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日本人多い「忖度疲れ」に「忖度ストレス」 心身不調の原因に

何も言われなくても、相手の意向を推し量り、先回りして満たそうとする忖度は、気が利き、空気を読めるスキルとして注目されています。ただこの忖度は時間とエネルギーを費やしすぎてしまうことまおり、疲れ果て心身不調の原因になってしまうことも多いとされます。

更新日: 2019年11月26日

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egawomsieteさん

■忖度疲れする人とは

「波風を立てたくない」「気に入られたい」「嫌われたくない」という願望が人一倍強い。そのため、他人の評価や評判に過敏で、相手が何を望んでいるのかをつねに気にせずにはいられない。

■老いも若きも、逃れられない「忖度ストレス」

多くの人が思い浮かべるのが職場における人間関係上のストレスでしょう。新しい上司やスタッフが入職する際には多くの人が忖度ストレスに振り回されますし、取引先との付き合いや新しい仕事の開拓を行う際には、顧客ニーズへの忖度を求められます。

雇用の不安定性と流動性が高まる中、自身のポジションを確保するには、上司の思惑を常に忖度しなければなりません。このように職業生活を続ける上で、忖度ストレスとの対峙は避けて通れないものになっています。

・家庭でも

。「嫁姑問題」をはじめとする義理の親子関係の難しさは、昔からある忖度ストレスの代表例ですし、長い夫婦生活や親子関係においても、忖度ストレスは度々生じます。

さらに現代においては、パートナー間、家族間の関係でもお互いの領域にはむやみに踏み込まない傾向があります。このことにより、個人のプライバシーが守られる安堵感を享受できると共に、互いの気持ちを忖度しなくてはならない場面も増えているものと思います。

・子ども

学校生活では、「自分は教室の仲間にどう思われているのだろう」「あの時、自分は場の空気にうまく合わせられたのだろうか」といった思いが繰り返し生じます。

子どもたちはこうした思いに振り回されながらも、修学という自分の課題を果たすべく日々奮闘しています。特に、個々が親しむ文化の多様化により、共通の話題を通じて存分に語り合う友人との出会いを見つけにくい現代においては、子どもたちの人間関係は浅薄なものになりがちです。こうしたなか、お互いの気持ちを忖度せざるを得ない場面も増えているように思われます。

■過剰な忖度は日本社会全体の病理

投稿者は、「『気を回せ』『空気を読め』『経営者目線で考えろ』『言われずにできて一人前』『指示を待つな、先を考えて行動しろ』」とこれまでずっと忖度を求められてきたという。


「今まで世間からはずっと『忖度できない奴は無能、クズ、カス。忖度できる奴が有能』というメッセージしか受け取ったことがない」

そのため「何をいまさら、忖度する奴もさせる奴も悪いみたいなことを言い出してるんだ」と違和感を覚えているようだ。


「日本では忖度するのが当たり前(中略)カマトトぶって『私は忖度なんてしたこともさせたこともない。忖度なんていう言葉は初めて知った。官僚の世界って怖いなー』とか言ってんじゃねえぞ」

過剰な忖度文化は「責任の所在を不明にする」

日本社会では相手から言われる前に動くことを求められることが多い。これに対し、はてなブックマークでは、忖度すること自体が悪いわけではないという突っ込みも相次いだ。

「忖度が悪いんじゃない。忖度して悪いことやったんじゃないか」

「日常で行われる忖度は当然悪くないよ。今回のあれはもっと黒いモノをオブラートに包んで忖度と言ってるだけ」

「税金で運営してんだから忖度とか抽象的な言葉で誤魔化すなって話なのに、何言ってんだか」

忖度そのものが悪いのではなく、忖度した結果、不適切な行為に走ったのが悪い。またその責任を「忖度した人」に擦り付け、上からの圧力などなかったことにすることが悪いということだ。


「忖度的なものは、政治や行政といったものでは、責任の所在を不明にするので、問題があるのではないか。忖度したとしても、上司に確認し誰の判断か明確にし、文書化しないとなぁ」

また、政治だけでなく企業からも忖度を排除するべき、という意見も出ていた。「日本企業の生産性の悪さは、忖度過剰が原因」というのだ。

「会議と根回しと品質過剰の内部書類は全て忖度過剰が生み出す。良くも悪くも組織全体としてはやり過ぎになる」

たしかに、他人の気持ちを推しはかり過ぎてがんじがらめになり、非効率になることはある。そういう意味では、過剰な忖度は日本社会全体の病理ともいえそうだ。「この国はハイコンテクストすぎるんだよ」と感じている人もいた。

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