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今さら聞けない!靖国神社の閣僚参拝は何が問題なの?まとめ

首相等による靖国神社参拝の問題点について、靖国神社の施設の性質に触れつつ、政教分離、A級戦犯合祀、遊就館の展示内容、国際社会の反応などに触れつつ説明しています。

更新日: 2020年06月02日

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thunderxさん

しばしば物議を醸す首相等による靖国神社参拝

二〇一二年に「首相在任中に靖国に参拝できなかったことは、私にとって痛恨の極みだ」と語っていた安倍首相は、二〇一三年十二月二十六日に靖国神社を参拝。

近隣諸国からの抗議はもとより、友好国の米国在日大使からも「失望した」との声明が出され、外交問題にも発展しました。

参拝には、中国や韓国が激しく反発。米政府が「失望」を表明したほか、欧米のメディアも厳しく批判した。

なぜ靖国神社参拝は問題になるの?

「国のために命を落とした人たちを追悼すること自体は悪いことではないのではないか」という感覚を持つ人は少なくないと思われる。

近現代史の教育を受けていない若者からすると「戦争で犠牲になった人を追悼するのに、なぜそんなに外国から批判されなければいけないのか」という疑問や反発もありえよう。

そもそも靖国神社とはどんな施設か

靖国神社は、“天皇のために”戦死した軍人・軍属らを「祭神」とする、特異な神社です。

靖国神社は、明治時代の1869年、新政府軍と旧幕府側との間で戦われた戊辰(ぼしん)戦争で戦死した軍人をまつるために創建された「東京招魂(しょうこん)社」が前身です。

79年に「靖国神社」へと改称。「別格官幣(かんぺい)社」という特別の社格を与えられ、国家神道の中心的神社と位置づけられました。

一般の神社とは異なり旧陸軍、海軍両省が管理する軍事的宗教施設でした。明治維新からアジア・太平洋戦争までの戦没者240万人余をまつっていますが、いずれも“天皇のため”にたたかって死んだ軍人・軍属だけです。

このため、西南戦争(1877年)で天皇に背いた“賊軍”の西郷隆盛や捕虜となって病死した兵士、原子爆弾や空襲の民間犠牲者、旧「満洲」など外地で死んだ一般国民などはまつられていません。

それどころか、遊就館には西郷の似顔絵が描かれた指名手配書が展示されている。他方、西南の役での熊本城籠城の戦いは、高く評価されている。

同じ天皇の命令でも、孝明天皇の命令で戦った徳川幕府の武士たちは祀られていませんし、等しく国のために戦ったはずの、白虎隊で名高い会津武士達は見向きもされません。

靖国神社への合祀(ごうし)は、天皇のためにたたかって死んだかどうかにあり、死者を選別することに本質があります。また「英霊」としての合祀は、戦死者や遺族の意思に関わりなく行われます。

靖国神社は、明治になって偏狭な国家主義に奉仕するためにつくられた(軍国)神社ですから、わが国古来の考え方とは違うものがあります。

このように、靖国神社というのは、きわめて独特な考えにもとづいて成り立っていますから、「戦没者追悼の中心的施設」などと軽軽して言えないのです。

まず第一の問題は政教分離

靖国神社は国家機関でも何でもない、一宗教法人である。そこに首相や閣僚が公金を使って参拝するのは「政教分離の原則」に反する。

これがなぜ問題かというと、かつて戦争を賛美する宗教を政治が後押ししてきた歴史があったからだ。靖国神社は、今でもかつての侵略戦争を賛美する考え方を持っている。

明治時代以来の誤ったやり方を反省して、宗教に関して言えば、信教の自由、政教分離を憲法に定め、国が宗教活動にたずさわってはならないこと、特定の宗教のために公金を支出してはならないこと、がうたってあるわけです。

靖国神社は言うまでもなく神道という特定の宗教に基づく団体、施設です。そこに、首相、閣僚、国会議員、知事等が公人として参拝するのは、一宗教に対して国や都道府県が特別な扱いをし、特権を与えることになるわけです。

それは、それぞれの宗教は皆平等だとする憲法の精神にそむきます。そればかりか、宗教という人間精神の奥底に政治が関わることになりますから、決して許してはならないのです。

ところが、靖国神社に限っては、どうもそれが守られていないようです。

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