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miya1224さん

おてんぐ山の山頂

60 :本当にあった怖い名無し:2012/02/15(水) 16:26:12.00 ID:SFQVaQqX0
子供のころ、数日間田舎に預けられることがあった。
群馬の山間部にある比較的大きな家で、裏には『おてんぐ山』と呼ばれているじいちゃんの持山があった。
やることがないと、その山で落ちているセミをとったり、ウロウロと歩き回ったりして時間を潰していた。
だが、『絶対に山頂に向かってはいけない』と言われていて、ある場所から奥へは入ったことがなかった。
迷子になりそうだったので、それより奥に行こうとも思わなかった。


61 :本当にあった怖い名無し:2012/02/15(水) 16:35:40.70 ID:SFQVaQqX0
ある時、おてんぐ山で遊んでいると、不意に男の子が現れた。
僕よりいくつか年上で、多分小学四年生くらいだろうか。
セミの取り方を教えてくれて、「もっといい場所がある」と促され、僕は初めて山の奥に足を踏み入れた。

途中のことはあまり覚えていないが、着いたのはおてんぐ山の山頂だった。
小さく狭い山頂には、古いがわりと立派な祠のようなものが建ててあった。


62 :本当にあった怖い名無し:2012/02/15(水) 16:50:01.80 ID:SFQVaQqX0
セミをとるのにい居場所とは思えないが、その祠を見て何か新発見をしたような満足感を感じていたと思う。
しかし、時刻はすでに夕刻で、山頂も薄暗くなりかけており、戻る道はもう暗くなっているようだったため、
早く帰ろうと思っていた。
そう申し出ても、男の子は「祠を開けて、中の床板を剥がしてほしい」と懇願するので、祠の扉を開いた。
中にはこれといって石仏や観音の類いもなく、がらんとして埃ぽかった。
「床板は剥がせない」と渋って見せたが、彼が言うには、床板の下には何か宝物があるらしい。


63 :本当にあった怖い名無し:2012/02/15(水) 17:12:06.73 ID:SFQVaQqX0
苦労して床板の一部を何とか開けることができた。
中には薄っぺらくてボロボロに錆びた刀剣のようなものがいくつかと、古銭が散らかっていた。
錆びてガスガスだけど本物の刀だと思い興奮したが、子供の手でも容易に折れるほど朽ちていた。
もっといいものはないかと奥をのぞきこんだが、暗くてよく見えず、見える範囲では目新しいものはなかった。
もっと開けてほしいと頼まれたが、祠を壊すことの祟りや叱責を恐れるべきなのと、もう暗くなってきたことを理由に拒んだ。


64 :本当にあった怖い名無し:2012/02/15(水) 17:26:21.20 ID:SFQVaQqX0
男の子はがっかりした様子だったが、僕に古銭を何枚かよこして「ありがとう」と言って、
一本道だったが、帰る道筋をおしえてくれた。
不安だったので「一緒に帰ろう」と言ったが、「一緒には行けない」と言われた。
祠は直しておくから心配無用とのことだったので、僕は暗い山道を懸命に戻った。
途中で心配して探しに出たじいちゃんと出会い、おんぶしてもらって山を降りた。

庭先にはばあちゃんが心配そうに待っていて、「ああよかった」と安堵しながら、「手に何を持っているの」と尋ねきた。
「昔のお金、これ本物だよね?」と、価値の確認のために古銭を見せると、二人の顔色が変わった。

65 :本当にあった怖い名無し:2012/02/15(水) 17:34:55.39 ID:SFQVaQqX0
男の子がいて、二人で遊んだ事や、祠を見つけたことなどを話し、古銭は彼にもらったものだと話した。
じいちゃんは、他に何を話したか、何か約束をしたか、彼は名を名乗ったか、などを執拗に問いただしたが、
具体的なことになると、何故か遠い昔の記憶の様に曖昧であった。

もう、おてんぐ山にのぼってはいけないと釘をさされ、以降おてんぐ山には行っていない。


66 :本当にあった怖い名無し:2012/02/15(水) 18:25:01.41 ID:f9/uddXCO
その男の子は山の神なのか
祠の下を探していたのはどうしてか
尋ねてみてくれ

