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kazooneさん

■父を意識しなかったことはなかったと明かした松田龍平

1989年11月6日に40歳という若さでこの世を去った松田優作は今年、生誕70周年と没後30年を迎えた。

松田優作のインタビュー、歌詞、セリフなど数々の言葉をよみがえらせる朗読劇『不在証明 松田優作 30年の曳航』に長男で俳優の松田龍平が出演する。

・父、松田優作の言葉に思わず「まいったなぁ」と漏らす

今まで、偉大な父とは違う方向に行こうと考え、父がやらなかったことをやりたいと思っていたと語ってきた龍平。

「僕も同じ役者の道をけっこう歩いてきたわけで、今思えば親父を意識しなかったことはなかったなあと」と役者人生を振り返った。

今回の朗読劇を通して自分と繋がる父の言葉が多かったといい、「まいったなあと思いながらけいこをやらせてもらいました」と明かしている。

松田龍平は、当たり前だけど、風貌が松田優作に似てきたな。

『自分と繋がるような言葉が多くて まいったなぁと...。』 最近の龍平さんは本当に ふとした瞬間に優作さんの 面影が現れてくるんです。 まるで憑依してるかのように。 龍平さんに乗り移って お芝居楽しんじゃってる? って思うときがあります。 #松田龍平 #松田優作 nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/19…

「いだてん」丹下健三役の松田龍平のカッコいいこと。こうして煙草吸ってるとお父さんを思い出す。七之助が出てる時も思ったけど男は年取ると父親に似てくるんだなと。 pic.twitter.com/VIsxyFoRoR

■伝説的俳優の兄に感謝を述べるホアキン・フェニックス

ホアキンの兄といえば、『スタンド・バイ・ミー』『マイ・プライベート・アイダホ』などで名声を極めるも、23歳の若さでこの世を去ったリヴァー・フェニックス。

・ホアキンの兄は23歳でこの世を去った名優リヴァー・フェニックス

リヴァー・フェニックスは1993年、ジョニー・デップが経営していたナイトクラブ「ザ・ヴァイパー・ルーム」で薬物の過剰摂取により急死。このとき、119番通報をしたのが、一緒にいた当時19歳のホアキンだった。

薬物使用や依存の過去がなく、亡くなった当時が、初めてのドラッグ使用だったという説もある。

・自分を俳優の道に進ませた兄へ感謝の思いを明かした

ホアキンが俳優の道に進んだきっかけは兄で、子どもの頃から『ホアキンは俳優になるよ。そして俺より有名になる』と母や妹に言っていた。

リヴァーは15歳のホアキンに『レイジング・ブル』のビデオテープを何度も見せ、「お前は演技をやるんだ。お前のやることはこれなんだよ」と説得。

トロント国際映画祭の授賞式のスピーチでホアキンは「演技が私に素晴らしい人生を与えてくれたから、兄に感謝してる」と長年口に出せなかった胸中を明かした。

リバー・フェニックスとホアキン・フェニックスが兄弟なの知らなかったえええええええ、写真やば〜 pic.twitter.com/QZOZGqc7VL

ホアキン・フェニックスの演技を評価していらっしゃるツイートを見掛けるとリバー・フェニックスを思い出して涙が… #イット #イット見えたら終わり pic.twitter.com/c6CMght8tg

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