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地獄世界の豆知識 仏教/六道/八大地獄 (飲酒と肉を食べたら地獄行き!?)

江戸時代までの日本で信じられていた地獄が、どのようなものだったのかを紹介します。

更新日: 2019年10月12日

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偉人たちの素顔~世界史コラム – 歴史のはざまで活躍した、波乱万丈な人々の面白エピソードを紹介。の管理人です。https://history.ashrose.net/

cobaltblueさん

平安時代末期ごろから江戸時代までの日本では、死が人生の終わりではなく、死後の世界へ旅立つと信じられていました。

とくに地獄の存在をとても恐れていました。

死後の旅立ち

仏教では死後、六道のどれかへ行くと教えています。
天界・人界・修羅界・畜生道・餓鬼道・地獄道です。

天界は苦しみのない世界(上)
人界は四苦八苦のある世界(右上)
修羅界は戦いばかりの世界(左上)
畜生道は弱肉強食の動物の世界(右下)
餓鬼道は飢えと欲望の世界(左下)
地獄道は苦しみばかりの世界(下)

そのどこへ行くかは、生前の行いによって決まります。
それを繰り返すことを六道輪廻といい、極楽浄土へ行って輪廻から抜け出すことを解脱といいます。

室町時代から江戸時代に描かれた絵画。

上部の半円形にあるのが「老いの坂図」で、右下の赤子が成長して老人になり、死を迎えます。

下部は死後の世界で、閻魔大王の裁きを受けた亡者は、それぞれの世界へ旅立ちます。

中央の『心』は、その人の心のあり方次第で天界や地獄へ行くことを意味しています。

地獄へ向かう道

※イメージ画像

死後、人は死の山を登ります。
とても険しく、獄卒である鬼に鉄棒で叩かれて、強風にあおられながら、山を超えます。

3つ渡し場があり、山間の急流、深い淵、橋がかかっているものがあります。
善人は橋を渡ることができ、罪の浅い人は膝の深さの川を渡り、悪人は石や蛇が流れる激流を渡ります。

三途の川では生前結ばれた男女が再会するという、俗信がありました。

三途の川を渡ったあと、老婆鬼に衣服を剥ぎ取られます。
その服を懸衣翁という老鬼が衣領樹の枝にひっかけ、善人は枝が揺れませんが、罪が重いほど枝が大きくしなります。

そのとき悪人は人生を振り返り後悔しますが、今更どうにもできず深い悲しみに沈みます。

父母より先に死んだ子供たちは、賽の河原に連れて行かれます。

親より先に死ぬのは親不孝のため罪人とされました。

河原の石をいくつも積み上げ、それを鬼が壊し、また積み上げ、親を思って泣く子供たち。
それを地蔵菩薩が救うまで、終わりなく続きます。

輪廻の前の裁き

大きな鏡が生前の善行と俗悪を映し出し、罪の重さによってどの世界へ行くか閻魔大王が裁定します。

閻魔王が有名ですが、地獄には全部で10人の裁判官がいました。
十王と呼ばれ、死者は7日ごとにそれぞれの王庁で裁きを受け、閻魔王庁は5番目です。
善人は初めの裁判で天界へ行けるのですが、罪が重いほど何度も裁判をする必要があります。

地獄行きを免れた死者は、修羅界、餓鬼道、畜生道のいずれかへ進みます。

八大地獄へ

等活地獄の刑期は500年。罪は殺生(肉食や蚊等も含む)。
黒縄地獄の刑期は1000年。罪は殺生と窃盗。

等活地獄に落ちた者は互いに激しい敵意を抱き、出会うと鉄の爪で傷つけ合う。血と肉を失い、骨になり、蘇り、また傷つけるを繰り返す。

黒縄地獄に落ちた者は、鉄の縄を渡るが、背負った鉄の塊が重すぎて、下の大きな茹で釜に落ちてしまう。
鬼に捕まった者は焼けた鉄で、身体に縦横の印をつけられ、刻まれる。

