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<閲覧注意>身の毛もよだつ本当にあった長編怖い話まとめ(105)

<閲覧注意>身の毛もよだつ本当にあった長編怖い話をまとめました。

更新日: 2019年10月14日

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<閲覧注意>身の毛もよだつ本当にあった長編怖い話をまとめました。

kent303さん

丑の刻参りの女

俺も一つ心霊体験がある。
もう十数年近く前になるが、中学二年のときに丑の刻参りを見たことがある。
夏休み、三年生の先輩たちと塾をサボったのを皮切りに、カラオケなどで一通り遊び、
残った俺とA先輩は真夜中に近所の神社に隣接する公園で時間をつぶしていた。

Aさんは酒やタバコなどのみ、上機嫌で他愛もない話をしていた。
ふとAさんがなんかうるさいな、と言い出した。俺は全く気づかなかったが、神社の方から音がするという。
Aさんは見にいってみようと言い、俺は嫌々ながら後に続いた。

もう眠気半分で、正直帰りたかったのもあり、そんな音などどうでも良かった。
子供の頃から遊びなれていたこともあり、俺たちはこの辺りのことは知り尽くしていた。
広い公園の木々をくぐり、柵を越えて最短距離で神社へと忍び込んだ。

神社に近づくにつれ、俺にも音が聞こえてきた。
カチカチカチカチと速く一定のテンポで何かを叩き合わせる音。
音は辺りに響くようなものではなく、硬いながらもどこか湿ったような音だった。

俺は直感的に丑の刻参りを思いだし、これ何かヤバイ呪いしてんじゃないすか?と先輩に言った。
先輩は、俺もそう思う、だけどそんなの見たことねーよ、ちょっと行ってみよう、と好奇心むき出しだった。
俺たちが身を隠せる範囲からギリギリまで音の元に近づいたとき、見えた。

総柄のワンピースの痩せ細った女が頭に何かを被り、その先に火の灯ったロウソクを立てている。
片手を大木に当てて、トンカチのようなもので木を叩いている。
よく怪談物にあるような、コーンコーンという音ではなく、カチカチカチカチと速く湿った音だった。

俺たちは息を飲んでしばらくそれに見入っていたが、Aさんが突然こう言った。
あいつ、ふざけんなよ、俺らの地元で何やってんだ
Aさんは突然女のもとに駆け出した。
慌てて転びながら俺が追い付く前に、Aさんは女に飛びげりを入れ、そのままめったうちに女を蹴った。

しかし、俺が追い付いた時にはAさんは攻撃の手を止め、茫然と立ち尽くしていた。
女はそれを見て走って逃げていった。
俺はほんのわずかに見えただけだが、女は髪が乱れ、一重まぶたで頬がこけた暗い印象の顔立ちだった。

近くで女を確認したAさんはこう言った。
あれ、うちの近くのおばさんだよ、、、
俺が聞き返すと、
おばさんは死んだんだよ、、、

女はAさんの近所に住んでいた裕福な家の婦人で、半年ほど前に病気で亡くなった。
父が付き合いのあったAさん一家は皆で通夜に参列したらしい。
Aさんは、間違いない、何でだよとガタガタ震えていた。

俺は女が打ち付けていた木を確認すると、そこには藁人形が錆びた釘で打ち付けてあった。
先輩が人形を木から外し改めると、人形の胴体部分に小さく畳んだ半紙のようなものが
押し込められており、その紙には○○ ○○○と、知らない人名が書かれていた。

灯りが乏しかったので、はっきりとはわからないが、筆と墨でで書かれたようなものに思えた。
名前の回りには何語かわからないが、文字のようなものが規則的な配列で書かれていた。
後にして思うと、梵字のような形状にも思える字体だった。
Aさんは、ありえねーよ、ありえねーよ、と繰り返し、タバコをふかしていた。

俺はどうしたらいいかわからず、呆けていたが、
先輩の、このままここにいたら俺らまで呪われそうな気がする、
バックレよう、という提案に従い、その場を立ち去った。

釘と人形と上は拾って賽銭箱の隣に置いておいた。
朝、神主が気づいて何らかの処理を講じてくれるものと信じてのことだった。
後日、Aさんが家のアルバムから持ってきた夏祭りの記念写真で女とされる人物を確認した。

