ、ふと、奥の方に青白い火の玉が二つ、ユラユラしていることに気づきました。

呆気に取られて見ていたら、火の玉の真下に、牛若丸みたいな白い衣裳を着た私と同い年ぐらいの男の子が二人、いきなりパッと現れて、

「ここは危ないよ」

「龍神さまが危ないって言ってるよ」

と、真剣な表情で口々に私に訴えかけるんです。

だけど、その子たちの格好がとても変わっていたので、最初はポカーンと眺めていました。

さっき牛若丸って言いましたけど、ずっと後に学校で習って、水すい干かんという平安時代や室町時代の着物を着ていたのだとわかりました。二人の男の子たちは真っ白な水干を身に着けて、おまけに耳が動物のようでした。白くて短い毛にみっしりと覆われていて、三角形で大きくて……なんとなく狐っぽかった。

怖い感じはしませんでした。ただ、だんだん必死なようすになってきて、

「逃げて!みんなで早く逃げてよ!」

「龍神さまがこの山は危ないって教えてくれたから、急いで、急いで!」

こんなふうに、なんべんも繰り返すもんだから、私もついにハッとして、他の子たちに「ここは危ないってお狐さんたちが言ってるから、逃げよう!」と注意をうながしたんです。

でも、他の六人の子たちには二人の姿が見えないようでした。「え?どこに?なんにもいないよ!」って最初は笑われました。だけどその間も不思議な白装束の男の子たちは、「逃げて、逃げて」と騒いでいたから私は困ってしまって泣きそうになりながら、「言ってるもん!そこにいるもん!」と頑張りました。

すると七人の中で一番年かさの……たぶん一〇か一一くらいのお兄ちゃんが、「こんな小さい子が嘘をつくわけがないから、きっと本当にお稲荷さんが知らせに来たんだ」と他の子たちをたしなめてくれて、「山を下りて家に帰ろう」と言ってくれたんです。

そこで私たちは全員、秘密基地を出て、激しい雨のなか、山を駆け下りました。

山の麓のお地蔵さんや墓地のそばを走りぬけて、田んぼのあぜ道を列になって駆けていたときです。後ろの方で、ドーンと大きな音が鳴って地響きがしました。

龍神さまが言ってたことが起きたんだと思いましたよ。全員声を揃えてワアッと叫んで、そこからは七人とも猛ダッシュで……。

村の入口でてんでに分かれて、それぞれの家に駆けこんだはずです。そして、私だけじゃなくて、他の六人も、家に帰ってすぐに、秘密基地での出来事と大きな音がしたことを家族に話したようですね。

それから間もなく、七人の子どもたちの家族が電話で連絡を取り合ったりして、めいめいの家の親が申し合わせて、雨の中、お稲荷さんの山を見に行きました。

そうしたら山で土砂崩れが起きていた、と。

危ないので、親たちは山の中までは入れませんでした。その後で、消防署や役場の人たちが調べてみたら、私たちがいた秘密基地──防空壕の跡は完全に土砂に埋まっていたそうです。

だから、これはお稲荷さんに命を助けてもらった話です。子どもたちがしょっちゅう遊びにきて、いつもお菓子をお供えしてくれることが嬉しかったんでしょうね──

──以上が海野真由美さんの体験談だ。

インタビューでは、この他に、

「この後で、近くの川のほとりに龍神さまの祠があると母から聞いた。繊維会社の工場が出来たときに建てられたそうだ。繊維会社では川の水を利用するから、水の神さまとして龍神を祀ったようだ」

という情報も得られた。

これらを元に調べてみると、栃木県鹿沼市に、某繊維会社の工場および川と水神宮が実在した。その縁起も、繊維工場が川沿いに建設された際に、工場敷地に隣接する裏山の水神宮を工場内に分社して事業の守り神としたそうで、海野さんの逸話に状況が合致する。

水神宮は水神さまを祀った神社で、龍はしばしば水神の神使あるいは神そのものとされている。

さらに調査を進めたところ、繊維工場から二五〇~三〇〇メートル東の小高い台地の上に稲荷神社を見つけた。水神宮もこの稲荷神社も、ここにお社の名と所在地を明かせないのは残念だが、ヒントを散りばめたので、興味がある方は探してみては?

