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絶対に行きたい!トルコの世界遺産まとめ

ヨーロッパとアジアの文化が合流する地として、ローマ帝国、ビザンチン帝国、 オスマン帝国等の大きな国家があったトルコには、素晴らしい世界遺産の宝庫です。今回はそんなトルコの世界遺産をまとめてみました。

更新日: 2019年12月22日

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KimifusaAbeさん

イスタンブール歴史地域

イスタンブール歴史地域は、トルコ最大の都市イスタンブールの旧市街にある歴史的建造物群に設定されたユネスコの世界遺産リスト登録物件(文化遺産)。日本では「イスタンブール(の)歴史地区」などとも表記される。

360年建設、537年再建のキリスト教の大聖堂。15世紀からのオスマン帝国時代にはモスクに転用され、20世紀に無宗教の博物館に変えられた。再建時以来の直径31mの大ドームとモザイク画、モスク時代に付け加えられた4本のミナレットをはじめとするモスクとしての装飾が残る。

そういや最初に行ったアヤソフィアの写真、猫に心奪われてあげてなかった。 天井、柱、足元の石畳、それどころか外で転がってる大理石塊まで歴史の塊でやばい。 雨ざらしの大理石レリーフが普通に西暦500年あたりのテオドシウス帝時代の教会のもの、とか書いてあって圧倒されますわ… pic.twitter.com/LWD6S5qbVR

1616年にアフメト1世が建設させたモスク。アヤソフィアの南隣、アト・メイダヌの東隣に位置し、一帯の地名、スルタンアフメトの由来となっている。6本のミナレットと直径27.5mの大ドームをもち、数万枚のイズニク製タイルによって青く輝くことから「ブルー・モスク」の通称で広く知られている。

トプカプ宮殿(土:Topkapı Sarayı、「大砲の門宮殿」の意)は、15世紀中頃から19世紀中頃までオスマン帝国の君主が居住した宮殿。イスタンブール旧市街のある半島の先端部分、三方をボスポラス海峡とマルマラ海、金角湾に囲まれた丘に位置する。

5世紀初頭にテオドシウス2世の治世に建設され、イスタンブール旧市街を完全に内側に覆いつくしている大城壁。かつては内壁と外壁の二重構造の上、外側には堀がめぐらされ、さらに一定の間隔で塔が建設されて外敵からコンスタンティノポリスを完全に防御した。現在は荒廃が進んでいるが、大部分は城壁の原形を十分に保っている。

ハットゥシャ

ハットゥシャ(ヒッタイト語: - URUHattuşa)またはハットゥシャシュ (トルコ語: Hattuşaş)は、トルコの首都アンカラより東に145kmのボアズカレ(旧・ボアズキョイ)近郊、海抜1000mほどの丘陵地帯にある遺跡。紀元前17世紀 - 紀元前13世紀に繁栄したヒッタイト帝国の都。

1906年、ドイツの考古学者フーゴー・ウィンクラーによって発見された。その後、発掘調査がおこなわれ、大神殿跡、突撃門や上の街神殿群跡、獅子門などが確認されている。1986年、ユネスコの世界遺産に登録された。

ネムルト・ダウ

ネムルト山(ネムルト・ダウ、ネムルトダーゥ、トルコ語: Nemrut Dağ)は、トルコ東部の標高2,134 mの山である。アドゥヤマン近郊のキャフタから40km 北に位置している。

この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。

直径152 m、高さ49mの頂上部には、王の座像のほか、2羽の鷲、2頭のライオン、様々なギリシャ神話やペルシャ神話の神々の像などが並んでいる。神像にはゼウス=オロマズデス(ゼウスとアフラマズダが同一視された神)、アポロ=ミトラス、ヘラクレス、テュケ(ギリシャ神話の女神でコンマゲネ王国の守護神)などが含まれている。いずれの像もギリシャ的な顔の造形と、ペルシャ的な服装・髪型の双方の特徴を備えている。また、山頂部は小石が積み上げられているが、この小石は像を作った際に出た石材の破片を再利用したと見られている。

ディヴリーイの大モスクと病院

ディヴリーイの大モスクと病院(トルコ語:Divriği Ulu Cami ve Darüşşifa)は、トルコの世界遺産の1つ。大モスク(ウル・ジャミィ)は、1228年から1229年にかけて、現地のベイリクであるメンギュジェク朝のアフメッド・シャーの手によって、スィヴァス県のディヴリーイに建設された。建築家はアフラト出身のヒュッレムシャーで、碑文にはルーム・セルジューク朝のカイクバード1世を称える文章が記されている。付属する病院(ダリュシュシファ)は、エルズィンジャンの支配者ファフレッディン・ベフラム・シャーの娘トゥラン・メレク・スルタンの発願により建設された。

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