集合地獄の刑期は2000年。罪は殺生、窃盗、邪淫。

集合地獄に落ちた者は、刀葉樹の林へ連れて行かれる。樹木のてっぺんの美女(あるいは美男)欲しさに、亡者は身体を刃物の葉で切り刻まれながら登るが、美女は消え、別の樹木に移動する。
そして落下し、登り、を永遠に繰り返す。

他人の子供を犯した者は、悪見処へ連れて行かれ、熱く煮えたぎる銅を肛門に流し込まれる。そして目の前で我が子が鬼に犯される苦しみを受ける。

衆合地獄の続き。

男でありながら男と性交した者は、多苦悩へ連れて行かれる。生前に関係を持った男子が炎に包まれ、その身体を抱くと自分も焼けて粉々になってしまう。

他家の女性と性的関係を持った者は、忍苦処へ落とされる。
足を上にして縛り上げて吊り下げられ、下から火を燃やして粉々に焼かれる。そして生き返るも、また焼かれ、を繰り返す。

叫喚地獄の刑期は4000年。罪は殺生、窃盗、邪淫、飲酒。

獄卒に鉄棒で頭を叩かれ、鍋であぶられ、熱した鉄板の上を歩かされ、茹で釜に入れられ、喉に溶けた銅を流し込まれ、五臓六腑を焼かれる。

大叫喚地獄の刑期は8000年。罪は殺生、窃盗、邪淫、飲酒、嘘。

叫喚地獄の苦しみに加え、受無辺苦では熱鉄のハサミで舌を抜き出され、眼球も同様。嘘をついたものが落ちる地獄とされる。

焦熱地獄の刑期は16000年。罪は殺生、窃盗、邪淫、飲酒、嘘、邪見(仏教の嘘の教えを流布)。
大焦熱地獄の刑期は半中劫。罪は殺生、窃盗、邪淫、飲酒、嘘、邪見、犯持戒人。

焦熱地獄は殺生、窃盗、飲酒、嘘、淫乱の罪をおかした者が落とされる。
火焔が亡者を焼き尽くし、蘇り、また焼かれを延々と繰り返す。

別室の分荼離迦では、他の亡者に涼しい逃げ場があると連れて行かれる。だが、たどり着いたのは劫火。一瞬にして焼かれ、また逃げるを繰り返す。
分荼離迦には、天界に生まれ変わって快楽を求めるために、自殺した者が落ちるという。

大焦熱地獄は尼を犯した者が落とされ、焦熱地獄に加えて激しい風が吹く。

阿鼻地獄の刑期は中劫。罪は殺生、窃盗、邪淫、飲酒、嘘、邪見、犯持戒人、父母や聖者の殺害。

亡者たちは頭から真っ逆さまに落とされ、二千年かけてたどり着く。
そして地獄の犬が吐き出した火車に乗せられ、阿鼻地獄へ向かう。

四方を鉄の城壁と鉄網に囲まれた阿鼻地獄には、巨大な狗がいて、例えようのない悪臭を吐き出す。そして咆哮し、火焔で罪人を焼き尽くす。

父母を殺害した者が、阿鼻地獄に落ちるとされる。

地獄太夫と一休

あまりの美しさに男たちが皆、堕落するといわれた室町時代の娼婦。
地獄絵図の着物姿から、地獄太夫と呼ばれた。

しかしあるとき、一休宗純(とんちで有名な僧侶)と出会い、悔い改め、死後、骸姿の自分をさらして人々を戒めたという。
どんな美女も死んで骨になるのだから、と遊女に夢中になる男たちを諫めた。

室町時代当時、地獄という存在が身近だったという、エピソード。

地獄の衰退

江戸時代になると平和が続いたことで、人々の地獄への恐怖が薄れていき、菩薩たちが地獄を制圧する絵図が描かれます。

さらに明治時代になると神道が国教となったことで、地獄を含めた、仏教の思想が徐々に衰退しました。

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