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白い稲妻「シルビア(S12)」

スーパーカップレースSSクラス優勝、1988年アイボリーコーストラリー優勝した日産の名車「シルビア(S12)」を紹介します!

更新日: 2019年11月11日

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WLM64さん

白い稲妻

1983年8月、発売。このモデルからリアサスペンションがセミトレーリングアームの独立式となる。また、リトラクタブル・ヘッドライトが採用された。機能面では、日本初のチルトアップ機構付き電動ガラスサンルーフが搭載された。日本国外への輸出ではこれまでのダットサンから米国仕様を含め、日産200SX(NISSAN-200SX)とした。

ボディタイプは2ドア・ノッチバックと3ドア・ハッチバックの二車種。センターピラーを持つようになったためノッチバックボディは「ハードトップ」から「クーペ」に名称が変わった。エンジンはデビュー当初、1,800ccのCA18型3種(キャブレター/EGI/EGIターボ)と2,000ccの自然吸気エンジンであるFJ20E型(150PS)、ターボを搭載したFJ20ET型(190PS)が設定された。同じくFJ20ET型を搭載していたDR30型スカイラインでは、空冷インタークーラーを追加した205PS仕様が設定されたが、S12型には採用が見送られた(試作車両が十数台、生産され 一部が世に流出した)。

なお当初は新開発のCA18型エンジンの搭載を前提でデザインされていたが、デザイン決定後にFJ20エンジン搭載モデルも設定されることとなり、背の高いエンジンを収めるためにボンネットを切り抜きバルジを設けることで解決している。

「ターボR-X・G」には「キーレスエントリーシステム」なる装備があった。これは、後世におけるリモコンドアロックやインテリジェントキーシステムとは異なり、ドアハンドルに内蔵されたキーパッドで暗証番号を入力して施錠・解錠を行うものであった。同年11月には特別仕様車「50アニバーサリーバージョン」発売。

1984年2月、1800ターボR-L FISCO追加。中級グレードのターボ・R-LにFJ20E/ET搭載車とほぼ同一のサイズのタイヤ(195/60R15 88H)、アルミホイール(15×6.5J)等を装備したもの。9月、CA18ET車のターボチャージャーの冷却方式を水冷式に変更。

1986年2月、マイナーチェンジ。FJ20E/FJ20ET型エンジン搭載車が廃止され、全車CA型エンジン搭載車となった。トップグレードにはCA18DET型ツインカム・ターボエンジンが搭載された(これ以後、DOHCからTWINCAMという表記になる)。同時に兄弟車のガゼールが廃止。このため、日産モーター店では代替としてシルビアを扱うことになった(北米モデルの200SXにはVG30E型3,000ccエンジンを積む大排気量車が追加)。

1987年2月、クーペに「ホワイト RS-X」追加。同年8月、クーペに「R-X ホワイトセレクト」、「フルホワイト R-X」を追加しツインカム ターボRS等一部車種を廃止。

スーパーシルエットフォーミュラ・シルビアターボ

シルエットフォーミュラにも引続き参戦したが、車両自体は先代S110型のシルエットフォーミュラ仕様のボディパネルをS12風に変更したモデルである。現存しているシルビアのシルエットフォーミュラ仕様車はこのS12風カウルをまとったもので、2005年(平成17年)のNISMOフェスティバルでは、新品に近い状態にまで修復されたこのマシンを当時のドライバーである星野一義が運転した。

主な戦歴
1983年(昭和58年)9月 富士GC 第3戦 富士インター200マイルレース大会 2位
1983年(昭和58年)10月 スーパーカップレース SSクラス 優勝

WRC・グループAクラスへの参戦

S12型の北米向けモデル200SX(RVS12型)には、V6・3,000ccのVG30E型を搭載するモデルも存在した。日産はこれをベースにラリー仕様車を製作、1987年(昭和62年)と1988年(昭和63年)の2年間、WRCのグループAクラスに参戦した。WRCにおける最高成績は1988年アイボリーコーストラリーの優勝。

主な戦歴
1987年(昭和62年) 第35回サファリラリーに北米向け200SXをベースとするグループA仕様車が参戦
1988年(昭和63年) 第36回サファリラリーに参戦。総合2位・A4クラス優勝および総合3位を獲得
1988年(昭和63年) アイボリーコーストラリーに参戦。総合優勝。WRCで最後に優勝したFR車となる。

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