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この記事は私がまとめました

道楽生活さん

▼2019年10月31日午前2時40分頃 首里城でまさかの火災が発生

2019年(令和元年)10月31日未明に火災が発生、正殿と北殿、南殿が全焼した。

前述の1453年・1660年・1709年・1945年の焼失に次いで、歴史上5度目の焼失となった。

▼まさかの火災で首里城は消失してしまったが、意外な事実がツイッターに投稿される

. 「首里城消失」 元々の首里城は 屋根瓦も黒かった上に 全体の基調もアカでは無かった 今回の消失で 再度、再建する際には 中国風のアカは止めて 本来の姿に より近いものにして欲しい。 pic.twitter.com/K8LJLHdiXc

. 小栗ヒロ@チーム沖縄 @zanpa96 twitter.com/zanpa96/status… 小栗ヒロ氏の指摘 本当は朱色の首里城ではなく 屋根は黒色で木の色も着色はされていません。

燃えてしまった首里城は、 ファンタジーの首里城なんですよ。 朱色で中国のお城みたいって、 今もテレビで言われていますし、 そんかイメージを付けてしまいました。 本当は朱色の首里城ではなく、屋根は黒色で木の色も着色はされていません。 再建開始の頃にはカラーの資料も見付かっておらず 続く pic.twitter.com/n1hXULxiMp

屋根も朱色ではない事が判明しました。 火事が起きたばかりで、 ショッキングな案件で不謹慎な発言で反感を買うかもしれませんが、カラーの映像も出てきてるので、もう一回、リスタートしてほしいです。 続く pic.twitter.com/h10amkanP5

自分が生きてる間に復興されるか分かりませんが、頑張って生きたいです。 沖縄県民は強いので戦争からも立ち上がり、また立ち上がって欲しいです。 それを心から応援していきたいです。 災い転じて福となすではないけれど、 本当の首里城を再建して欲しい。 #ちばりよー沖縄 pic.twitter.com/f61Ku4rg5l

@zanpa96 . 最古か? 琉球併合1879年 (明治12年)後の写真29枚見つかる。 首里城の正殿。 かなり老朽化の跡が伺えるが 「柱」などの色は朱だったとみられる。 との解説文 fireblueweb.blog.fc2.com/blog-entry-521… 再建前の首里城 柱などは朱色だったが やはり 建物全部がアカでは無かった模様。 pic.twitter.com/ThwwuMqjTC

@okada_2019 こちらの写真も添付しておきます。 復元に尽力された高良倉吉 琉球大学名誉教授はしばしば、「復元作業の過程で左翼陣営の人たちから、“支配と搾取と奢侈の象徴である王族の城など復元しても無意味だ”と批判された。 続く pic.twitter.com/HecZZfWb6g

▼やっぱり赤ではない!?

▼ 元々の首里城は 屋根瓦も黒かった上に 全体の基調もアカでは無かった・・・・これが事実であればあの首里城は何だ!?

1992年(平成4年)11月2日には正殿を中心とする建築物群、そこへ至る門の数々と城郭が再建され首里城公園が開園した。

現在は、首里城を中心とした一帯が首里城公園として整備・公開がすすめられており、正殿の裏側にあたる城郭や建築物群の再建事業も引き続き行われている。

2000年(平成12年)には「首里城跡」(しゅりじょうあと)として他のグスクなどとともに「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の名称で世界遺産に登録された。

2006年(平成18年)4月6日、日本100名城(100番)に選定された。約30年にわたる復元工事が2019年1月に完了した。

▼ツイッターでの反応

@okada_2019 え? 瓦どころか柱や壁も赤じゃ無かったのですか?? 漆のせいで一旦火がついた後の火力が増したと聞いたが

@okada_2019 @taji_na しゅぬりが訛って「しゅり」になったものだとばかり…

@zanpa96 @mach7million 沖縄って、中国、薩摩に上がりをおさめてたわけだから、お金はなかったと思うで、あんな朱色の贅沢な城を建てる余力はないはず

@okada_2019 再建の時点ですでにおかしかったのかー!今度の修理で下手したらもっっと変になってそうな予感ぽてちん。

@okada_2019 あ~やっぱり そうでしたか...。 いかにもの復元は首里城に非ず 朱理城など要らない

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