確かにあの女だった。
俺もAさんもその後は何事もなく、あれ以来神社には近づいていない。
無事に今日までいきている。

以上です。
文にすると矛盾だらけで盛り上がりもなく、あまり怖くない話かもしれないが、
すべて本当にあった出来事です。
覚えている限り詳細に書いたつもりです。

無人の世界

この話を友達にしたら、米国の有名人の体験談を思い出したと言われました。
賑わっているはずの空港に行くと自分以外誰もいなかったという話らしいのですが、
友人は詳しく覚えていないというので、誰かわかる方いたら教えて下さい。

それで私の体験談ですが、2年前の出来事で当時は看護師をしていました。
今は派遣事務の仕事に就いていますが、我ながらよくあの殺人的なシフトをこなしていたなと感心します。
17、8時間の拘束は当たり前の世界ですから。

その日は二交代勤務の日勤でした。朝7時半ごろいつもの通用口を通ったのですが、
院内が不気味なほど閑散としていました。人の気配がまったくないのです。
いつもなら朝食などでばたばたしているはずなのに。
私は更衣室に向かいましたが、同じシフトの同僚すらいません。

携帯で連絡をしてみると、電源が入っていないか電波が届かないというメッセージが流れます。
とりあえず、引き継ぎのためステーションへ行こうと思いました。
が、その途中職員どころか患者さんまで見当たらないのです。
それまでこんな異常事態に遭遇したためしがなかったので、怖くなりました。

とにかく誰でもいいから探そうと思い立ちましたが、むやみに歩き回るのも
恐ろしく感じて、内線電話の受話器をとりました。
しかし、あの「ツー」という発信前のダイヤル音さえ聞こえないんです。

軽くパニクっていた私は、もう一度自分の携帯でかたっぱし掛けようとして、
取り落としてしまいました。慌てて拾い携帯の待ち受け画面をみると、
実家の番号が出ており、迷わずダイヤルしました。

いつも聞いているあの発信音が聞こえたときには涙がでました。
「ガチャ」という音とともに、私はまくし立てました。

「もしもしお母さん?私」
「あんた今どこにいるの?△△さん(同僚)から連絡あったわよ、病院から。
時間になっても来ないから、もしかして事故にでも遭ったんじゃないかって」

それを聞いて私は力が抜けたというか、腰が抜け、その場に座り込みました。
そしてぞっとするようなものに気付きました。
それは先に携帯を落とした場所にバッテリーが落ちていたのです。
バッテリーもないのに母と会話をしたのです。

携帯を投げ出して、どこに向かうでもなく私は逃げ出しました。
どこをどう走ったのか覚えてませんが通用口近くまできて一歩も前に進めないほど
疲れ果て、中腰の姿勢のまま息を整えようとしました。
あともう少しで外に出られるのにどうしてそこで休もうとしたのか、未だにわかりません。

私はふと顔を上げました。
目の前には壁に設置された姿見がありました。
しかしよくよく見ると、鏡に映っていなければならない私の姿がなかったのです。
そこで意識を失いました。

目覚めたとき、私はステーション内のソファの上にいました。
周りはいつもの活気ある職場です。
私が最初に連絡し、自宅に電話をくれた同僚が言うには通用口近くで私は倒れていたらしいのです。

不思議なのはそれを彼女に教えてくれた方がいたのですが、どうしても思い出せないと言います。
実際彼女はその人を見たのに、どんな顔だったのか、どれくらいの身長だったのか、
性別さえも「思い出せない」のです。

その同僚に私も色々質問されましたが、
私の身に起きたことを裏付ける確たる証拠が挙げられませんでした。
投げ捨てた携帯電話や更衣室のロッカーに入れた所持品がなにもかもなくなっているからです。
それに私の見た大きな鏡さえ元々ないのですから。

アカエ様

俺が小学校低学年の頃の話、つってももう30年以上前になるけどな。
東北のA県にある海沿いの町で育った俺らにとって、当然海岸近くは絶好の遊び場だった。
海辺の生き物を探して無意味にいじくってみたり、
釣り人に餌を売りつけて小遣いもらったりとまあ、無邪気に遊ぶ毎日だったよ。

しかし、かくれんぼだけは海の近くでやってはいけないと周りの大人にきつく言われていた。
まあ、海は危険が危ない場所が一杯あるからな、変な所に隠れられて
大怪我や命を落とす事故を心配してのものだろうと子供ながらに理解していた。

しかし、理解しているとか何とかいったってそこはしょせん子供、
周りに誰もいなけりゃやっちゃうもんなんだよね。
俺と、近所のくそがき、A太B朗C子の四人でかくれんぼをしたことがある。