最後に、間一髪で海野さんたちが逃れた土砂崩れと豪雨について。

お話と時期が一致する一九七四年(昭和四九年)八月二六日から九月九日にかけて、栃木県全域で台風および豪雨による土砂災害などの被害が出たということだ。

濡れたセーター

千秋さんという女性よりうかがった、彼女自身の体験談である。

十年ほど前の出来事だそうだ。

ある朝、彼女は家じゅうをどたばたと走りまわっていた。

「前の晩、自転車の鍵をどこかへ置きっぱなしにしちゃったんです」

自身の部屋、居間、トイレ、脱衣籠かごのなか。懸命の捜索にもかかわらず、鍵はどこにも見あたらない。

まずいなあ、もう一度、全部の部屋を確かめよう。

と、焦りながら仏間へ駆けこむなり、千秋さんはその場に固まってしまった。

部屋の片隅に置かれた衣装簞笥。そのいちばん下の抽き出しがじっとり濡れて黒々と変色していたのである。

簞笥を伝ったのか、畳の上にも掌大の水溜まりが広がっている。雨漏りかしらと天井を眺めたが、水の滴ったような形跡はどこにも見受けられなかった。

どういうことだろう。

先ほどまでの焦燥感も忘れ、彼女は簞笥に近づいた。おそるおそる黒ずんだ抽き出しを開けると、長らく母の愛用している薄緑色のセーターが、ぐっしょりと水を吸っている。

理由は解らないが、このまま放置しておくわけにもいかない。

彼女はずっしり重いセーターを持ったまま、台所の母へ声をかけたのだという。

「なあに、どうしたの。鍵は見つかっ……」

小言じみた台詞は、途中で止まってしまった。

セーターを目にするなり、母は「あッ」と叫んでその場に泣き崩れた。

「由子が死んだ、由子が死んだッ」

母が連呼している由子とは母の妹、すなわち千秋さんの叔母である。

双子と見紛われるほど顔も性格も似た姉妹で、現に、栃木の実家へ帰る際も、わざわざお互いの予定を擦りあわせて合流するほど仲の良いふたりだった。

しかし、千秋さんはすべてが解せなかった。

なぜ母は狼狽しているのか。どうして叔母の名を呼んでいるのか。あまつさえ、叔母が死んだと泣き喚めいているのか。そして、セーターがしとどに濡ぬれている理由はなんなのか。

「お母さん……どうしたのよ」

娘の問いに、母がしゃくりあげながら答えた。

「このセーター……由子が買った福袋に入ってたの。〝アタシは緑は着ないから〟って、お母さんにくれたの。それが濡れているんだもの、あの子はきっと死んだのよ」

説明を受けてなお、千秋さんは戸惑っていた。セーターが濡れているから叔母が死んだという理屈が、まったく理解できない。

母はおかしくなってしまったのではないか。セーターを濡らしたのも、ほかならぬ母の仕業ではないのか。

こういうときは警察、否、救急車。あ、その前にお父さんの会社に電話かな。

選択を迷いながら廊下の電話へ視線を移した、瞬間。

見つめていた電話が、けたたましく鳴った。

「かけてきたのは、叔母ちゃんの旦那さんでした……ええ、そうなんです。叔母ちゃん、本当に死んでいたんです。急性心不全だったそうです」

だが、通夜の段になっても、千秋さんのなかでは懐疑心がくすぶっていた。

常識的に考えて有り得ない。服が濡れただけで人が死ぬのなら、洗濯さえもままならないではないか。

もしかして……お母さんが殺したとか。イサンソーゾクとか、よくあるじゃん。

殺人、遺産、懲役。きれぎれの単語を頭に浮かべつつ、葬儀場を退去する参列者に頭を下げている母の、一挙一動をつい観察してしまう。

そんな、最中だった。

「大変だったねえ」

老人と呼んでも差し支えない年齢の婦人が、母のもとへ涙ぐみながら駆け寄ってきた。母が「伯母ちゃん」と嗚咽を漏らしながら婦人と抱きあう。

どうやら、老婦人は母にとって伯母にあたる人物のようだった。そういえば何年か前、本家の集まりでいっぺん会ったっけ。お母さんにとって伯母ってことは、私にとっては、ええと、ええと。

吞気きわまる考察は大伯母が次の言葉を口にした瞬間、搔かき消されてしまった。

「たまげたでしょう。そのうち慣れるから、私っちの祖母ちゃんも母親も、みんな死んだときは服がくさった(濡れた)もんだわ」

「え」

今回だけではないのか。母の一族は、亡くなるとかならず服が濡れるのか。

絶句している娘に気づいた母が、ゆっくりと頷いてから口を開いた。

「女だけよ。だから……あんたも、お母さんが死んだときは、どうか察してね」

それから十年。現在、千秋さんは西日本の都市で暮らしている。

家を離れる際、母からは愛用していたスカートを譲り受けた。

「いまのところ健康なんで心配していませんけど……いつの日か、あのスカートが濡れているのを見ちゃうんでしょうね」

とうに覚悟はしているものの、スカートをしまった押し入れを開ける瞬間は、いまでもすこし緊張するそうだ。


【七日ざらし】
栃木県の一部で葬儀の際におこなわれる風習。家の裏手に北向きで故人の衣服を吊るし、そこに水をかけて七日のあいだ濡れた状態を保つ。死者があの世で火の山を越えるときに火傷を負わないため、着物についている霊に転生を促すためなど、由来には諸説がある。

同様の風習は埼玉県や長崎県の一部にも残っている。長崎県では、七日ごとに水をかけ、四十九日まで続けられるという。逆さにした衣類を青竹にくくりつけて海で洗う地域や、一厘銭を投げこんでから洗う地域など、土地によってその詳細は異なっている。

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