話はそれからだ


67 :本当にあった怖い名無し:2012/02/15(水) 18:45:01.08 ID:SFQVaQqX0
男の子に禍々しい印象はないが、神仏の類いにしては何か弱々しく、祖父母の警戒の仕方が変だと思う。
床下の下には宝物があると言っていたが、それが何か、或いは本当なのかは不明。
祖父母はすでに他界し、両親に聞いても、おてんぐ山の山頂に祠があることも知らない。

もう何十年もたったので今さら真相究明もするきはないが、ついでがあれば田舎に行って山にのぼって 見よう。


103 :本当にあった怖い名無し:2012/02/16(木) 00:56:26.91 ID:F25Jwne/0
>>60-67
男の子は多分『山の神』として祭られた子なんだろうな。
祠の下に洞窟か石室みたいなものがあって、男の子は『贄』としてそこに入れられて、山の神となったんだと思う。
神さまってのは、信仰する人間がいないと力が衰えるものなんだよ。
こういう経緯で神になった場合は、
「あの子はこうして神になったんだ」っていう、その子を知っている地域の人々の思いの事ね。
だから、その子を知っている世代が居なくなると、山の神の力も弱くなる。
『贄』系の山の神の場合はそれを防ぐ方法として、決められた年月が経つと『神の交替』が行われる。
大体は30年~50年毎位で交替する。
その子が生きていて丁度隠居する頃。その子を知っている親の世代がいなくなる頃が目安になる。
山の神の跡継ぎには、何らかの徴(しるし)が起こるとされてる。

山には登らないほうがいいよ。
次代の山の神として、男の子に指名されてるみたいだから。

滝の横にあった獣道

自分は群馬県在住なんだけど、
両親が自然好きだった事もあって、毎年夏になると同県にあるT岳まで出かけている。
登山目的だけじゃなくて、バーベキューしたり、ハンモック吊して本読んだり…。
沢蟹取りが大好きな子供だった自分は、よく父の後にくっついて、チョロチョロ流れる沢を探検したりしてた。

この体験をしたのは小学生の時で、この時、両親は2人共バーベキューに夢中だった。
お腹がいっぱいになってしまった自分は、1人で近くを探検してみようと思った。
この辺は毎年来ている場所だったし、遠くに行くつもりなんて更々無かった自分は、
そう遠くない所にある滝へと足を運んだ。
初めは水辺でバシャバシャ遊んでたんだが、ふと顔を上げた時、流れ落ちる滝の横に、獣道があるのを見つけた。
今まで何度も来ていたのに、そんな獣道を見たのは初めてだった。
なんだろう、あれは。


あの獣道の先…滝の上には何があるんだろう。見たい。確かめたい!
いつもならそんな事、絶対に思わない。だって超ビビりだから。
父を呼んで一緒に行って貰う事も思い付かなかった。
ただ、視線の先にある獣道に進まなければと、そう思ったのを覚えている。

獣道は思ったより急でぬかるんでいたけど、木の根っこや草を掴みながら必死で登っていった。
けれど、登りきった先には、自分が想像していたのとは全く違う景色があった。
滝なんてない。
石。そこにあったのは石だった。
真っ白な石が、一面を埋め尽くすように、どこまでも続いている。
そしてその白い風景の両端には、深い緑色の木々が、沢山生い茂っていた。
怖い、怖い!上手く息ができない。
どうして来てしまったんだろう。ここは来てはいけない場所だ。
見た瞬間、直感的にそう感じた。
幽霊を見たとか、ホラー映画を見た後の怖さとか、そういうんじゃない。
何て表現したら良いか分からないけど、その場所は綺麗だったんだ。綺麗すぎて怖かった。
人間が来る所じゃないって思った。
だってそこは、今までしていた水の音も風の音も、鳥の声もしなかったんだ。
痛いくらいに静かで、無言の圧力をかけられてるみたいだったよ。


自分は怖くて怖くて、うずくまりながら目を瞑って、泣きながら父を呼んだのを覚えてる。
次に目を開けたのは、父の背中の上だった。
河原でうずくまってたって言われたけど、あれは絶対夢なんかじゃない。
大学生になった今でも、夏になるとT岳へ行っているけれど、あの場所に行けたのは1度きりだ。

