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kazooneさん

■人気絶頂期に限界を感じていた広末涼子

1995年のデビューから、翌年のポケベルのCMで一躍有名になり大ブレイク。私生活でも早稲田大学に進学したりと仕事もプライベートも順風満帆に見えた若き日の広末涼子。

しかし、当時人気絶頂で休む暇もなく、アウトプットばかりでインプットがなく、自分が成長しているのか不安になっていた。

ジャン・レノと共演した映画『WASABI』でフランスで仕事をした際に、日本の芸能界の矛盾を感じ、次第に芸能界引退を考えるようになっていった。

・誰も傷つけずに引退するために...15キロ太った

当時の広末は、太るためにクッキーと炭酸、ビールとラーメンを繰り返し食べるなどして体重が「37kgから52kg」になっていたという。

仕事がなくなるようにわざと太ったら 本当に仕事がこなくなったと語る広末ちゃん可愛い #広末涼子 #サワコの朝

【2年半の休業で気づいたこと】「私 好きだったからやってたのに、好きだったことを忘れてたなっていうことに気が付いて、初心にかえらされて。… tl.gd/n_1sr4k24 」広末涼子 #サワコの朝

■引退を考えた時に忌野清志郎からの誘いに救われた武田真治

16歳でジュノン・スーパーボーイ・コンテストのグランプリを獲得しデビューしたときは自信に満ちていたという武田真治。

“完璧じゃないと満足できず、できない自分に絶望しちゃった先生“として、しくじり先生に登場。

実は武田は、人気バラエティ『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ)に出演していた際に、所属事務所に引退を申し出ていた。

■実はずっと北海道の実家にひきこもっていた

仕事ではわざと生意気な行動をとり、干されるように仕向け、気力も体力もなくなっていた武田は事務所と相談し、めちゃイケ以外の仕事をキャンセルし北海道の実家にひきこもった。

そんな時に竹中直人の紹介で出会ったのが忌野清志郎だった。『新曲のデモ作り手伝ってくれない?』と誘われ、武田は再びサックスを吹けるようになった。

武田真治が絶望の淵にいたときに忌野清志郎がバンドに誘ってくれた‥‥仕事がうまくいかなくなって芸能界引退しようとしていた時期もあったと。 #しくじり先生

何故私は「しくじり先生」の武田真治さんの録画の回を泣きながら観ているのか。忌野清志郎さんとのエピソードで本格的に涙腺がアカンようになった。

■女優になりたくて芸能界入りしたはずが、引退を考えていた山口紗弥加

1994年、ドラマ『若者のすべて」で萩原聖人、木村拓哉と共演し、華々しいデビューを飾った山口紗弥加。

舞台で演技力を鍛えた後、「絶対零度」「コウノドリ」シリーズや「サイレーン 刑事×彼女×完全悪女」などで演技派女優として注目されるようになった。

そんな山口も、2003年に野田秀樹の主宰する舞台を最後に辞めようと決意していたが、これをきっかけに芝居の楽しさを発見する。

・いつのまにか女優ではなくバラエティタレントになっていた苦悩

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