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平成の日本車は凄かった!名車10選! その13

平成の「名車」をまとめました!!

更新日: 2019年10月04日

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WLM64さん

日産・フィガロ(FK10型)(平成3年)

レトロ調にデザインされた小型オープンカーであり、手動で開閉するトップや、本革シートを備えていた。型式はFK10型で、乗車定員は4名、初代マーチ(K10型)をベースとしたパイクカーシリーズのなかでは唯一、ターボエンジンを搭載していた。コンセプトは、「日常の中の非日常」であった。

当初は8000台の限定生産の予定だったが希望者が多かったため販売台数が拡大され、1991年2月14日、限定2万台で発売され、同年8月末までに3回に分けて抽選するという販売方式がとられた。

新車販売は日本国内でのみ行われたが、諸外国、特にイギリスでは広い人気を得、エリック・クラプトンなどのセレブリティのオーナーも現れた。日本と同じ右ハンドルということもあり多くの中古車が輸入され、かつてのロンドンにはフィガロ専門の中古車店もあったという。2008年にはイギリスでフィガロ所有者の一大集会が開かれ、2019年現在、英国内で3000超のフィガロが現役車として登録されている。

1989年10月 - 東京モーターショーにて試作車が公開される。
1990年 - 高田工業にて委託生産開始。
1991年2月14日 - 販売開始。
同年4月、日産自動車の提供によるオムニバス映画「フィガロ・ストーリー」が公開された。都市、恋愛、車、をテーマとして、アレハンドロ・アグレスティ、林海象、クレール・ドニの監督により製作、日本全国の映画館で上映された。
同年10月、通商産業省選定グッドデザイン賞。
1992年 - 販売終了。

トヨタ・カローラFX(AE101H型)(平成4年)

カローラシリーズ全体では通算7代目。
1992年5月 - 7代目カローラのフルモデルチェンジに遅れる事約1年でカローラFXもフルモデルチェンジを行い、今までの実用性を考慮した作りから、全車1.6Lのスポーティーな3ドアハッチバックモデルへと変貌した。なお、輸出向けには5ドアモデルも用意された。特に「GTスーパーストラット」というグレードには、AE101系カローラレビン・スプリンタートレノと同様の5バルブ化された4A-GE型エンジンにスーパーストラットサスペンション、スポーツABSと言った豪華装備満載であったが販売価格がかなり高価であり、最下位グレードでも安価というほどではなかった。

販売当時の国内ではハッチバック車の人気が既に低迷しており、さらに先に発売されていたセダンはともかく、レビンやトレノ、果ては3代目FXとほぼ同期に投入された4ドアハードトップのセレスやマリノの陰に隠れてしまったことと、初代からエンジンラインナップや特別仕様車の様な買い得な仕様が少なめだったことと、カローラシリーズには「基本形のセダン」「クーペのレビン」「ハードトップのセレス」「ワゴン&バン」「弟分のカローラII」など車種が混乱してしまった状態で、発売時から非常に地味な存在になっていた。
1995年5月 - カローラが110型系にモデルチェンジされたのを機にカローラFXは国内販売を終了し、3代11年の歴史に幕を下ろした。これにより、2001年に後継車としてカローラランクスが発売されるまで国内向けカローラシリーズからハッチバックのラインナップが一旦消滅する形となった。

オートザム・AZ-3(EC5SA/ECPSA型)(平成3年)

オートザムチャンネルで販売されたため、オートザムAZ-3を名乗っていた。AZはオートザムの略称、3は車格を現していた。当初は1.5L直列4気筒エンジンのみのラインナップであった。1993年9月のマイナーチェンジで1.8L V型6気筒エンジンを搭載したモデル(グレード名GT-AおよびGT-X)が追加された。プレッソとの外観上の違いは、各部のエンブレム程度である。