群馬の旅館で - 藤原竜也

中村勘太郎君と映画に出た時に、
勘太郎君の役が道元だったんです。

それでそこの宗派のお坊さんがいらっしゃって、
そのお坊さんに、僕が相談をしたんです。

藤原『例えば芝居なんかで地方に行った時に、
旅館でなかなか寝付けない時があるんです。
そういう時ってどうすればいいんですか?』

お坊さん「それはね藤原くん簡単ですよ。
このお経を唱えて、真ん中・右・左で三回唱えれば、
たいていのものは飛んでいきますから」

それで群馬県にロケに行った時に泊まった旅館で、
広めの部屋で怖いなって思ってたんです。

だから、電気もつけてテレビもつけて寝たんです。
そうしたら、タンスの中のハンガーが鳴り出したんですよ。

(うあ…やだな…そういえばあのお坊さんが、これを唱えろって言ってたな…)
そう思って、真ん中・右・左で三回お経を唱えた瞬間に耳元で…

『効かないよ』
っていう声が聞こえたんです。

空き室を歩き回る不気味な足音

昨年、家族と一緒に由緒ある温泉旅館に泊まりました。

大人数だったので2部屋予約して、1室に集まって夕食を食べました。

みんなはご飯を食べ終えても会話を楽しんでいましたが、

私は部屋に戻り、すでに敷かれていた布団の上で大の字になって寛いでいました。

とにかく古い旅館なので、部屋の出入り口は引き戸で、見られて困ることもないので開け放っていました。

しばらくボ~ッとしていると、部屋の横の階段を上ってくる誰かの足音が聞こえてきました。

ただ、そのとき誰かが上がってきたにしては、人の気配がないな~と思いました。

すると今度は隣の部屋から、ミシッ、ミシッと足音が聞こえたのです。

「なんで?」

正直そう思いました。

なぜなら、隣のその部屋は今日は空き部屋だったのを知っていたからです。

しばらく階段を覗いていましたが、誰も降りていきませんでした。

あれは誰だったのか未だにわかりません。

私は疲れていたのか、気になりながらもそのまま眠ってしまいました。

次の日、家族にその話をするとみんな笑いながら聞き間違いだろうと言われ、

その時話は終わりましたがしばらくして、いとこが私のところへ来て「私も足音聞こえたよ」と言いました。

いとこは怖くて確かめることもせず、ただただ布団をかぶり耳を塞ぎ眠りについたそうです。

あとから聞いた話だと、やはりその旅館は相当な古さ故、色々な怖い噂があるそうで、

中でも、ある1室で自殺をした旅行客がいたらしく、

その客は旅館をとても気に入っており常連だったらしいのですが、

ある日チェックアウトの時間になってもフロントに来ない客を心配して様子を見に行った従業員が、

首を吊って死んでいる客を見つけたとのことです。

それからというもの、毎晩のように旅館内で夜中に誰もいないはずなのに

足音が聞こえるという現象が起き始めたそうです。

亡くなったその常連客は旅館を愛する気持ちから、離れられずにいるのではないかとのことです。

私たちが聞いた足音はもしかしたらその常連客のものだったのかもしれません。

私はなんとなく怖いという気持ちはなくなり、もし本当にその人なのであれば

逆にずっと居て欲しいという供養にの気持ちでいっぱいになりました。

一ノ宮貫前神社の御鎮神事

群馬県富岡市一ノ宮にある一ノ宮貫前神社の御鎮神事。
神事での祭典奉仕中、一言も喋ってはいけない。喋べると死にます。
自分が持ってる神事に関する本にある記載によると、
ある宮司が玄関先でつい「火は大丈夫か?」と言ってしまった。
その翌日に急死。いつもの口癖だったらしいが、それが仇に・・・
つまずいた時につい「あっ」と言ってしまい、頓死した神職の方もいるそうです。
ちなみに、咳払い等でも死を免れないとのこと。
またある時、祭事を行っている神職をみた神馬がいなないたと思った瞬間、即死したことがあるそうです。

祭の内容は、
社務所の座敷で草履を履き、土間に降り、提灯一つを持ち、参道を通り御鎮塚に供物を納めて帰ってくる、というもの。
その際、近くの民家は明かりを消すので、神事中辺りは真っ暗になります。
神事を行っている最中の神職を見たら障りがある、とのことなので。
ちなみに、この神事で神職の方が履いた草履は最高の魔避けになるとのことです。

