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当時のマツダ車で最大のボディを誇っていて、最高級車も兼ねていたロードペーサーAP

かつてマツダが手掛けていた最高級乗用車・ロードペーサーは、マツダ初の3ナンバー車及びフラグシップモデルも兼ねていて、当時では一番大きいボディを誇っていた。

更新日: 2020年02月12日

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同じ頃に登場していた最高級車であるトヨタ・センチュリーと日産・プレジデントに太刀打ちするために登場したが、オーストラリアのGMホールデンと部品購入契約を交わすことで開発を実現できたのだ。ちなみに名前は英語で「道路の王様」を示している。

cobbyjpさん

日本の経済成長の波に乗って誕生した、マツダ・ロードペーサーAP

1975年3月にデビューしたフルサイズセダン。ボディー部品と機械部品をオーストラリアのGMホールデン社より購入。エンジンは13B型REを搭載していた。国際分業時代を先取りし、開発期間を短縮して設備投資を抑え、上質の高級少量販売車種を開発する狙いで企画されたもでる。高級車らしい快適さをもったロードペーサーはおもに公用車や社用者車として販売されたが同時に高級パーソナルカーとしての魅力も備えていた。3年間で800台を生産した。

#マイナー車 マツダ ロードペーサーAP マツダ製造の最高級車。 13b型ロータリーエンジンを搭載し豪快な走り出来た。 ホールデンHjをベースに作り見た目はオーストラリア車っぽくなった。 ステーツマンデビルと姉妹車でもある。 だが、高価格に加え日本人の肌に合わなかった為か799台生産で終わった。 pic.twitter.com/hyTqPKm2zq

【現在給油中】ちひろ さんが、車なごコレクションでコースNo4 ツーリングラリー上級 を「マツダ ロードペーサーAP」ちゃんと燃料垂れ流しながら走行しようとしてるよ!  「外車ではありません マツダの最高級車です」 pic.twitter.com/LXddR11lmQ

海外メーカーからボディとシャシーを調達して、堂々としたエクステリアを構成した

ロードペーサー及びロードペーサーAPのベース車はホールデンの親会社であるGM(ゼネラルモーターズ)のインターミディエート・クラスで、日本では大型セダンとして十分通用するものだった。さらに詳しく調べると、全長は4,850 mm、全幅は1,885 mm、全高は1,465 mm、ホイールベースは2,830 mmに達し、どの角度から見ても文句の付けようがない堂々としたエクステリアを誇っていた。

ロードペーサー(1975~1979) トヨタのセンチュリーや日産のプレジデントに対抗できる最高級車を作りたかったマツダがオーストラリアのホールデンからボディとシャシを調達し、ロータリーエンジンを積んだ珍車。気概は買うけど、アンバランスな出来で、値段に釣り合わず。(COBBY) pic.twitter.com/PeEHCKXPwZ

まさか動いてるロードペーサーを見れるなんて思ってもみなかった。   幻のロータリーサウンド ごちそうさまでした♬(* ̄ー ̄*) pic.twitter.com/aq7ZpFyDv8

とある方のロードペーサー 、元々がホールデンの車なのでこのマッスルカーらしいホイールが似合いますね。(笑) pic.twitter.com/xLqTuCcUG1

エンジンを始めとする技術はマツダ特有のものを使い、軽量で高出力できるように整えた

先ほど紹介したロードペーサーのエクステリアは、マツダ独自の高級セダンを作り上げていた。そこに高級車仕様の内外装とマツダ独自の13B型エンジン、日本自動変速機製3速ATのトランスミッションを組み合わせて、軽量で高出力を得られる自社製パワーユニットを実現した。今までマツダの車と言えばロータリーエンジンが主流だったが、今回は1から設計した独自のエンジンを使ったので、いかにも従来の常識に縛られないということが伺える。そして何よりロードペーサーAP唯一の特徴と言えば、排出ガス対策にもきちんと対応していることである。

ロードペーサーのエンジンルーム御開帳で大興奮。ロータリーらしくエンジンが小さいのに、冷却系がこんなにデカいとは。そして車両の成り立ちがホールデンなのでタンク類にホールデンのラベルあり。これは興味深い発見。 pic.twitter.com/SyunYqiRfT

