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ザ・ロータリースポーツ「RX-7(FD3S)」

バサースト12時間耐久レース総合優勝、デイトナ24時間レースGTU優勝などの成績を残したマツダのロータリーエンジンの名車「RX-7(FD3S)」を紹介します!

更新日: 2019年11月08日

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WLM64さん

『アンフィニのスポーツです。』

1991年10月、2度目のフルモデルチェンジによりFD3S型 RX-7が発表され、同年12月より販売開始。このフルモデルチェンジを機に、1971年から20年続いた「サバンナ」の呼称がはずされ、当時の販売店系列「アンフィニ」の名を冠して「アンフィニRX-7」として発売された。後に販売店のアンフィニ店がユーノス店と統合したことにより、車名が「マツダRX-7」となる。開発コードはX105。マツダ販売網で扱われるようになってからは、車体先端のエンブレムが、マツダのロゴマークとなった。キャッチコピーは『アンフィニのスポーツです。』『その非凡さが、アンフィニ。』『ザ・スポーツカー』『ザ・ロータリースポーツ』。通常、フルモデルチェンジをする際、コストダウンの目的で足廻りは先代モデルからのキャリーオーバーというケースが多いが、FD3Sには新開発の4輪ダブルウィッシュボーンと、先代と全く互換性のないものとなった。

『ザ・ロータリースポーツ』

エンジン出力は、シーケンシャルツインターボが搭載された13B型ロータリーエンジンで255psだったが、初期型255ps車のパワーウェイトレシオ(重量/出力比)は5kg/psを切っていた。後にエンジンの出力向上が行われ、1996年1月のマイナーチェンジで265ps(MT車)、1999年1月のマイナーチェンジでは280psに達し、一部のモデルでパワーウェイトレシオは6.11kg/kW(4.50kg/ps)に達した。

同社のユーノス・コスモが1996年に生産を終了して以降、RX-7は世界唯一のロータリーエンジン搭載量産車となる。RX-7は車体の軽量化やエンジンの高出力化を図るなど、「ピュア・スポーツ」をコンセプトに掲げる車両として開発が続けられたが、日本国内市場および北米市場におけるスポーツカー需要の低下や、ターボ過給機付ロータリーエンジンの環境対策の行き詰まりなどの理由により、2002年8月に生産終了となった。

単室容積654cc×2の13B-REW型ロータリーエンジン。ユーノス・コスモに次ぐシーケンシャルツインターボの採用で、255ps、265ps、280psへと出力向上が図られた。出力が280psに向上するのと同時に、トルクも30kgf・mから32kgf・mへ向上している。出力の向上は主に過給圧の設定変更によるものであるが、触媒など一部吸排気系の配管やマフラーも変更されている。レッドゾーンは8,000rpmから。シーケンシャルツインターボは日立製で、複雑な構造と制御を行っており、制御系の故障が頻発したとされ、開発陣も低回転域のトルクの向上には有効だったが、エンジンをもうひとつ搭載するのと同じくらいコストがかかったとコメントしている。4型以降ではこのシーケンシャル機構に使われるソレノイドバルブが簡略化され、トラブルを起こしにくいように対処されている。

前期型

1型 (1991年12月-)
エンジン出力255ps。
2型 (1993年8月-)
ボディ剛性強化。ダンパー大型化。サスペンションセッティング見直し。大型アームレストを追加し、インテリアの質感と使い勝手を向上。
2シーターグレードであるタイプRZとタイプR II バサーストを追加。

3型 (1995年3月-)
グレード体系見直し。タイプR-Sなどを追加。リアウイングが4本ステーから2本ステーのドルフィンタイプに変更。

中期型

4型 (1996年1月-)
4型の期間内にマツダの販売体系が変わったため、1997年1月のRS-R以降アンフィニの名前が外れ、同年10月から車名が「アンフィニRX-7」から「マツダRX-7」へと変更されている。CPU制御が8ビットから16ビットに強化され、吸気系の配管の変更やブースト圧の向上もありMT車はエンジン出力が265psに向上した(ATは255psのまま)。メーター照明はアンバーからグリーンに変更。外装ではリアコンビネーションランプが丸型3連式に変更された。

後期型

5型 (1999年1月-)
最高出力がMT車は280ps(タイプRBは265ps)、AT車は変わらず255psのままとなる。ボディ剛性の大幅強化・サスペンションセッティング見直し・内装の変更(ステアリング形状変更・メーター指針位置が真下からになる・シート生地変更)・16インチアルミホイールの形状変更・外装では5角形の開口部を持つ新デザインのバンパーとフロントコンビネーションランプが採用され、リアウィングも1度から14.5度まで角度調整可能なタイプとされた。デュアルエアバッグ・ABSが全車標準装備になった。ラジエターの大型化とタービンの仕様変更も行われた。PPFの強度向上、マフラーの変更も行われた。
6型 (2000年9月-)
ABSの制御が8ビットから16ビットに変更、サスペンション・セッティング見直し、EBD(電子制御制動力分配システム)を追加。インテリアではメーター盤がホワイト化され照明はアンバーに戻された。エンジン系には変更なし。

モータースポーツ活動

1992年
2月、デイトナ24時間レースでGTU優勝。
4月、バサースト12時間耐久レースで総合優勝。
1993年
1月、デイトナ24時間レースでGTU優勝。
4月、バサースト12時間耐久レースで総合優勝。
1994年
4月、バサースト12時間耐久レースで総合優勝。
1995年、「ボンネビル・スピードウィーク」に「レーシングビート」として参加、最高速385.6km/hを達成し、クラス記録を更新。
JGTC→SUPER GTにおいては、RE雨宮レーシングがGT300クラスに2010年まで、オークラロータリーレーシングが1999年まで参戦した

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