プラットフォームは、マツダ・Eプラットフォームが用いられた。

1991年6月 - 販売開始。
1993年9月 - 姉妹車であるユーノス・プレッソにのみ設定されていた、1.8LV型6気筒エンジンがAZ-3にも追加された。
1996年4月 - 全車運転席SRSエアバッグが標準装備される。
1998年
6月 - 折からのスペシャルティカー市場の販売不振やファミリアのモデルチェンジによる車種整理のためプレッソと共に生産中止。それ以後は流通在庫のみの販売となる。
9月 - プレッソと共に流通在庫の完売により、名実共に販売終了。プレッソ同様、後継はなく既存の小型オープンカーである2代目ロードスターが事実上の代替え車種となった。
生産台数:22万64台(プレッソを含む。)

三菱・エメロード(-)(平成4年)

グリル一体型のマルチリフレクターヘッドライトを採用し曲面を多用したボディデザイン、ギャラン/エテルナと同じ3ナンバーボディ、1.8L、2.0L、DOHC2.0Lの全種V6エンジンをラインナップ。バブル期に設計されただけあり、豪華な内装・シートなど、高級セダンの名に恥じない仕上がりを持つ仕様となっている。

トヨタ・カリーナED程車高は低くないが、やはりスタイリング重視で居住性は犠牲になっており、当時のユーザーには受け入れられず、価格的にも2.5Lエンジン搭載の1クラス上のディアマンテがあったため、販売面では苦戦した。

当初は国内専用モデルであったが、前述の通り販売不振から同じ左側通行圏(右ハンドルエリア)の香港・タイ王国・マレーシア・シンガポールへ向けられた。海外仕様でも日本仕様と同様となっていた。

1995年に最終型が捜査用覆面パトカーとして国費で全国導入された。警視庁をはじめ大半が現役を退いたが、神奈川県警察など一部の県警察ではいまだに現役である。

1992年10月 - ギャランの4ドアハードトップとして発売される。
1994年1月 - 特別仕様車「SUPER TOURING R-SPECIAL」を追加。スーパーツーリングをベースにフルエアロ、専用のMIVECエンジンを搭載したモデルであったが、エアコンがフルオートからマニュアルに変更されるなど若干のダウングレードも図られていた。
1994年2月 - 一部改良。MIVEC(-MD)エンジン搭載モデルのSUPER TOURING-Rを追加。ボディカラーも一部変更され、ダークレッド内装が廃止された。
1994年5月 - 特別仕様車「スーパーツーリングスペシャル」を追加、同時にV6 1800ccにスーパーツーリングを追加した。

1994年10月 - マイナーチェンジ。後期モデルからはフロントバンパーがエテルナと共通になり、フロントグリルが2分割タイプに、テールランプがリフレクター付に変更される。グレードが大幅に変わり、2.0スーパーツーリングのDOHC車(170馬力仕様)、1.8TR(4気筒)、1.8TG(V6)が廃止され1.8 SUPER TOURINGに統合された。これによりグレードがV6エンジン搭載のSUPER TOURING系のみとなった。同時にコスト削減のあおりを受けて内装の装備品と素材が見直された。1.8Lエンジン車とMIVECエンジン車はエアコンがマニュアルタイプに変更される。
1995年10月 - 一部改良。運転席エアバッグを全車に標準装備、2トーンカラーが設定された。
1996年8月 - ギャランのフルモデルチェンジによる車種整理のため販売終了。

トヨタ・カリーナED(T18)(平成元年)

1989年9月 - フルモデルチェンジ。バブル景気を反映し、ベース車セリカなどとともにデュアルモード4WSを採用するなど装備はより豪奢になった(世界初、上位グレードのみ)。姉妹車として新たに4ドアの「コロナEXiV」が登場し、セリカ/カリーナED/コロナEXiVの3兄弟のラインナップとなった。
1990年8月 - 一部改良。それまで燃料噴射方式がCiだった1,800ccエンジンの仕様変更により全車EFIとなる。また同時に2,000ccのハイメカツインカムエンジンの出力の向上が図られている。
1991年8月 - マイナーチェンジ。デザインの一部変更が施され、リアエンブレムが車種専用デザインではなく、現在のトヨタCIマークに変更された。シャーシ面でも2WS車のリヤトレッドの拡大、1,800ccのフロントブレーキの拡大、全車ホイールが14インチ5穴に統一された。

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