武尊神社(草木ダム廃神社)

ここ武尊神社は『呪いの廃神社』とも呼ばれる危険な場所である。
この神社はもう十何年も前から放置されている廃神社であり、奇妙な噂が数多くある。

そして「呪いのビデオ」シリーズでも紹介された有名な心霊スポットとなっているが、現在はバリケードで囲われて入れなくなっているという。

この廃神社でよく目撃されている老婆の霊は特に危険だと言われており、その老婆を見た者は不可解な事故に巻き込まれると言われている。

その昔、この近くの道路で亡くなった老婆が成仏できずに今もこの神社のまわりを彷徨っているのかもしれない。
また、神社の方から太鼓の音なども聞こえてくるという噂もある。

この様に亡くなった場所に棲みついて訪れた者へ取り憑いて悪さをしたり最悪の場合、死に到らしめるという事もあるので、気をつけた方がいいぞ。

巨大キウイのようなもの

長距離トラックの運転手だった父から聞いた話。
昭和40年代ぐらいまでは少し郊外に行けば殆どが無舗装の道ばかりだったそうで。
ある日の深夜、助手のアンちゃんと共に群馬郊外の直線の続く無舗装道路を走っていた時の事。
急に助手がサイドミラーを怪訝そうに覗き込み始めた。
「Sさん…なんか後ろから来てるんですけど」
後ろから来るって車だろうが、それは。 と思いつつもバックミラーを見た父だったが、
そこには何も映ってなったそうな。広がるのは暗闇ばかり(街灯も殆どない田舎の道)
でふと父もサイドミラーに眼を落とすと、そこには

丸くて黄色い物体、それも結構な大きさの物が迫ってくる。
なんだかよくわからない物体、しかも街灯のない暗闇の中、
ライトに照らされているわけでもないのに妙にはっきりとその物体だけが見えたと父の弁。

とにかくやり過ごそうとトラックを脇に寄せてスピードを落とすと、その黄色い物、
直径1.5m(大体大人の背丈ぐらいだったらしい)の
表面にびっしりと細かい毛のような物が生えた、例えれば「巨大黄色キウイ」の物体が
父の目の高さをすり抜けていった。

結構な速度で見る見る前方の暗闇に消えていくキウイ。

「何ですか?あれ」呆けたような助手の問いに
俺だってわかるわけないだろうが、と言う代りに再び発進した父のトラック。
だが5分も走ると「脇道のないはずの左側から」急に先の物体が
またしても暗闇の中に姿を現し、トラックの10mほど手前まで接近してきた。

父もさすがに怖くなり徐々にスピードを落としたそうだが、まるでそれにあわせるかのように
巨大キウイも減速、間隔が5mほどに詰まった。
ライトに照らされたせいでさっきよりも物体のデティールが確認できたそうだ。
丸く黄色い本体の上部、言うなれば「背中」から
馬、もしくは鹿のような蹄のついた足が「1本だけ」上向きに生え、しかもその足は
「狂った指揮者」のように、不規則にじたばたとせわしなく動いていた。
その足の付け根から左下方の本体には、これまた不規則な感覚の大きさもまちまちな穴がいくつも開いている。
その穴の正面に陣取る形となった助手のアンちゃんは
「…この穴、開いたり閉じたりしてますよ、なんか汁まで出てる」
後で詳しく聞くと「まるで呼吸してみたいな動き」だったそうで。

3分ほど追走した父は我にかえり、トラックを止めた。
キウイは何事もなかったかのように再び闇の中へと

父は余りこの手の話が好きな人ではないのだが、
さすがにこの時ばかりは職場の同僚に「こういうものを見てしまった」と
告白したそうな。
信じない人(半分ぐらい・長距離トラック運転手は結構この手のものに遭遇経験持つ人いるもんで)
が必ず「何かと見間違えたんだろ?」というのにかなり腹を立てていた父はこう言っていた。