当時のガキにしちゃあ丸々と太っていた実質ガキ大将のC子が
どうしてもかくれんぼしたいって聞かなかったんで、
俺ら男はなんか臆病者扱いされるのも嫌だったんで付き合うことしたんだわ。

しぶしぶ始めたとはいえ海の近くで変なくぼみとか一杯あって、
めちゃくちゃ楽しかった、てのを今でも覚えてる、危険な場所ってのは基本的に楽しいものだよね。
かくれんはじめて1時間くらいたったころ、A太が鬼だったんだけどC子がどうしても見つからない。
仕方なくかくれんぼを中断して三人でC子を探すことにしたが、なかなか見つからないから、
3人で手分けして探すことにした。

それでも見つからないからもうあきらめて帰ろうと思ったとき、
さっき調べても見つからなかった岩場のくぼみににC子を見つけた。
ただC子一人じゃなくてなんかやたらと立派な和服をきた爺さんが一緒だった。

ガキだった俺は、家の人間が迎えに来たから勝手にかくれんぼ中断しやがったなと
一瞬思ったが、どうも様子がおかしい。

普段は大人相手だろうが子供相手だろうがのべつまくなしに騒ぎまくるC子がやけにおとなしい、
和服の爺さんが何か話てるのにも反応せずに一点を見つめて動かない。
これはやべーんじゃねーのと思った俺は、幸い二人ともこっちに気づいてないようだったので
気づかれないように様子をうかがうことにした。

よく見てみると和服の爺さんは、こんなうみっぺりだって言うのにぜんぜん濡れていなかった。
爺さんはひとしきりC子の体をべたべたと触ったあと、
懐から鉄製の串のようなものを取り出すとおもむろにC子のわき腹に突き刺した。
俺は爺さんの行動にびびって固まった、正直しょんべんももらしていた。

しかも爺さんはその串を一本ではなく次々とC子に差し込んでいく、
しかし奇妙な事に血はぜんぜん流れてこない。
C子も串を刺されまくって黒ひげ危機一髪みたいになってるのにピクリとも動かない。

そのうち、串を伝って黄色っぽい白いどろどろとしたものが流れ出してきた、
すると爺さんは串の根元のほうに白い袋のようなものを取りつけはじめた。
どうやら、そのドロドロを袋に集めているようだった。
多分ものの2~3分くらいだとおもうが、どうやら袋が一杯になったらしく
爺さんは一つ一つ口を縛り袋を纏めていく。

一方のC子はあんなに丸々と太っていたのにいつの間にか干からびたミミズのようになったいた。
これは、冗談抜きでやばいものを見てしまったと俺が思っていると、
爺さんが不意に俺のほうを向いた、そして何か言おうとしたのか口を大きく「あ」の形にした。

と思うと、
後ろから大人の声で「コラー、ドくそがきが!あんだけここでかくれんぼすんなっていってんだろ!」と
怒鳴る声がした、振り返るとA太の父。

どうやらC子が見つからなくてあせった二人が大人に報告しに行ったようだ。
俺はC子が干物になってしまったことを伝えるのと
変な爺さんから逃げるのにでA太父のほうへ駆け出していた。

かなり本気の拳骨ともう一怒鳴り食らっておれが、
C子のところまでひっぱってA太父をつれていくと、干物ではなく太ったままのC子が倒れていた。
あの爺さんも、串で刺された跡もきれいさっぱりもなくなっていた。

結局C子はかくれんぼ中にこけて頭打って気絶していたと言うことで病院に運ばれた、
その日の夕方には目を覚ましたらしい。
一方で俺ら3人は死ぬほど説教食らったが、
俺はさっきの光景が目に焼きついていてろくに説教も聴いていなかった。

それから数日はC子は何もなくぴんぴんしていて近所のクソガキの上に君臨していた、
おれも、アレは暑さでおかしくなってみた幻だろうと思い込み始めていた。

しかし一週間ほどしたころからガキの俺らの目にも見えてやせ始め、しまいにはかその姿を見なくなっていた。
どうやら、何かの病気をしたらしく俺は母親に連れられてA太B朗やらと一緒にC子の見舞いへ行った、
そこにいたC子は以前の憎たらしく太っていたC子ではなく
ずい分とやせ細った姿だった、しかもやせているのではなく見るからに肌に水気がなく、
子供とは思えないほどしわだらけになっていた。

