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余命僅かな祖父のため…『病床へ続くバージンロード』の話に反響

余命僅かな夫の祖父のために、紋付袴と白無垢姿で病院に駆けつけた夫婦。その姿を見た祖父は…。そんな話がTwitterで話題になっていました。

更新日: 2020年02月22日

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この記事は私がまとめました

誰かのために…そんな想いが1つのエピソードを生んだようです。

nyokikeさん

▼初孫の結婚を喜んだ夫の祖父、しかし残された時間は少なかった

10年前、夫の実家に結婚の挨拶に行った時、初孫の結婚を誰より喜んでくれた夫の祖父。その1ヶ月後、祖父に末期ガンが見つかった。 そこから嘘みたいにガタガタと体調を崩し、祖父は入院して寝たきりになった。 結婚式は翌年の予定だったのだけど、義母たっての希望で前倒しできる式場を探した。

その間にもどんどん祖父の容態は悪化していき、祖父は眠っている時間が長くなった。結婚式に出席するのはもう難しそうだった。 「結婚式は予定通りでいいから、じいちゃんに見せるためにこっちで和装の前撮りをしてほしい」 義母から頼まれた。 残された時間は少ない…夫と私はその週末に帰省した。

夫一家が昔からお世話になっている写真館で和装の前撮りをした。写真を撮り終えた後、義母は意を決したように言った。 「このまま病院に行って、じいちゃんに二人の姿を見せてあげてもらえない…?」 義父は反対した。病院には色んな病状、環境、心境の人がいて、快く思わない人もいるかもしれない。

義父に反対され、義母は言葉をつげずにいた。すると普段は無口な夫がはっきりと 「俺はじいちゃんに見せたい。行こうよ、行かないとお母さんは一生後悔する」 写真館のおばちゃんたちもよーし!じゃあ急いで行こう!ほらお嫁さん裾気をつけて!と介添してくれて、みんなで病院に駆けつけた。

病院の許可を得て、私たちは祖父の病室に向かった。 紋付袴と白無垢で病院の廊下を行進する一団。異様な光景に、人が次々に病室から顔を出してくる。 祖父の病室について夫が声をかけると、酸素の管をくわえた祖父は目を開け、言葉は発せないけれど、「うう…うう…」と涙を流して夫の手を握った。

義母は泣いていた。私はなぜか泣いてはいけない気がして、無理に微笑んでいたと思う。 祖父の病室を出たら、驚いた事に、たくさんの患者さんとお見舞いのご家族たちが廊下に出て、私たちを待っていた。わあ!お嫁さんだ!おめでとう!たくさんの人が満面の笑みで私たちを拍手で見送ってくれた。

まるでそこが病院じゃないみたいに明るい時間だった。初めて会った人からこんなに「おめでとう」をもらったのはあれが最初で最後だと思う。 それから1週間も経たずに、祖父は旅立ってしまった。あの日義母と夫が決断してくれた事を、10年経った今も、私は、そしてきっと義父も、心から感謝している。

▼祖父を感動させた行動にTwitterから感動したという声が寄せられていました

@rununculus123 私は母をがんで亡くしました。おじいさまが入院されていたところは分かりませんが、末期の方が入院されるところには既に緩和ケアに移行している患者さんも多くおられたのではないでしょうか。その中で明るい話題を残されたことは皆さんの一時の光となったと思います。

@rununculus123 私はおじいちゃんこだったから、なんかすごい今泣いてるありがとうございます。

@rununculus123 うわぁ…! 旦那さん、よく決断されました! 病院も許可してくれて本当に良かったですねぇ

@rununculus123 お祖父様、嬉しかったでしょう。 恐らく、人生で一番の喜びだったかもしれません。 あなた方のこれからの人生に、幸多からんことを心よりお祈りすると共に、お祖父様のご冥福をお祈りします。

@rununculus123 泣きました こういう話には昔から弱いのですが、結婚して子供が産まれてからはなおさら涙もろくなりました お祖父さまも嬉しかったでしょうね。素敵な話ですー

・「してあげられなかった」という想いを抱えてしまった人の声も

@rununculus123 両親を癌で送りました。 本人の為に沢山のことをしても、「してあげられなかった」事の方が残ってしまいます。 「してあげられた」事って本当に誇っていいと思っています。 素敵なことをなされましたね。

@rununculus123 @asanyaa21 とても素敵なお話ですね。私は見せる事が出来なかったので旦那様の決断を尊敬します。私は後悔の念がつきません。

@rununculus123 羨ましいです❣️ 私は、見つかった時は既に末期癌だった母の最後の入院で、死期を悟った母に、私の花嫁姿を見れなかった…と言われ、もの凄くショックでした。母の本音だと思うし、でも相手のいない私には、できないことでした。 結婚式をすることがあったら、必ず母の写真を持参しようと思います❣️

▼この話に近い体験談も続々と寄せられていました

@rununculus123 似たような経験があり、思い出して涙が出ました。私の場合は結納の振り袖姿でしたが、入院中の母方の祖父の所へ会いに行きたくさんの祝福を受けて、嬉しかったのを覚えています。ウチのじいちゃんも1週間もせず旅立ちました。おお!思えば私も10年前だ!!!

@rununculus123 うちは私の成人式でした。祖父はその後しばらくして、私の名前も忘れてしまいました。その時のことを思い出して、涙が止まりません。結婚式も見てほしかったな。

@rununculus123 ウチの父も末期がんだったので、結婚式をバタバタと行いました。嬉しかったのか、余命より半年以上長く生きていてくれました。初孫に間に合わなかったけど、父の音楽の才能が娘に受け継がれています。

@rununculus123 私の母も末期の癌で、私の中学校の入学式まではもたない可能性があったためお店にお願いして通常より早めに中学校の制服を購入したことを思い出しました。すぐ母に制服姿を見せたのですが、体が衰弱してあまり話すこともできない母が大きく目を開いて嬉しそうな顔をしてくれたことを思い出しました。

@rununculus123 @MikansStyle 我が家は 息子の七五三の時。 病室までパタパタパタと慣れない草履、羽織袴で向かいました。 数日後意識が薄れそのまま父はお空へ。 虫のしらせか 少し早めに撮影日を設定しておいたことで、喜ぶ父の顔を見ることが出来ました。

@rununculus123 すてきなお話、ありがとうございます。 私は、長男の七五三の時に、羽織袴で祖母の病室へ連れていきました。 唯一のひ孫の、しかも祖母が揃えてくれた私の弟が着た羽織袴姿を見て、とても喜んでくれました。 長男は慣れない服装に疲れていて、かなーりご機嫌ナナメでしたが(^^ゞ

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