「直径1.5mの丸くて黄色い、背中から馬の足が生えた物。
 何を見間違えればそう見えるんだ?」と。

群馬県の山奥

祖母の体験。

戦争中、女子挺身隊で、群馬県の山奥で松根油か何かを取る作業にたずさわった。
当然、女学生でも夜、みんなで山に寝泊りする。

寝付かれなかったある夜、
カン、カンと斧で木を切る音が間近にして、そのうちにバリバリと音がして、とてつもない大木が倒れてきた。
ドドドドーンという地響きが大地を揺らして、自分の体が少し浮いた。
びっくりして起き上がったが、周りの級友は何事もなく寝ている。
みんな重労働で疲れているので起こすわけにもいかず、かといってもう寝られないので、
そのまま起きていて、夜明けとともに木の倒れた現場らしい方向に行ってみた。
すぐ近くのはずで、簡単に見つかると思ったのだが、探しても探しても何事もない。
規律が厳しいのでいつまでも離れているわけにいかず、みんなのところにもどった。
みんなフツーにしていて昨夜の音を聞いた人はいないようだった。

あとで山奥の田舎出身の子に聞いてみると、
「『天狗倒し』というもので、音と地響きだけで実体はない」ということだった。
祖母に言わせると「とてもリアルで現実感がある幻の音」だそうだ。

山の二人連れ

東京都在住の内藤重行さんは大学生の頃、山登りが趣味だった。

アルバイト先の先輩に山好きが三人いて、仲間に引き込んでくれたのだ。四人であちこちの山に登ったが、いちどだけ不可解なものに行き会って、あれから四〇年も経つ今となっても忘れられないのだという。

五月中旬の谷川岳での出来事だ。

日によっては汗ばむ陽気になる皐さ月つきの頃だが、谷川岳は未だ残雪を頂いていた。群馬県と新潟県の県境という豪雪地帯にそびえる標高一九七七メートルのこの山は、軽装備で登れるのは六月から一〇月上旬のみ。まだ五月では日によっては吹雪くときもある。

内藤さんは残雪登山が初めてだった。先輩たちに教えられて装備を整えて臨んだ。

谷川岳では比較的、難易度が低いとされている西にし黒くろ尾お根ねルートを選んで登頂を達成した。

幸い、晴天でありつつ足もとの雪はしっかりと締まって歩きやすいという、絶好の登山日和。一歩ごとにアイゼンが残雪を噛む感触が気持ちいい。

午後三時頃のことだ。天てん神じん平だいらから出る午後五時の最終ロープウェーに確実に間に合わせるために少しピッチをあげて下山していたところ、下から斜面を登ってくる二人連れがあった。

広い雪原をこちらに近づいてくるにつれ、彼らの姿形がはっきりと見えてきた。

先に立って歩いているのは、高貴な面差しをした六、七〇代の女性で、水色の着物を風になびかせ、額に白い鉢巻きをキリリと締めていた。もう一人は従者風の爺さまで、股引を穿いて鼠ねずみ色の着物を尻っ端ぱ折しょりにし、白髪を時代劇の町医者みたいな慈く姑わい頭あたま(総髪を後頭部で束ねたポニーテール)に結っている。どちらも杖をつき、荷物は爺さまがたすき掛けにした小さな風呂敷包だけ。

二人は厳しい顔つきで無言のまま、内藤さんたちから横に三メートルほど離れたところを、真っ直ぐに登っていった。

内藤さんと先輩たちは立ち止まって二人連れが豆粒のように小さくなるまで見送った。やがて我に返って急いで残りの山道を下りたが、ロープウェーに乗るまで、いつになく四人とも黙り込んでいた。

内藤さんは、天神平のロープウェー駅でベンチに腰を下ろしたときに、さっきの二人連れは変だったと気づいたという。

そこで、ロープウェーに乗り込むと、隣に並んで座っている先輩たちに話しかけた。

「あの二人連れ、おかしいですよね?」

すると先輩たちが急に活き活きしはじめた。

「そうそう!そうなんだよ!あの人たち、おかしかったよな?」

「うん。幽霊かな?足はあったっけ?何を履いてたかわかる?」

「わからん!いやあ、全然不思議に感じなかったんだよなぁ!そこが不思議!」

「そういえば挨拶を交わさなかったね。こっちからも挨拶しなかった。でも少しも変な感じはしなかった。僕たちが他の登山者に挨拶しなかったことなんてあるかい?」

「よく考えたら、今から登っても山小屋も閉まってるし、着物一枚で装備も何も無しにあそこまで雪の斜面を登ってこられるかどうか。無理だよ!」

谷川岳は、遭難死者が世界一多い山として二〇〇五年(平成一七年)にギネス認定されている。遭難者数は約八〇〇名に及び、「魔の山」「人喰い山」「死の山」と言われることもある。

