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Djyakkyさん

獣神サンダーライガーとは?

日本の覆面レスラー。新日本プロレス所属。山田 恵一(やまだ けいいち、1964年11月30日 - )が正体だが、非公開となっている。出身地は永井豪宅もしくは広島県広島市。通称「世界の獣神」。血液型AB型。
2020年1月の東京ドーム大会にて引退する旨を発表し、31年間のプロレス人生の歴史に幕を閉じる

身長
170cm
体重
95kg
生年月日
1989年4月24日
出身地
永井豪宅
血液型
AB型
デビュー
1989年4月24日

得意技
垂直落下式ブレーンバスター、ライガーボム、ロメロ・スペシャル、掌底、空中胴締め落とし

入場テーマ
怒りの獣神
Twitter
@Liger_NJPW

主なタイトル
優勝歴
IWGPジュニアヘビー級王座、IWGPジュニアヘビー級タッグ王座、BEST OF SUPER Jr.1優勝、BEST OF SUPER Jr.8優勝、ジュニア8冠王座、GHC Jr.ヘビー級王座、オープン・ザ・ドリームゲート王座、WCW世界ライトヘビー級王座、英連邦 Jr.ヘビー級王座、大阪プロレスタッグ王座、CMLL世界ミドル級王座

1989年4月24日、東京ドームにおける小林邦昭戦で獣神ライガーとしてデビュー。5月25日、馳浩を破り、第9代IWGP Jr.ヘビー級王座に輝く。
1990年1月に獣神サンダー・ライガーに改名。
1992年に「TOP OF THE SUPER Jr.III」を制覇。1995年には、団体の枠を超えて様々なジュニア戦士が集った第2回「SUPER J CUP」で優勝する。
1997年1月4日、ウルティモ・ドラゴンを破り、第3代ジュニア8冠王に君臨。
2000年に行なわれた第3回「SUPER J CUP」で優勝し、8月には「G1 CLIMAX」に初参戦。
2001年の「BEST OF THE SUPER Jr.VIII」では、史上初の全勝優勝を達成する。
2004年7月、邪道、外道、竹村豪氏とともにC.T.Uを結成。
2005年10月23日(現地時間)、TNAでサモア・ジョーと対戦。現地のファンから大声援を浴びた。
2006年7月30日、後楽園ホールで行なわれた「C.T.U 2nd Anniversary」では、10年ぶりに鬼神ライガーを復活させ、アパッチプロレス軍のBADBOY非道を下した。8月には5年ぶりに「G1 CLIMAX」に参戦し、中西学から価値ある1勝をあげた。
11月よりDRAGON GATEに定期参戦し、2007年3月25日にドン・フジイを下し、第7代オープン・ザ・ドリームゲート王座に輝く。
4月17日、望月成晃を退けて初防衛に成功。7月1日、DRAGON GATE神戸ワールド記念ホール大会にてCIMAに敗れ、2度目の防衛に失敗。C.T.U解散後は、長州力、蝶野正洋らと共に“レジェンド”として活動開始。
2008年2月17日、AKIRAとのコンビで稔、プリンス・デヴィットを下し、IWGP Jr.タッグ王座を奪還。
2010年5月3日、ネグロ・カサスを撃破して、CMLL世界ミドル級王座を獲得。健在ぶりを見せ付けた。14年11月8日、大阪大会でチェーズ・オーエンズの持つNWA世界Jr.ヘビー級王座に挑戦。垂直落下式ブレーンバスターで勝利し、同王座を獲得した。
2016年5月3日福岡国際センター大会・IWGPジュニアヘビー級選手権試合で、KUSHIDAに挑戦するが、ベルト奪取ならず。

鈴木みのるとは?

旧リングネーム:鈴木 実/読み同じ、1968年6月17日 - )は、日本の男性プロレスラー、実業家、総合格闘家。神奈川県横浜市出身。パンクラスMISSION、サンミュージックプロダクション所属。グッズ販売やイベント企画・運営を手掛ける株式会社パイルドライバー代表取締役。血液型B型

所属ユニット
鈴木軍
身長
178cm
体重
102kg
生年月日
1968年6月17日
出身地
神奈川県横浜市
血液型
B型
デビュー
1988年6月23日

得意技
ゴッチ式パイルドライバー、スリーパーホールド、ヒールホールド、腕ひしぎ逆十字固め

入場テーマ
風になれ
BLOG
今日も明日も風まかせ
Twitter
@suzuki_D_minoru
Instagram
suzuki.d.minoru

主なタイトル
優勝歴
IWGPヘビー級タッグ王座、G1 TAG LEAGUE10優勝、IWGPインターコンチネンタル王座、NEVER無差別級王座

87年3月に新日本プロレスへ入門。88年6月23日、飯塚孝之(現:飯塚高史)戦でデビュー。新生UWF、プロフェッショナルレスリング藤原組を経て、93年9月に船木誠勝らとパンクラスを旗揚げ。95年5月にはケン・シャムロックを下し、第2代キング・オブ・パンクラス王座に君臨した。02年11月30日、獣神サンダー・ライガーとパンクラスルールで対決して勝利。03年6月13日、新日本に14年ぶりに参戦し、成瀬昌由に勝利した。8月31日にはデビュー戦で対戦した飯塚にキャッチルールで勝利。
04年2月1日、高山善廣とのタッグで第46代IWGPタッグ王者となる。8月には「G1 CLIMAX」に初出場。11月13日には、念願だった佐々木健介との一騎打ちも実現した。
その後、全日本プロレスやプロレスリング・ノアを主戦場に活躍。
10年に新日本プロレスに再上陸し“鈴木軍”を結成。TAKAみちのく、タイチ、ランス・アーチャー、デイビーボーイ・スミスJr.らと新日本マットを席巻中。
12年1月4日東京ドーム大会で棚橋弘至の持つIWGPヘビー級王座に挑戦するが敗れる。
10月8日両国国技館大会で再度、棚橋弘至に挑戦。IWGPヘビー級の王座戴冠ならず。
13年5月3日福岡国際センター大会でIWGPヘビー級王者、オカダ・カズチカに挑戦するが敗れる。
17年2月5日北海きたえーる大会でオカダ・カズチカが持つIWGPヘビー王座に再度挑戦、40分を越える死闘になったが戴冠はかなわなかった。
4月27日広島グリーンアリーナ大会で、後藤洋央紀の持つNEVER無差別級王座に挑戦し勝利。第16代王者となった。
18年1月4日東京ドーム大会で後藤洋央紀に敗れるまで、4度の防衛に成功した。
1月27日北海きたえーる大会で棚橋弘至の持つインターコンチネンタル王座に挑戦し勝利。第17代王者となった。
3月6日大田区総合体育館大会で真壁刀義と対戦し防衛するも、4月29日熊本グランメッセ大会で内藤哲也に敗れた。

