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人柱にタコ部屋…悲惨な歴史がある常紋トンネルの真相

北海道の常紋トンネルと言えば、心霊スポットして知られています。全長507mのJR北海道石北本線に存在する単線非電化の鉄道トンネルですが、その歴史は悲しいものです。タコ部屋労働で過酷な労働を強いられ、生前だけに留まらず死してもなお邪険に扱われた労働者達の無念さが心霊現象として現れているとされています。

更新日: 2019年10月15日

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egawomsieteさん

■常紋トンネルとは

JR北海道石北本線に存在する単線非電化の鉄道トンネルです。生田原駅と

金華信号場の間に位置し、遠軽町と北見市を結んでいる常紋峠の下を通っています。トンネルの全長は507メートルです。

常紋トンネルは今でも使われている路線であり、列車が運行されています。直にトンネル内に立ち入ることはできない(徒歩での立ち入り厳禁)ものの、列車を利用すると訪問可能です。訪れるとするなら、石北本線の常紋トンネルを通る列車に乗るのがカギとなっています。

■心霊スポットとして有名

常紋トンネルは、凄まじく過酷な『タコ部屋労働』という労働環境下で建設されました。"タコ"とは本州より集められた労働者のことを指し、僅かな食事と過酷な労働により工事が完了する1914年10月までに死者100人以上を出したのです。

凄惨なタコ部屋により亡くなってしまった労働者達は、トンネルが完成した後に発生した十勝沖地震で人骨が発見されるまでの間存在さえも知られずに供養がなされていませんでした。生前だけに留まらず死してもなお邪険に扱われた労働者達の無念さは、霊として現れ心霊現象として現れるようになったとされています。

その心霊現象は、1914年のトンネル開通当時から付近で発生していたのです。

トンネルの周辺では人骨が度々見つかっており、労働者達が人柱として埋められたという説の信憑性が増しているのです。1980年には、悲惨な最期を遂げた労働者達への慰霊碑が建てられています。

そんな悲しい過去があることから、常紋トンネルには労働者の地縛霊が出るという噂があり、現在では北海道でも有名な心霊スポットとなっているのです。以下では、常紋トンネルの場所についてより詳しく取り上げていきます。

■タコ部屋労働

タコ部屋労働とは、主に戦前の北海道を中心として、身体的に拘束した労働者たちを非人道的な状況下で半強制的に酷使する、過酷な肉体労働のことである。タコ部屋労働では、労働者たちは「タコ」と呼ばれており、労働者たちを監禁した部屋は「タコ部屋」などと呼ばれていた。現在では、このタコ部屋労働は労働基準法の第5条によって禁止されている。

このトンネルの建設当時、タコ部屋労働を強いられた約100人以上の労働者たちは、過酷な重労働と栄養不足、睡眠不足などの原因により、多くの者がビタミン欠乏症などの病気を発症して倒れていったという。

しかし、一度身体を壊した者でも、治療が行われることは決してなく、その限界を迎えるまで体罰を受け続けて労働を強いられ、死亡した者はそのまま現場に埋められたものと考えられている。

常紋トンネル建設の際の酷いタコ部屋労働によって、栄養不足による脚気や工事中の事故、過労などによって何と約100人もの労働者が命を落としています。そして、トンネル開通後から現在までに、トンネル内では人骨が見つかる事件が多々起きていたのです。

・囚人労働が起源

タコ部屋労働は、明治維新の後に開拓が開始された北海道において、明治20年代に行われていた“囚人労働”が起源となっています。1870年代の北海道では、開拓をするために屯田兵が配置されて、道路が沢山切り開かれていきました。

主要となる道路や鉄道の建設をするとしたら、屯田兵のみでは数が足りず道内にある集治監(しゅうじかん)に収監されていた囚人を建設の労働力として充てることとなり、空知にある樺戸集治監もしくは後の網走刑務所となる北見の釧路集治監網走分監の囚人が従事することとなったのです。

・常紋トンネルでのタコ部屋労働経験者の手紙

タコ部屋労働の過酷さを示す、一通の手紙が発見されました。常紋トンネルの作業員(タコ)が、姉へ向けて書いたものです。

・労働は深夜の3時から夜が更けるまで行われる

・耐えられないほど重いものを強制的に担がされ胸骨がベキベキと軋む音が聞こえた

・病気になっても治療は受けさせてもらえず回復の見込みがない者は線路の下に生き埋めにされる

・月に2回巡査が見回りにくるが遺体の存在は金でごまかす

・逃げ出した労働者を業者が銃を持って追いかけていった

・捕まった者は見せしめとして火炙りにされたり、裸に酒を吹きかけられ蚊責めにされた

・熊に襲われた者もいた

■「人柱」という人身御供

十勝沖地震の後に行われた改修工事の参加者の中には、「このトンネル壁面などに埋められた人骨は、無理やり『人柱』に立たされた人間のものなのではないか」という意見を口にする者もいたという。

人柱とは、古い時代から世界各地で確認されている人身御供の一種である。その内容とは、主に大規模な建築物を造る際、その建築物が災害などによって破壊されないように神へと祈願するため、建築物の内部やその周辺に人間を生贄として土中に埋めたり、水中に沈めたりするものだとされている。

しかし、基本的には人柱に立たされる人間は、生きたままの状態で生贄にされるため、この常紋トンネルから発見された人骨が実際に人柱に立たされた者であれば、死亡した後に埋められたのではなく、無理やり生き埋めにされた可能性が高い。

1980年、北見市の留辺蘂町にある金華駅の高台において、無念の死を遂げた労働者たちの功績を末永く後世に伝えるため、「常紋トンネル工事殉難者追悼碑」という慰霊碑が建てられた。現在、この慰霊碑については誰でも参拝することが可能となっている。

■常紋トンネルの施工業者は?

常紋トンネルの施工業者は、澤井組が18万円程度(当時)で請負い、実際に工事をしたのは掛田組と言われています。政府の事業の為、大手企業から下請け孫請けと多数の中間業者が絡んでいたそうです。

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