また、「二つ耳(または「耳二ツ」「トマ・オキの二つ耳」)」という俗称もある。

これは、谷川岳が麓のある方角から眺めると二つの峰が猫の耳のように見え、一方がトマの耳、もう片方がオキの耳と呼ばれていることにちなむ。

その他に、かつて、トマの耳は薬やく師し如にょ来らいが勧進されていたことから「薬師岳」、オキの耳は冨ふ士じ浅あさ間ま神社奥の院が祀られていたことから「谷川冨士」という名前で人々から親しまれていた時代もあった。

《中世後期から江戸時代にかけて、各山上に詣でる人が少なからずいたらしい》

──と、山に関する著作もある文芸評論家の高たか橋はし千ち劔は破や氏が、論考『名山の文化史』で綴っている。

狐のバス

ある女性から聞いた話である。

彼女の故郷、群馬県の田舎道。夕方のバス停で、彼女はいつものようにバスを待っていた。

しばらくして、一台のバスがやって来た。

あれ、こんな時間に?とそこにいあわせた客が互いに顔を見合わせた。バスが到着するまで、まだ少々時間があったからだ。

だが、バスはだんだんとこちらへ近づいてくる。しかもよく見ると、乗客の姿も運転手の姿も見えないではないか。

やがてそれはバス停の手前まで来た。ところが、まったく減速もせずに土煙を立てて、ガアーッと停留所を通り過ぎる。そして、いつのまにか、ふっと消えた。

えっ?消えた?と思うと、ずっと先を今通り過ぎたばかりのバスが走っていくのが見えた。いつのまにあんなに遠くまで行ったのだろうか?いや、違う。よく見ると、遠くに行ったのではなく、バスそのものが小さくなっている。

四本の脚がはえて、狐のしっぽをうしろにはやした小さなバスが、たったかたったかと向こうの道に向かって走っていくのが見えるのだった。

あの8月を忘れない

群馬県と埼玉県を結ぶ静かな山沿いの町を抜ける道路は、神流川を縫うように走っている。
左に御荷鉾山をいただき、ゆるやかな流れの所々にカラフルなキャンパーのタープが点在
している。そろそろ夕刻も近い。
キャンプで過ごした3日間を助手席の妻と語りながら、明日からの仕事を考えて、ため息を
ついた。子供たちは後ろのシートで寝息を立てている。
川の流れが大きくひろがり、深い群青にかわり湖のような景色に変わった。
「神流湖」人口湖だが都心から近いこともあり人気も高い。
「あなた、トイレに寄らしてもらってもいい?」
「そうだな、俺も飲み物でもかうかな、もうすぐレストハウスがあるよ。」
数キロ先のトンネルを抜けるたあたりにある筈だった。

道路はゆるやかなカーブに差し掛かり、軽くブレーキを踏んだ。
その時、前方に道路の右側を多くの人たちが歩いているのが見えた。
こちらに背を向け、東京方面に向かっている、色とりどりの服をまとい、子供、老人、
男も女もいる、特にハイキングのような格好をしているわけではない。

ゆっくりとその団体追い越すのに暫くの時間を要した。東京でもなかなか見られない光景
である。ミラーには所々でこちらに向かい手をあげる人も何人か見えた、先頭はちょうど
トンネルに入ろうとしていた。
「歩け歩けでもないんだろうけど、何なんだろうね」と妻に問い掛けた。

「急いで!」
急に妻は声を張り上げた、振り向くと妻は前方を凝視しながら「止まらないで!」
私はわけのわからぬままアクセルを踏み込んだ、幸いトンネルに対向車はなかった。
トンネルを抜けレストハウスの駐車場まで一気に車を滑り込ませた。