あの時の干物の2,3歩手前というかんじだった、俺はもうこいつ死ぬんだなと思った。
見舞いから帰るとにおれは母親に例の爺さんと串に刺されたC子のことを話した。
母は俺の話を聞き終えると、そう、と一言だけ言ってどこかに電話をかけた、そして電話が終わると。明日その時のことを聞きに人が来るから正直に答えなさいと
俺に言った、普段にもまして辛気臭いな、と俺は思った。

次の日、学校の授業の途中に校長に呼び出され
校長室で見知らぬおっさんに爺さんとC子の話を聞かれた。

そのおっさんは古い絵を見せてきて、その爺さんはこんな格好じゃなかった?と聞いてきた。
その絵にはみすぼらしい格好をして頭が不自然に三角な男と、
例の爺さんみたいなきれいな和服をきた男が描かれていたので
俺はこっち和服の男の格好に似ていると答えた。

すると、おっさんはため息を一つ吐いて、校長にどうやらアカエ様ではないようなので
これ以上の心配はないでしょうと言った。
校長も何か安心したような感じだった。

そのあと、俺を無視して、今年は豊漁になるだとか、
漁協からC子の家に見舞金を出すとか言う話をしていたが、
俺がまだいることに気づき、すぐに追い出され俺は授業に戻った。

C子は結局そのあと割りとすぐ死んだ。
C子の葬式では悲しそうなのはC子の家族だけで、
他の大人はみんなニコニコにしていてうれしそうな感じだった。

正直、俺もC子が嫌いだったので心のそこではうれしかったが、
今まで経験した葬式との違いにすこし不気味におもっていた。
俺の父親もC子の両親に、神様が持っていったようなものだから。
と変な慰めをしていたのを覚えている。

その年の秋は、あの時の盗み聞いたおっさんと、校長の話どおりここ数十年で一番の豊漁になった。
しかし俺の町以外の港ではそれほどでもなかったらしく、俺の町は大分潤ったらしい。
俺もA太もB朗も、栄養状態がよくなったせいかみんなころころと太った。

旧校舎の肝試し

死ぬ程洒落にならない怖い話ではないですが、
私が工房の時に実際に体験した話をしたいと思います。

場所は、中国地方の中心とだけ言っておきます。
そこは、今は新しい校舎が出来、現在はもしかしたら取り壊されてるかもしれない、
某高校の旧旧校舎であった話です。

あれは、私が高校1年の夏休みです。当時バレー部に所属しいてたのですが、
まあどこの高校でもある様に、一週間、学校で夏休み合宿をしていました。

昼はもちろん、夜も21時くらいまで練習を行い、そのあとはミーティング等をして、
23時には部員全員が床に就きます。
でも、まだ十代で体力も有り余っており、就寝時間で寝る部員は一人もいませんでした。
そこで、一つ上の先輩が、肝試しでもするか?と言い出しました。

最初に説明すれば良かったのですが、そこの高校は、現在の校舎をAとしたら、
私が高校当時使用していた校舎をB、また、さらに古い校舎がBの敷地内にあり、それをCとしま
す。

で、そのC校舎というのが、結構曰く付きらしく、どうも戦時中に野戦病院として使われていた所らしいのです。
で、代々先輩から受け継がれてきた話によると、夏の夜にそのC校舎へ入ると、いわゆる
フラッシュバック?みたいな感じで、その戦時中の風景が現れるとのことです。

そんなことあるわけないじゃんと皆言いながらも、
結局その肝試しに参加したのは、私を含めて6人でした。
そして、例のC校舎の入り口まで来て、じゃあ2人組になって順番に入ろうということになりました。

私は、もう一人の部員と組み、運悪く一番最初にC校舎に入ることになってしまいました。
元々、一階部分はその当時も汚い食堂として使用されていたので、
校舎の中にはすんなりと入ることが出来たのですが、本当にヤバイのは2階らしいんです。

しかし、その2階へ上がる階段が、どこにあるのか?実は誰も知っておらず、
まずは2階への階段探しから始めなければいけませんでした。

昼は食堂として使用されていても、もちろん夜になると中は真っ暗です。
懐中電灯も何も持っておらず、外から微かに入ってくる街灯の灯りだけが頼りでした。

10~15分ほど食堂内を探索しても全く階段らしきものは見つからず、
もう一人のやつと諦めて一旦外に出ようかと話をしていた瞬間、
「出るな」という、男のはっきりとした声が聞こえました。

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