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コービーブライアントの伝説まとめ!

バスケ好きとしては、コービーブライアントが亡くなってしまったニュースは痛烈すぎました。彼がどんな人生を歩んできたのか、なぜ人々に愛されて伝説と呼ばれうるのかをまとめようと思いました。

更新日: 2020年02月09日

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この記事は私がまとめました

バスケ好きとして、コービーファンとして、彼のことをまとめたくなりました。

ganimataさん

コービーブライアントは元NBAプレーヤー

コービー・ブライアント(Kobe Bean Bryant、1978年8月23日 - 2020年1月26日[2])は、アメリカ合衆国のバスケットボール選手。ペンシルベニア州フィラデルフィア出身。NBAのロサンゼルス・レイカーズ一筋で活躍した。ポジションはシューティングガード。身長198cm、体重96.2kg[3]。

名前の由来は?

父のジョー・ブライアントさんが神戸で食べたステーキに感動。店の名を息子に冠して「Kobe」と命名された嘘のような本当の話があまりにも有名。

どんな選手?

極めて高い確実性から、狙った獲物は99.9%の確率で仕留めると言われている世界で最も危険な猛毒蛇の一種「Black Mamba (ブラックマンバ)」の愛称を持つ。

2006年1月22日(日本時間23日)にステイプルズ・センターで行なわれたトロント・ラプターズ戦で、自己最多、そして1試合の得点としてはNBA歴代2位の81得点を記録した。

20年の歴史的な現役生活の中でレイカーズを5度のNBAチャンピオンに導くなど、バスケットボール界で最も偉大な選手の一人だ。彼はオールスター・ゲームに18回出場し、2008年にはMVPを獲得した。

1996年にNBAに入団した18歳のブライアント氏は、史上最年少でNBAの試合に先発出場した。彼はまた、同シーズンのスラムダンク・コンテストで最年少優勝者となった

2008年に最優秀選手(MVP)に選ばれ、NBAファイナルズのMVPにも2度選ばれた。NBA最多得点選手は2回。オリンピックでは2008年の北京五輪と2012年のロンドン五輪で、アメリカ代表チームの優勝に貢献した。

NBA通算3万3643得点は、現地1月25日(日本時間26日)の試合でレブロン・ジェームズ選手に抜かれるまで、歴代3位の記録だった。

引退試合では60得点を記録。37歳での60得点はウィルト・チェンバレンさんの32歳を48年ぶりに更新する最年長記録だった。

衝撃のニュース

1月27日(現地時間26日、日付は以下同)に起きたヘリコプターの墜落事故。この事故により、コービー・ブライアント(元ロサンゼルス・レイカーズ)と次女ジアナをはじめ、計9名が死亡するという悲劇が起こってしまった。

各界の反応

試合ではコービーの背番号(8と24)にちなんで、開始直後に8秒バイオレーション、24秒のショットクロックバイオレーションを行い、バスケットボール界へ多大な献身を見せたレジェンドを追悼。

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