「どうしたんだ」
「みんな、靴をはいていない」
「靴!、何のことだ」
そして、私はあることに気がついて愕然となった。

駐車場から見通せるそのトンネルから出て来る人の姿はなかった、何分たっても。



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昭和○○年8月羽田を発った日航機は迷走しながら神流川上流の御巣鷹の尾根に
墜落した。ボイスレコーダーには乗客に靴を脱ぎ安全姿勢を取るようにと機長
からの放送が残されている。
         *現在ではエマージェンシーでも靴を脱ぐ指導はしていない。
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神流湖の近くでヒッチハイクの人を拾ってはいけない、特に靴をはいていない人は。
「10年前のあの8月の事、帰りたいんだ・・・我が家へ」

遠距離恋愛の彼女

私の知人から聞いた話・・・
その知人のそのまた知人Aはその昔大阪で仕事を持ち、そのAの彼女は東京で2人は遠距離恋愛をしていた。
その年の夏になって彼女は久しぶりに大阪のAの元へ行く事になった。
そしてその前日の夜、Aは夢を見た・・・

片腕片足、そして頭半分しかなくしかも脳味噌が垂れている彼女がAに向かって手を振っているのだが、
Aはなぜかただ突っ立っていることしかできず、それが悲しいのかただ泣いているだけ。
やがて彼女はAから離れ、やがて消えていった・・・

翌朝、Aは嫌な夢を見たもんだなと思いつつも、会社へ向かい、ほどなくして仕事は終わった。
その日の夜彼女が来るわけだが、帰宅してまもなく彼女の母親から電話が入ってきた。

そう、その日は1985年8月12日、群馬県御巣鷹山中に日航機が墜落し、彼女はそれに搭乗してたのだという・・・
数日後、Aが御巣鷹のふもとで見たのは、そう、右手右足、そして脳味噌が垂れた右頭部しかない彼女の遺体だった・・・

日航機墜落の事故現場

738 :本当にあった怖い名無し:2006/03/17(金) 00:02:25 ID:hrC7SlEZ0
俺の職業自体は建設業の会社員なんだが、わりと自衛隊上がりの人がいるんだよね。
いろんな資格持ってる人が多いから、重宝されるのかもしれんが。

工事課のT係長もそういう経歴の持ち主なんだけど、
この人は、日航機墜落の事故現場に出動したことがあるらしい。
そう、あの御巣鷹山。

曰く、「『怖い』ってのはああいうことだ」とのこと。
人体の破片、線香の匂い、嘔吐する同僚や警察の人。
訳も無く涙が出てきて仕方なかったそうだ。
「人生が粉々の黒焦げになって、そこらに散らばってるのが堪らんかったよ。
 この人たちは、飛行機堕ちるまでどんだけ怖かっただろう、無念だっただろう、と思ってな」

ボソボソとした口調で淡々と仕事をこなす温厚なT係長が、
ヤクザ丸出しの土建屋相手にも一歩も引かない肝っ玉なのが、少しだけ理解できたエピソードでした。


745 :本当にあった怖い名無し:2006/03/17(金) 09:18:07 ID:v79Dn8GY0
>>738
あの事故で亡くなった会社員の、妻と子に宛てた手帖に走り書きの遺書を読んだとき、涙が止まらなかったよ。
そして同時に、人の尊厳に感服した。

749 :本当にあった怖い名無し:2006/03/17(金) 18:05:07 ID:v79Dn8GY0
転載。搭乗していた52歳の会社員の遺書。

『マリコ、津慶、千代子
 どうか仲良くがんばってママをたすけて下さい。
 パパは本当に残念だ きっと助かるまい
 原因は分らない
 今5分たった
 もう飛行機には乗りたくない
 どうか神様たすけて下さい
 きのうみんなと食事したのが最后とは
 何か機内で爆発したような形で煙が出て降下しだした
 どこえどうなるのか
 津慶しっかりたのんだぞ
 ママこんな事になるとは残念だ
 さようなら
 子供達のことをよろしくたのむ
 今6時半だ
 飛行機はまわりながら急速に降下中だ
 本当に今迄は幸せな人生だったと感謝している』

死を前にパニックの中で、ここまで書けるのかと感服した。
そして、この遺書を受け取った奥さんの言葉にまた泣いた。

「十分に愛して呉れました。この最後の言葉によって、私はあとの人生を生きてゆけます。
 暑い中、厳しい場所で、事故の調査に当たっている方々に感謝致します」

人は、まだ捨てたもんじゃないと思った。

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