ライガーと鈴木みのるの関係は?

二人は新日本プロレスの先輩後輩というだけでなく、共に藤原教室で関節技に磨きをかけた仲でもあります

藤原教室とは・・・カールゴッチに師事し、関節技やレスリング技術を学び、当時道場最強とも言われていた藤原喜明が道場で若手選手のコーチ役をしていた

鈴木みのるは入門から約2年でUWFへ、その後に”藤原組”を経て船木と共に”パンクラス”を立ち上げます。
一方、1989年1月に海外遠征中に消息不明になった山田恵一は、同年4月に獣神ライガーとしてデビューするのです

二人は若手時代に「いつかビッグになってまた闘う」という約束をしていました。

そして2002年に対決!!!

2002年11.30に二人はパンクラスのリングでMMA(総合格闘技)ルールで対戦しました

この試合はもともと鈴木みのるVS佐々木健介が試合をすることになっていました。
しかし、佐々木健介が足の怪我と魔界倶楽部を始めとする外敵との抗争を優先させるとキャンセル

ライガーがパンクラス事務所に謝罪をする事になるのですが、申し訳なさすぎると自ら手を挙げ、鈴木みのるとの対戦が決まりました

当時は、パンクラスがマスク着用禁止ルールがあった事から、ライガーではなく山田恵一として闘うのではないか?という話しもありました。
結局バトル仕様のマスクとショートタイツで試合を行いましたが、当時は身体の厚みが半端じゃなかったです。それは鈴木みのるもですが。
試合は、浴びせ蹴りを放ったライガーに対し、それを交わして上を取った鈴木みのるがマウントからのパウンド→チョークスリーパーで試合時間1分48秒で勝利。
試合後に二人は抱き合い、ライガーの「殴ってくれ」の言葉に一発ずつパンチを交換しました。
「くやしいーっ!!」と叫ぶライガー。
試合後のマイクでは
鈴木「ライガーさん。ちょっとだけ錆びてましたね。でもやっぱりあんたは最高だよ!世界の獣神ライガーだよ!!ありがとうございました!!」
と、深々と頭を下げました。
今の鈴木みのるからは想像できませんよね。一方でライガーは
「もう一回やろう!このままで済むかお前!でも、すぐじゃまたこんな目にあちまうから、二年くらいよこせ!そしたら次はお前ぶち殺してやるから!!」
とライガー節を披露。
言っているライガーも、聞いている鈴木みのるも、楽しそうに笑顔だったのが印象的です。

その後はというと、ライガーは悔しさから柔術を習い始め、鈴木みのるはプロレスに復帰しました。
2002年は本当に新日本プロレスにとっても激動の一年でしたね

「もう一回やろう!このままで済むかお前!でも、すぐじゃまたこんな目にあちまうから、二年くらいよこせ!そしたら次はお前ぶち殺してやるから!!」

そして、2019.4.24
鈴木みのるがリング上で語った
「おい、ライガーよ。お前あの時言ったよな?『2年くらい時間よこせ』って。オイ、いつまで待たせんだよ?」

度重なる鈴木みのるの挑発にのるようについに二人の対決が再び新日本のリングで実現する!

2019年10月14日両国国技館

獣神サンダー・ライガーvs.鈴木みのるの一騎打ち。さまざまな因縁、物語を内包したこの一戦は、両者が32年前に出会ってからのレスラー人生をぶつけ合うような試合となった

戦前の「ぶっ殺す!」というような罵り合いと裏腹に、序盤はオーソドックスなグラウンドレスリングの攻防が見られた

パンクラスでの敗戦の悔しさからブラジリアン柔術道場に通いだしたライガーは、ガードポジションからの三角絞めや、オモプラータといった、昭和の新日道場にはなかった技術も繰り出していった。原点回帰にとどまらない、いまの2人の闘いだった

後半にはライガーの掌底と鈴木のエルボーの打ち合い。鈴木の強烈なエルボーにライガーが何度も崩れ落ちるが、鈴木はそのたびに、鬼気迫る表情で「打ってこい!」「そんなもんか!」と、叫んだ

死闘の末ライガー敗れる

試合後、大の字になって立てないライガーに若手2人が駆け寄ると、イスを持った鈴木が若手を蹴散らし、マットに膝をついてライガーに向かって深々と座礼をした。
 この座礼は、ライガーと鈴木が若手時代、新日本の道場や、第1試合開始前のリング上でスパーリングをしたあとに必ず見られた光景。かつてのスパーリングでは、お互い膝をつき向き合って「ありがとうございました」と座礼していたが、大の字になって立ち上がれないライガーに対しても、鈴木はあの頃と同じように座礼したのだ

鈴木みのるのこの姿には感動した

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