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この記事は私がまとめました

将棋が好きです。藤井くんはまだ実績が少ないので入れてないです。

リックーさん

5位 升田幸三実力制4代名人

父栄一、母カツノの四男として生まれる。1932年(昭和7年)2月に「日本一の将棋指し」を目指して家出。家出の時に愛する母の使う物差しの裏に墨でしたためた「この幸三、名人に香車を引いて勝ったら…」の文言は、後に現実のものとなる

「魅せる将棋」を大切にし、既成の定跡にとらわれず「新手一生」を掲げ、常に序盤でのイノベーションを数多く起こした。

順位戦(A級)での勝率0.724(139勝53敗1持将棋)は2018年3月現在において現役を除く歴代A級棋士の中の最高勝率である。

4位 木村義雄14世名人

昭和13年短期実力名人制の第1期名人となり,以後5期連続をふくむ通算8期名人位を保持。27年に引退して14世名人位をおくられた。

「常勝将軍」の異名をとるほどの圧倒的な強さで、将棋界の頂点に君臨。

将棋界黎明期の第一人者というべき存在なのが、木村義雄十四世名人です。

3位 中原誠16世名人

中原誠十六世名人は1967年度、歴代最高勝率である8割5分4厘5毛という記録を残し、途方もないほどに勝ちまくりました。

この記録は50年破られておらず、藤井聡太四段に新記録の樹立が期待されます。

1960年代後半といえば、大山康晴十五世名人の全盛期にあたります。

大山名人はその頃に「50期連続でタイトル戦に登場する」という記録を作っていますが、その連続出場を止めたのが中原五段なのです。

中原は本当に強かった。序盤が特にうまいわけでもなく、中盤のさばきに特色もなく、終盤も、特別鋭くはなかった。

しかし総合力は抜群で、盤石の強みが感じられた。私はよく言うのだが、七冠王になるまでの羽生も強かったが、中原はもっと強かった。

2位 大山康晴15世名人

主な記録としては、公式タイトル獲得80期(歴代2位)、一般棋戦優勝44回(歴代2位)、通算1433勝(歴代2位)等がある。

全部1位羽生善治九段ですwwタイトルが3~5個しかなかった時代に80期は異常です。タイトル占有率は羽生善治よりも高いです。

大山先生の無敵時代に、あらゆるタイトル戦にすべて出場するという信じられない時代が長く続いていました。

「タイトルを取られたら、取り返せばいい」が大山の信条で、ここまでの十六年間、タイトルを奪われた次の期には必ず挑戦者になり、遅くとも二年目にはタイトルを再び自分のものとしている。

大山全盛期には対局室に「どうせ大山にはかないっこない」という雰囲気が漂い、事実そうなってしまったらしいです

自宅最寄り駅の荻窪駅から自宅へ帰る途中や将棋会館最寄り駅の千駄ヶ谷駅から将棋会館へ歩いて向かう途中、人に追い越されると悔しくて抜き返したという。

かわいいとこもあるんですね

1位 羽生善治九段

1985年に中学生でプロ棋士となり、1989年、初タイトルとして竜王位を獲得。1996年2月14日、将棋界で初の全7タイトル(竜王、名人、王位、王座、棋王、王将、棋聖)の独占を達成。

。将棋ソフト「YSS」の開発者として知られるフリープログラマーの山下宏さんは「悪手」に注目し、歴代最強と言われる棋士の棋譜を解析、レーティング(強さ)を算出した。その結果

もしも全盛時の羽生善治棋聖と大山康晴十五世名人が10回対局すると、8勝2敗で羽生棋聖が勝ち越すと推定される、という。

通算優勝回数152回、公式戦優勝回数144回、タイトル獲得99期、タイトル戦登場136回、同一タイトル戦25回連続登場(王座)、同一タイトル獲得通算24期(王座)、一般棋戦優勝回数45回は歴代単独1位の記録である。また、非タイトル戦優勝回数53回、非公式戦優勝回数8回、最優秀棋士賞22回、獲得賞金・対局料ランキング首位23回も歴代1位である。

いったいいくつ記録を持っているのでしょうかwww

藤井くんもこの人たちと肩を並べることになるのでしょうね。皆さんは史上最強の将棋棋士は誰だと思いますか?

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