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日本は侍ジャパンではなく農民ジャパン~江戸時代の人口の8割は農民だった。

日本はサムライの国だとか日本人には侍スピリットがあるなどとよく聞きますが江戸時代の武士というのは人口の7%くらいしかいなく、ほとんどの人は農民(百姓)でした。しかしながら農業は自然を相手にする大変な仕事で、日本農民はしたたかに力強く遺伝子を受け継いできました。

更新日: 2019年09月19日

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江戸時代の日本の人口は現在の1/4しかなかった

日本の人口
1億2,623万人(2019年8月1日現在)

総務省のホームページより
http://www.stat.go.jp/data/jinsui/new.html

いまから300年ほど前(江戸時代中期)、日本の人口はおよそ3000万人だったといわれています。

「江戸時代の日本の人口っていまの1/4なので、あなた3/4のほうでいいですね?」 twitter.com/MIBkai/status/…

江戸時代の人口は今の1/4だったからなぁ…… 火力と原発取っ払ってエコ発電()だけにしたら、割とマジで人口が江戸時代並みになりそう

そしてその人口の80〜90%は農民だった

江戸時代の全人口の80%以上は百姓(農民)です。
町人は、主に、商人と(大工などの)職人です。

なので日本はサムライの国ではなく農民の国である

江戸時代から明治維新までの日本の身分制社会の中で、武士人口の全人口に住める割合は、全国平均で約5パーセントと言われています。

うーん、学校教育で「サムライスピリット」を称揚してるようだが、江戸時代のサムライの人口比率はわずか7%だったようなので、おおかたアナタもボクもご先祖サマは田んぼでも耕していたのではないでしょうかw 道徳とサムライと安倍晋三 kebabutoruko.com/20190502-douto…

農民の仕事とは米を作ることである

江戸時代も経済の中心はお米でした。
生産された米は年貢として納められ、大名はこれを大阪や江戸で売って収入としていました。

農民はひたすら農作業をしていた

江戸時代の農民は、その名の通り米の生産に関する仕事が中心となる生活を送っていました。
特に田植えや稲刈りの時期には休みなく働かなくてはならなかったようです。

農業は自然相手の仕事、土日休みなどない。

農民というのは、農作業をする職業です。
自然相手ですので、サラリーマンのように土日は休む、というわけにはいきません。

農民の休みは盆暮れ正月で年間50日くらいだった

一年中忙しそうな農民にも一応休暇はありました。

例えば、正月やお盆の時は祭などで休み、年貢を納め終わった時にも休んだそうです。

それらの休みを全て合わせると約50日だったそうで、これは今の時代のサラリーマンの半分の休暇だったそうです。

収穫した米の5〜6割をお上に年貢として納めていた

江戸時代の年貢率について、「五公五民」「六公四民」という言葉があり、収穫高の5割から6割が年貢だとみなされていた。

農民はまさに「納民」であった。
 このような厳しい統制のもとに自給自足の生活を営んでいた農民は、それこそ一生働きづめであった。

作った米は年貢になるので自分たちで白米を食べることはほとんどなかった

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