これだけの型破りな車を作ったにも関わらず、販売台数は800台に満たなかった

COBBYにもあるように、1975年に誕生したマツダ・ロードペーサーAPは、月間100台もの目標販売台数が定められたが、思うようにうまくいかず、1975年では399台しか売れなくて、販売台数は年数が経つにつれて徐々に下がっていき、1979年ではたった5台しか売れなかった。そして今までの販売台数を累計すると799台にしかならず、800台にも満たなかったことが伺える。

ライバルだった車種は、トヨタ・センチュリー、日産・プレジデントだった

ロードペーサーのライバル車種と言えば、同じく堂々とした高級車を果たしていたトヨタ・センチュリー、日産・プレジデントだった。これらも麗しい気高さと十分な高級感があって、お抱え運転手が運転して貴賓を運ぶのにふさわしい車だった。そして日本の経済成長によって最高級車市場の拡大の動きがあったので、その恩恵を受けてますます発展し、2代目、3代目に渡って継続した。そしてセンチュリーは内閣総理大臣専用車として使われ、プレジデントは香港やシンガポールなどの東南アジアでも浸透した。

トヨタ・センチュリー 国産量産車最初で最後のV12を積んだ日本のフラッグシップカー。内燃機関でEV並みかそれ以上の静粛性を誇り、極限まで高められた空飛ぶ絨毯のような乗り心地は運転する楽しみさえ沸き起こる。コラムシフトが個人的興奮ポイント。木目加工は勿論ヤマハ pic.twitter.com/kzJKepLda8

おやすみなさい! 今日はトヨタセンチュリーです。新型センチュリーのオープンカーが天皇陛下のパレードに使われたのは記憶に新しいですね。でも僕はセンチュリーと聞くとV12エンジンの先代が思い浮かびます。 おや?ボンゴフレンディが現れましたね。あ!ぶつかる! 「ガシャン」 ...「おいゴルァ」 pic.twitter.com/ThLpc9vFXe

第96回箱根駅伝 大会本部車 1号車 トヨタ センチュリー GRMN (DAA-UWG60) 今年も本部車として活躍していました。 GRカラーのビッグキャリパーが映えますね。 pic.twitter.com/TGowC698Qc

#名車 日産 プレジデント(JG50) プレジデントの3代目モデル。 V8王国出身の高級車であり、ライバルのセンチュリーと同格の走りを見せた。インフィニティをベースとし、ホイールベースやグリルを変えた上級モデルとして販売された。 スタイルは少しロールスの様に美しく、内装も豪華で魂が込もっている pic.twitter.com/QXVez83CMh

日産 プレジデント 250(1973) - センチュリーの競合モデルだったものの、初代から大幅なデザイン変更を行いアメ車のような外見になった高級セダン。1982年のマイナーチェンジより前期は丸目、後期は角目。 pic.twitter.com/3567Jj69mq

マツダ自慢の高級車であるルーチェは、ロードペーサーよりも売り上げが好調だった

イタリア語で「光」という意味があるルーチェは、これまで紹介してきたロードペーサーと肩を並べるマツダの高級車だった。1966年から1995年までの間で5代に渡って活躍しており、セダン車やハードトップ、ライトバン、ステーションワゴンの種類を取り揃えていて、一時はロータリーエンジンを搭載していたこともあった。この功績があったからこそ売り上げがロードペーサーよりも好調で、29年もの歴史を紡ぐことができ、終了してしまってもセンティアやアンフィニに受け継がれることとなった。

年に数回「あのクルマってステキやねぇ」って、ある車種がアタマから離れなくなるです。 昨日からワタクシの頭から離れないクルマはこちらです。 フロント色気と重厚感。最高です。 pic.twitter.com/7zFLO8vqu9

マツダ・ルーチェ2000 レガートの名が外れた後のモデルで、レシプロ車のようです。 pic.twitter.com/KQFVDNqzDk

マツダ ルーチェ ロータリー搭載車としても知られてる縦目の特徴的なルーチェさん 見事とも言えよう高級感ムンムンです 同年代のセドリックと比べても引けを取らない静寂性には驚かされましました こんな高級セダンにはいつか乗りたいw pic.twitter.com/OxniVYEtaU

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